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第3話 選ばれるために、俺は手段を選ばない。

『じゃあいこっか、京太郎』


 モニターの中のゲーム神が告げると、京太郎は次の瞬間、また違う場所に飛ばされていた。

 いきなり移動した反動か、京太郎はひどい眩暈に襲われた。


「ううう……きもちわる……ん?」


 京太郎は、己の身に起った異常に気が付いた。


「あ、あー、あー、あー。……え?」


 声が、女のそれだった。


「ちょ、どういう」


 ふらつきながらも周囲を見回すと、彼は田舎の教会の近くに立っていた。

 ややオンボロで、あちこちレンガが剥がれたり欠けたりしている。

 目の前の光景には、不思議な既視感があった。

 記憶を探っているうちに、眩暈は徐々に失せていった。


「ここって……」

「そうだよ。君のよく知ってる場所。聖女の故郷だよ」

「うわッ! 誰……」


 京太郎の隣に立っているのは、賢者っぽい格好の若い男だった。


「私だよ、ゲーム神。最初くらいは一緒にいてやろうと思ってついてきたんだけど」


「なんだ神か……。って、もうここゲーム内なのか⁉ っていうかなんで俺の声が女の声になってんだよ! 気持ち悪いからすぐ直せよ!」


「いやあ……、これがトゥルーエンドまでの最適解なんだけど」

「――攻略に必要、なのか?」

「イグザクトリー。今の君の姿を見せてあげよう」


 ゲーム神が京太郎の前に手をかざすと、一枚の姿見が現れた。

 それを覗き込む京太郎は、絶望を隠せなかった。


「んじゃこりゃあああああああ!」


 己の姿を見て絶叫する京太郎。


「何に見える?」

「シ、シ、シスター……だが」

「三角。聖女だ。その他大勢のモブ、だけど」

「せい、じょ……だと?」


 ドス黒いオーラを纏った京太郎がゲーム神をねめつけた。


「冷静になって、よく考えておくれよ。何が足りなくて主人公は死んだんだい?」

「あ。………………聖職者、です」

「イグザクトリー! だから、今の君は聖職者なんだよ」

「だ、だけど……だけどなんで女子ぃッッ⁉」

「冷静になって、よく考えておくれよ。男と女、どちらが最後まで旅を続けるのに有利だと思うんだい?」

「お……とこ?」

「ノー!!!!! 女子! レディス! 主人公ってメンズでしょ⁉」


 地団太を踏むゲーム神。


「あ、でも、男の方が生存率高いんじゃ……?」

「冷静になって、よく考えておくれよ。このゲームにおいてパラメータに男女差がどの程度あったと思ってるんだい?」

「あ。………………外見だけ、っすね」

「イグザクトリー! そして! 他人を信用させたり、篭絡したり、意のままに操るには、男女どっちが有利だと思ってるいんだい?」

「……すいません。俺が悪かったです」


 京太郎は泣きそうだった。


 確かに聖職者を望んだのは己。そして確実にトゥルーエンドを迎えるのに有利なのは女。この二つの条件を聖女は満たしている。

 ゲーム神の選択に間違いはなかった。

 なかったのだが……やっぱりイヤだった。


「でも、でもおおお、女子はかんべんして」

「シャラ――――ップ! 手段を選ばないって言ったの君でしょ? 忘れたの?」

「……そうっすね。でも……あ」


 聖女となった京太郎は、あることに気づいた。


「そうだね。なぜ、ネームドの聖女ではないのか、だね」

「ああ。別にモブ聖女じゃなくってもストーリー上で絡む聖女の方がむしろよくね?」

「ちっちっち。君は何も分かっちゃいないな。ネームド、そしてメインストーリーに絡めば絡むほど、物語の因果律に縛られてしまうんだ」

「つーと?」

「最後まで一緒に行けない。必ず引き離される。どんな手を使っても」

「そういう、もん、なのか……」


 説得力があるようなないような理由だったが、7割くらいは納得出来たので、京太郎はその説を飲み込むことにした。


「だから『最適解』だって、言ったろ?」

「……で、あんたも一緒に来るのか?」

「私はここまでだ」

「んでだょ」


「私は外からこの世界を維持し、君の存在を制御しなければならないんだ。これは繊細な作業になるから、君と一緒に中にはいられない」


「制御って、ここって一体なんなんだ。ゲームの中といったって、人はいるし植物も生えてるし、風も太陽もあるし、普通の世界みたいじゃないか」


「そうだね。けっこうがんばったんだよ、そう『見える』ようにさ」

「違うのか?」


「さっきも言ったけど、私の力は最盛期よりずっと弱っている。別世界をガチで作れるほどじゃあないんだ。伝わりやすくいえば、ここはVRMMOの中で、君のいる場所の周囲を都度生成して、世界があるように見せているわけ。ただ、個々のキャラクターやモンスター、事象などはバックグラウンドで処理してて、ちゃんとリアルタイムで動かしてはいるんだよ。すごいでしょ」


