『じゃあいこっか、京太郎』
モニターの中のゲーム神が告げると、京太郎は次の瞬間、また違う場所に飛ばされていた。
いきなり移動した反動か、京太郎はひどい眩暈に襲われた。
「ううう……きもちわる……ん?」
京太郎は、己の身に起った異常に気が付いた。
「あ、あー、あー、あー。……え?」
声が、女のそれだった。
「ちょ、どういう」
ふらつきながらも周囲を見回すと、彼は田舎の教会の近くに立っていた。
ややオンボロで、あちこちレンガが剥がれたり欠けたりしている。
目の前の光景には、不思議な既視感があった。
記憶を探っているうちに、眩暈は徐々に失せていった。
「ここって……」
「そうだよ。君のよく知ってる場所。聖女の故郷だよ」
「うわッ! 誰……」
京太郎の隣に立っているのは、賢者っぽい格好の若い男だった。
「私だよ、ゲーム神。最初くらいは一緒にいてやろうと思ってついてきたんだけど」
「なんだ神か……。って、もうここゲーム内なのか⁉ っていうかなんで俺の声が女の声になってんだよ! 気持ち悪いからすぐ直せよ!」
「いやあ……、これがトゥルーエンドまでの最適解なんだけど」
「――攻略に必要、なのか?」
「イグザクトリー。今の君の姿を見せてあげよう」
ゲーム神が京太郎の前に手をかざすと、一枚の姿見が現れた。
それを覗き込む京太郎は、絶望を隠せなかった。
「んじゃこりゃあああああああ!」
己の姿を見て絶叫する京太郎。
「何に見える?」
「シ、シ、シスター……だが」
「三角。聖女だ。その他大勢のモブ、だけど」
「せい、じょ……だと?」
ドス黒いオーラを纏った京太郎がゲーム神をねめつけた。
「冷静になって、よく考えておくれよ。何が足りなくて主人公は死んだんだい?」
「あ。………………聖職者、です」
「イグザクトリー! だから、今の君は聖職者なんだよ」
「だ、だけど……だけどなんで女子ぃッッ⁉」
「冷静になって、よく考えておくれよ。男と女、どちらが最後まで旅を続けるのに有利だと思うんだい?」
「お……とこ?」
「ノー!!!!! 女子! レディス! 主人公ってメンズでしょ⁉」
地団太を踏むゲーム神。
「あ、でも、男の方が生存率高いんじゃ……?」
「冷静になって、よく考えておくれよ。このゲームにおいてパラメータに男女差がどの程度あったと思ってるんだい?」
「あ。………………外見だけ、っすね」
「イグザクトリー! そして! 他人を信用させたり、篭絡したり、意のままに操るには、男女どっちが有利だと思ってるいんだい?」
「……すいません。俺が悪かったです」
京太郎は泣きそうだった。
確かに聖職者を望んだのは己。そして確実にトゥルーエンドを迎えるのに有利なのは女。この二つの条件を聖女は満たしている。
ゲーム神の選択に間違いはなかった。
なかったのだが……やっぱりイヤだった。
「でも、でもおおお、女子はかんべんして」
「シャラ――――ップ! 手段を選ばないって言ったの君でしょ? 忘れたの?」
「……そうっすね。でも……あ」
聖女となった京太郎は、あることに気づいた。
「そうだね。なぜ、ネームドの聖女ではないのか、だね」
「ああ。別にモブ聖女じゃなくってもストーリー上で絡む聖女の方がむしろよくね?」
「ちっちっち。君は何も分かっちゃいないな。ネームド、そしてメインストーリーに絡めば絡むほど、物語の因果律に縛られてしまうんだ」
「つーと?」
「最後まで一緒に行けない。必ず引き離される。どんな手を使っても」
「そういう、もん、なのか……」
説得力があるようなないような理由だったが、7割くらいは納得出来たので、京太郎はその説を飲み込むことにした。
「だから『最適解』だって、言ったろ?」
「……で、あんたも一緒に来るのか?」
「私はここまでだ」
「んでだょ」
「私は外からこの世界を維持し、君の存在を制御しなければならないんだ。これは繊細な作業になるから、君と一緒に中にはいられない」
「制御って、ここって一体なんなんだ。ゲームの中といったって、人はいるし植物も生えてるし、風も太陽もあるし、普通の世界みたいじゃないか」
「そうだね。けっこうがんばったんだよ、そう『見える』ようにさ」
「違うのか?」
「さっきも言ったけど、私の力は最盛期よりずっと弱っている。別世界をガチで作れるほどじゃあないんだ。伝わりやすくいえば、ここはVRMMOの中で、君のいる場所の周囲を都度生成して、世界があるように見せているわけ。ただ、個々のキャラクターやモンスター、事象などはバックグラウンドで処理してて、ちゃんとリアルタイムで動かしてはいるんだよ。すごいでしょ」
「あの……普通にVRMMO作って運営した方がよくないっすか? まだ実現してないし、すげープレイヤー集まるんじゃ?」
