「さーてメシメシっと……。何が出てくんのかな~」
京太郎改め、モブ聖女セーラは、己の所属する教会の敷地へと入っていった。
そして、一番大きな建物のドアを開けた。
「おじゃましますよ……じゃなくて、ただいまか?」
重い木のドアを開くと、そこは礼拝堂で中には誰もいなかった。
「あ……。そういうやつか。なるほどなるほど。うん、ここじゃメシは食えねえな」
セーラはさっさとドアを閉めると、建物の脇へと周り込んだ。
食事をするのであれば、おそらく居住エリアだろうと当たりをつけたのだ。
「にしても、さすがは神のサーバーだな。五感はそのまんまだわ。おまけにちゃんと腹も減る。かなりリアルに作り込んであるな。マジすげえぜ」
ゲーマー魂のなせる技なのか、この世界がサーバー内だと言われると吟味したくなる。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。肌の感触、衣服の質感や髪のサラサラ加減まで、ひととおり確認したセーラは、その完成度に満足を超えて感嘆せざるを得なかった。
「ここまでリアルだと、何も言わずに放り込まれたらバーチャルだって気づけねえな。さすが神だぜ。神サーバーすげえ。あ~、こんなサーバーでゲームやってみてえなあ……って今がプレイ中なのか。うっかりしてたぜ」
思いがけずVRゲームのような場所に放り込まれたが、すぐにエンジョイしてしまう自分に気づいてセーラは苦笑した。
「楽しんでる場合じゃあねえんだが、でも楽しみながらやらねえと長続きしねえもんな。にしても、ここにいる間、俺の体や家はどうなるんだ? あとで自由帳で聞いてみるか……」
セーラがふらふらと別棟の方に歩いていくと、いかにもモブのシスターに声を掛けられた。人の良さそうな彼女は三十歳前後のおばさんで、そうそうこういうNPCが田舎の教会に一番マッチしているよなあ、とセーラは思った。
「セーラ様、今お戻りですか。御勤めご苦労様です。そろそろ夕餉の支度が出来ていますよ。手を洗ってきてくださいな。いいお肉が手に入ったので、今日のシチューおいしいですよ」
「ただいま戻りました。えっと……手洗い場はどちらでしたでしょうか」
シスターは一瞬ぎょっとしたが、いたわるような眼差しで、
「ああ、かなりお疲れなのですね、セーラ様……。無理もございませんよね。聖女様の御勤めは精神力を消耗しますから……。いまご案内しますね。どうぞこちらへ」
「すみません、お忙しいのに……。ああ、いけませんね、この程度で疲れるなんて。もっと精進しなければ……」
「セーラ様……聖女様になられてまだ日も浅いというのに、本当によく御勤めをされて素晴らしいです」
セーラは、御勤めって何をするんだろう、などと思いつつ、シスターの差し伸べた手を取り、一緒に井戸の方へと歩き出した。
ゲーム内ではあまり立ち入ることのなかった教会の内部構造を、セーラは頭に叩き込んでいく。今はまだ取説を見ていないので、マップの表示方法やステータス画面の出し方なども分からないままだ。とりあえず、現状では視覚情報からあらゆる情報を記憶しなければならない。
リアルはゲームよりも面倒なものだな、とセーラは思った。
セーラは井戸で水を汲み、手を洗いながら、ぼんやりと夕暮れ時の教会施設を眺めた。むこう五年ほど世話になる場所か……と感慨にふけったが、すぐに考えを改めた。
――まるまる五年もこんな田舎でくすぶっていていい訳がない。業績を上げ、速やかに中央に行って、王族やら何やらの信用を得て、魔王討伐隊に任命されなければ。
だが、考えてみればおかしな話だ。お上からの命令で出発したはずなのに、何故最初の聖女はリタイア出来たのだろうか? たしか理由は、被災した村や教会の復興のため、だったと記憶している。やはり、その程度のキャラクターだったってことか。強制リタイアしないよう、気を付けなければ……。
シスターに食堂へと案内されたセーラは、そこで見覚えのある人物を確認した。主人公パーティに加わるも何故かリタイアする一人目の聖女、カテリナだ。
セーラが席に着くのに気づくと、不快そうに一瞬睨んで目を逸らした。
――あ? 腹減ってんのに俺が遅れたから怒ってんのかな。まあ腹減ってんならしゃあねえよな。俺でも睨むわ。って、違うか。聖女が別の聖女を睨むのは……ライバル視されてるってことか? ん~、わかんね。とりまメシだメシ。
今日の夕食は、さきほどのシスターが言っていたとおり、旨そうなシチューだった。だが、セーラは思った。こういったホワイトシチューが一般的だと思っているのは戦後の日本人くらいなものだと。だがそこは日本のメーカーだ。野暮な突っ込みはしないでおこうと思った。
また、メニューに関していえば、給食と同じくらいの品数で、思ったよりは豊かな印象だった。セーラは、教会の食事だから質素なものを想像していたのだが、聖女を二人も預かっているためか、この教会はそこまで貧乏でもないようだ。
「では祈りましょう」
最年長のシスターが皆に声をかけた。
――やべえ、俺、お祈りとかわかんねえぞ。ええと……。
一瞬焦ったセーラだった。が、食前のお祈りの文句なんて知らないはずだったのに、なぜか自然と口をついて出て来るのに驚いた。おそらくスキルか何かで覚えているのだろう、全く記憶がないよりはマシだと思った。
ようやく食事にありついたセーラは、あっという間に自分のぶんを平らげてしまった。お代わりをもらおうと思って皿を手に取ると、周囲の様子がおかしいのに気が付いた。
――やべえ、やっちまったか?
背中に冷たい汗が流れる。
全力でいい訳を考える、中の人、京太郎。
だが望んだバ美肉でもないのだから、女のマネなど初体験だ。
「きょ、今日は御勤めで疲れてしまって、とってもおなかがすいていたの……」
頼む、頼む、これで誤魔化されてくれ、と祈る京太郎。
このコマンドは、果たしてこの場に通るのだろうか?
数秒の間を置いて、
「おかわりね? いっぱい食べて回復して下さいな、セーラ様」
さきほどのシスターが、助け船を出してくれた。
――グッジョブ!! サンキューシスター!! うあああ、助かった!!
若干の間があったのは、処理落ちだったのだろう。
セーラは、イレギュラーな行為を要求されたNPCが対応できるよう、神によって何かしらの操作が成されていた可能性に思い至った。
セーラは周囲の冷ややかな目をかわしながら、空になった皿を差し出した。
今後は大飯喰らいの大義名分を何か探さねば、と思いつつセーラは二杯目のシチューを待った。
腹いっぱい喰うために、聖女は手段を選ばない。