「あの……普通にVRMMO作って運営した方がよくないっすか? まだ実現してないし、すげープレイヤー集まるんじゃ?」


「――あ。その発想はなかった」

「なかったんかい」

「君が帰ってきたら、やってみるよ」

「なんでもかんでも、人間が作るに任せてっから干上がるんじゃないのかよ」


「めんぼくない。でも、私は人が作ったゲームから生まれた八百万の神の一柱、だから自分で作るって思いも寄らなかったんだ……。だって、人間は湯水のようにゲームを作ってくれていたから……」


 ゲーム神がしょんぼりしてしまった。


「日本の神だったんか」

「そうだけど。日本語話してるじゃん」

「いや何語話すとか神なら何でもアリなんじゃ」


「……とにかくだ。君はモブ聖女になってメイン聖女を出し抜いて、あらゆる手段を使って最終パーティーに残り、ボスを倒して勇者を救え」


「言われずとも!」

 モブ聖女と化した京太郎は、力強くガッツポーズをとった。


「それじゃあ、今日からあの教会が君の家になるから、あとはがんばってね」

「もう行くのかよ、せめてチュートリアルくらい付き合え」

「あとこれ、取説いちおう渡しとく。ステータスの見方とかアイテムの収納方法や装備方法、全方位ビューと画面ビューの切り替え方法とか――」


「あーもー見せろそれ」神から紙を引ったくる京太郎。


 A3コピー用紙に手書きでびっしりと文字が書き込まれているソレは、取説というよりも、中学生の夏休みの自由研究で作ったゲーム仕様書のようだった。


「読みづら……」

「悪かったな! 清書する時間なかったんだよ。用は足りるから我慢して。それから、これも渡しておくから」


 ゲーム神は一冊の自由帳を京太郎に手渡した。それは有名な学習帳で、表紙には青い蝶の美しい写真が載っていた。


「これ、私のノート。お気に入りだから無くすなよ」

「邪魔だから返す」


 秒で突き返す京太郎。


「だー! じゃなくて。これが私との唯一の通信手段になるから、持っていけって」

「んだよ、そういうのは先に言えって」


 京太郎はぶつぶつ言いながら、自由帳を肩掛けカバンに仕舞い込んだ。


「これに書き込んだものは、私の方のノートに転送される。そして逆も」

「交換日記かよ……。キメぇな」


 ゲーム神はあからさまにイヤそうな顔をした。


「キモい言うな。これが一番通信コストが少ないんだよ。サーバー環境への配慮だから」

「やっぱサーバーなの、ここ」


「人の使うサーバーとちょっと違うけどね。量子コンピューターの超すげえやつと思って。んで、神がアナログで真面目に世界構築すると、数万年単位で時間かかっちゃうから、デジタル化は必然だよ。でもまあ、あと50年もすれば近いセンまでは実現してるんじゃないかな」


「さらっとなんかすごいテクノロジーの話してんな」

「そこはそれ、デジタルに強い神っているから手伝ってもらって……」

「なるほど。八百万もいればパソコンの神くらいいるか……」

「奴はアキバに住んでるよ。私とルームシェアしてるんだ」

「立川じゃないんだ……」


「なんでそんな田舎に住まないといけないの。いろいろ不便でしょうが。それにこっちは別に休暇で地上にいるわけじゃない。普通に住んでるんだよ。でも最近のアキバって観光客が多くて買い物に行くも大変でさあ――」


 ゲーム神の日常のお困り事に興味のない京太郎は、長くなりそうな話をさらっと流した。


「神のサーバーか。……わかった。ノート、有難く使わせてもらう」

「ちなみにノートのお代わりはないから、使いすぎないように」

「わ、わかった。そっちも落書きとかすんなよ」

「するか。……いや自由帳とは本来そういうものだったな……」

「だったとしてもするな。貴重なんだから」


 京太郎に相槌を打つと、ゲーム神はきびすを返した。

「承知した、京太郎。では、そろそろ私も仕事をしないといけないから戻るぞ」


「あー、ちょっと待ってくれ」

「なんだ」

「今って『いつ』なんだ? 時系列おかしいと出会えないぞ?」


「そうだな。容量上、ここまでしか逆行できなかったのだが――メインシナリオ開始の五年前だ」


「五年……。分かった。この貴重な五年を使って、俺は勇者の供に選ばれてみせる。たとえ、どんな手段を使ってでも」


「その意気や良し。心の炎、絶やすなよ、京太郎。いや、聖女セーラ」

「セーラ、それが今の俺の名か。分かった。戻ったら一緒にゲーム作ろうぜ、神」

「楽しみにしているよ、京太郎。ではさらばだ」


 ゲーム神は京太郎、いやモブ聖女・セーラの目の前から霞のように消えていった。


「あの賢者も、今のこの俺の姿も、サーバーの中のアバターなのか……。

 そう思うと不思議な気分だな。一足先にVRMMOをプレイしていると思えば、なかなかオツなもんだぜ。さてと……腹、減ったな」


 セーラは教会に向かって歩き出した。

 晩飯は何だろう、と思いながら。



 ――自分が勇者の供に選ばれるために、俺は手段を選ばない。

 だがまずは、腹ごしらえだ。

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