目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第4話 腹いっぱい喰うために、俺は手段を選ばない。

「さーてメシメシっと……。何が出てくんのかな~」


 京太郎改め、モブ聖女セーラは、己の所属する教会の敷地へと入っていった。

 そして、一番大きな建物のドアを開けた。


「おじゃましますよ……じゃなくて、ただいまか?」


 重い木のドアを開くと、そこは礼拝堂で中には誰もいなかった。


「あ……。そういうやつか。なるほどなるほど。うん、ここじゃメシは食えねえな」


 セーラはさっさとドアを閉めると、建物の脇へと周り込んだ。

 食事をするのであれば、おそらく居住エリアだろうと当たりをつけたのだ。


「にしても、さすがは神のサーバーだな。五感はそのまんまだわ。おまけにちゃんと腹も減る。かなりリアルに作り込んであるな。マジすげえぜ」


 ゲーマー魂のなせる技なのか、この世界がサーバー内だと言われると吟味したくなる。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。肌の感触、衣服の質感や髪のサラサラ加減まで、ひととおり確認したセーラは、その完成度に満足を超えて感嘆せざるを得なかった。


「ここまでリアルだと、何も言わずに放り込まれたらバーチャルだって気づけねえな。さすが神だぜ。神サーバーすげえ。あ~、こんなサーバーでゲームやってみてえなあ……って今がプレイ中なのか。うっかりしてたぜ」


 思いがけずVRゲームのような場所に放り込まれたが、すぐにエンジョイしてしまう自分に気づいてセーラは苦笑した。


「楽しんでる場合じゃあねえんだが、でも楽しみながらやらねえと長続きしねえもんな。にしても、ここにいる間、俺の体や家はどうなるんだ? あとで自由帳で聞いてみるか……」


 セーラがふらふらと別棟の方に歩いていくと、いかにもモブのシスターに声を掛けられた。人の良さそうな彼女は三十歳前後のおばさんで、そうそうこういうNPCが田舎の教会に一番マッチしているよなあ、とセーラは思った。


「セーラ様、今お戻りですか。御勤めご苦労様です。そろそろ夕餉の支度が出来ていますよ。手を洗ってきてくださいな。いいお肉が手に入ったので、今日のシチューおいしいですよ」


「ただいま戻りました。えっと……手洗い場はどちらでしたでしょうか」


 シスターは一瞬ぎょっとしたが、いたわるような眼差しで、

「ああ、かなりお疲れなのですね、セーラ様……。無理もございませんよね。聖女様の御勤めは精神力を消耗しますから……。いまご案内しますね。どうぞこちらへ」


「すみません、お忙しいのに……。ああ、いけませんね、この程度で疲れるなんて。もっと精進しなければ……」


「セーラ様……聖女様になられてまだ日も浅いというのに、本当によく御勤めをされて素晴らしいです」


 セーラは、御勤めって何をするんだろう、などと思いつつ、シスターの差し伸べた手を取り、一緒に井戸の方へと歩き出した。


 ゲーム内ではあまり立ち入ることのなかった教会の内部構造を、セーラは頭に叩き込んでいく。今はまだ取説を見ていないので、マップの表示方法やステータス画面の出し方なども分からないままだ。とりあえず、現状では視覚情報からあらゆる情報を記憶しなければならない。

 リアルはゲームよりも面倒なものだな、とセーラは思った。


 セーラは井戸で水を汲み、手を洗いながら、ぼんやりと夕暮れ時の教会施設を眺めた。むこう五年ほど世話になる場所か……と感慨にふけったが、すぐに考えを改めた。



 ――まるまる五年もこんな田舎でくすぶっていていい訳がない。業績を上げ、速やかに中央に行って、王族やら何やらの信用を得て、魔王討伐隊に任命されなければ。

 だが、考えてみればおかしな話だ。お上からの命令で出発したはずなのに、何故最初の聖女はリタイア出来たのだろうか? たしか理由は、被災した村や教会の復興のため、だったと記憶している。やはり、その程度のキャラクターだったってことか。強制リタイアしないよう、気を付けなければ……。



 シスターに食堂へと案内されたセーラは、そこで見覚えのある人物を確認した。主人公パーティに加わるも何故かリタイアする一人目の聖女、カテリナだ。

 セーラが席に着くのに気づくと、不快そうに一瞬睨んで目を逸らした。



 ――あ? 腹減ってんのに俺が遅れたから怒ってんのかな。まあ腹減ってんならしゃあねえよな。俺でも睨むわ。って、違うか。聖女が別の聖女を睨むのは……ライバル視されてるってことか? ん~、わかんね。とりまメシだメシ。



 今日の夕食は、さきほどのシスターが言っていたとおり、旨そうなシチューだった。だが、セーラは思った。こういったホワイトシチューが一般的だと思っているのは戦後の日本人くらいなものだと。だがそこは日本のメーカーだ。野暮な突っ込みはしないでおこうと思った。

 また、メニューに関していえば、給食と同じくらいの品数で、思ったよりは豊かな印象だった。セーラは、教会の食事だから質素なものを想像していたのだが、聖女を二人も預かっているためか、この教会はそこまで貧乏でもないようだ。


「では祈りましょう」

 最年長のシスターが皆に声をかけた。


 ――やべえ、俺、お祈りとかわかんねえぞ。ええと……。


 一瞬焦ったセーラだった。が、食前のお祈りの文句なんて知らないはずだったのに、なぜか自然と口をついて出て来るのに驚いた。おそらくスキルか何かで覚えているのだろう、全く記憶がないよりはマシだと思った。


 ようやく食事にありついたセーラは、あっという間に自分のぶんを平らげてしまった。お代わりをもらおうと思って皿を手に取ると、周囲の様子がおかしいのに気が付いた。


 ――やべえ、やっちまったか?


 背中に冷たい汗が流れる。

 全力でいい訳を考える、中の人、京太郎。

 だが望んだバ美肉でもないのだから、女のマネなど初体験だ。


「きょ、今日は御勤めで疲れてしまって、とってもおなかがすいていたの……」


 頼む、頼む、これで誤魔化されてくれ、と祈る京太郎。

 このコマンドは、果たしてこの場に通るのだろうか?


 数秒の間を置いて、


「おかわりね? いっぱい食べて回復して下さいな、セーラ様」


 さきほどのシスターが、助け船を出してくれた。


 ――グッジョブ!! サンキューシスター!! うあああ、助かった!!


 若干の間があったのは、処理落ちだったのだろう。

 セーラは、イレギュラーな行為を要求されたNPCが対応できるよう、神によって何かしらの操作が成されていた可能性に思い至った。


 セーラは周囲の冷ややかな目をかわしながら、空になった皿を差し出した。

 今後は大飯喰らいの大義名分を何か探さねば、と思いつつセーラは二杯目のシチューを待った。


 腹いっぱい喰うために、聖女は手段を選ばない。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?