「――あ。その発想はなかった」
「なかったんかい」
「君が帰ってきたら、やってみるよ」
「なんでもかんでも、人間が作るに任せてっから干上がるんじゃないのかよ」
「めんぼくない。でも、私は人が作ったゲームから生まれた八百万の神の一柱、だから自分で作るって思いも寄らなかったんだ……。だって、人間は湯水のようにゲームを作ってくれていたから……」
ゲーム神がしょんぼりしてしまった。
「日本の神だったんか」
「そうだけど。日本語話してるじゃん」
「いや何語話すとか神なら何でもアリなんじゃ」
「……とにかくだ。君はモブ聖女になってメイン聖女を出し抜いて、あらゆる手段を使って最終パーティーに残り、ボスを倒して勇者を救え」
「言われずとも!」
モブ聖女と化した京太郎は、力強くガッツポーズをとった。
「それじゃあ、今日からあの教会が君の家になるから、あとはがんばってね」
「もう行くのかよ、せめてチュートリアルくらい付き合え」
「あとこれ、取説いちおう渡しとく。ステータスの見方とかアイテムの収納方法や装備方法、全方位ビューと画面ビューの切り替え方法とか――」
「あーもー見せろそれ」神から紙を引ったくる京太郎。
A3コピー用紙に手書きでびっしりと文字が書き込まれているソレは、取説というよりも、中学生の夏休みの自由研究で作ったゲーム仕様書のようだった。
「読みづら……」
「悪かったな! 清書する時間なかったんだよ。用は足りるから我慢して。それから、これも渡しておくから」
ゲーム神は一冊の自由帳を京太郎に手渡した。それは有名な学習帳で、表紙には青い蝶の美しい写真が載っていた。
「これ、私のノート。お気に入りだから無くすなよ」
「邪魔だから返す」
秒で突き返す京太郎。
「だー! じゃなくて。これが私との唯一の通信手段になるから、持っていけって」
「んだよ、そういうのは先に言えって」
京太郎はぶつぶつ言いながら、自由帳を肩掛けカバンに仕舞い込んだ。
「これに書き込んだものは、私の方のノートに転送される。そして逆も」
「交換日記かよ……。キメぇな」
ゲーム神はあからさまにイヤそうな顔をした。
「キモい言うな。これが一番通信コストが少ないんだよ。サーバー環境への配慮だから」
「やっぱサーバーなの、ここ」
「人の使うサーバーとちょっと違うけどね。量子コンピューターの超すげえやつと思って。んで、神がアナログで真面目に世界構築すると、数万年単位で時間かかっちゃうから、デジタル化は必然だよ。でもまあ、あと50年もすれば近いセンまでは実現してるんじゃないかな」
「さらっとなんかすごいテクノロジーの話してんな」
「そこはそれ、デジタルに強い神っているから手伝ってもらって……」
「なるほど。八百万もいればパソコンの神くらいいるか……」
「奴はアキバに住んでるよ。私とルームシェアしてるんだ」
「立川じゃないんだ……」
「なんでそんな田舎に住まないといけないの。いろいろ不便でしょうが。それにこっちは別に休暇で地上にいるわけじゃない。普通に住んでるんだよ。でも最近のアキバって観光客が多くて買い物に行くも大変でさあ――」
ゲーム神の日常のお困り事に興味のない京太郎は、長くなりそうな話をさらっと流した。
「神のサーバーか。……わかった。ノート、有難く使わせてもらう」
「ちなみにノートのお代わりはないから、使いすぎないように」
「わ、わかった。そっちも落書きとかすんなよ」
「するか。……いや自由帳とは本来そういうものだったな……」
「だったとしてもするな。貴重なんだから」
京太郎に相槌を打つと、ゲーム神はきびすを返した。
「承知した、京太郎。では、そろそろ私も仕事をしないといけないから戻るぞ」
「あー、ちょっと待ってくれ」
「なんだ」
「今って『いつ』なんだ? 時系列おかしいと出会えないぞ?」
「そうだな。容量上、ここまでしか逆行できなかったのだが――メインシナリオ開始の五年前だ」
「五年……。分かった。この貴重な五年を使って、俺は勇者の供に選ばれてみせる。たとえ、どんな手段を使ってでも」
「その意気や良し。心の炎、絶やすなよ、京太郎。いや、聖女セーラ」
「セーラ、それが今の俺の名か。分かった。戻ったら一緒にゲーム作ろうぜ、神」
「楽しみにしているよ、京太郎。ではさらばだ」
ゲーム神は京太郎、いやモブ聖女・セーラの目の前から霞のように消えていった。
「あの賢者も、今のこの俺の姿も、サーバーの中のアバターなのか……。
そう思うと不思議な気分だな。一足先にVRMMOをプレイしていると思えば、なかなかオツなもんだぜ。さてと……腹、減ったな」
セーラは教会に向かって歩き出した。
晩飯は何だろう、と思いながら。
――自分が勇者の供に選ばれるために、俺は手段を選ばない。
だがまずは、腹ごしらえだ。