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第5話 罰そうじをサボるため、俺は手段を選ばない。

 夕食後、自室に入ったセーラは室内の物色もそこそこに、ゲーム神からもらった取説をライティングデスクの上で広げた。

 本当に急いでいたのだろう、あちこち修正テープで直した跡があったり、テープを貼る手間も惜しかったのか、二重線で訂正した部分もある。


「ううむ……、ひっじょーに読みにくいのだが、仕方ねえ。必要な部分だけ、こいつに書き写しておくか」


 セーラはライティングデスクの上にあった日記帳を手元に置き、メモを取りながら取説の解読を始めた。

 彼女は日記帳を使う前に、パラパラと以前の日付の日記を読もうとしたが、何も書かれていなかった。これは、これ以上遡ることが出来なかった、というゲーム神の発言から考えて、データがないと解釈するしかなさそうだ、とセーラは思った。


「ま、セーラはただのモブ聖女だもんな。いちいち日記帳の中身まで、それも五年前のなんて作っちゃいねえよな。期待した俺がバカだったぜ……。それはともかく、取説の早見表をさっさと作らないとな。えーっと……」


 取説の内容は、主にゲーム内での操作をリアルではどう行うのか、どう置き換えをしたのか、などとなっている。中には苦労して機能を盛り込んだ跡も見受けられ、ゲーム神のこだわりが透けて見えた。


「ほほう……これがUIか。すごい再現度だなあ。たしかにアレをVR化したらこうなるって分かるよ……。あんたすげえや……ゲーム神」


 セーラは中空にステータスウィンドウを開きながら、感心しきりだった。世界中の、それこそメーカーの人間ですらプレイしたことのない、フルダイブVRリメイクされたゲームの中に、いま自分がいる。そのことに、セーラのゲーマー魂は震えに震えた。


「神に感謝するぜ……」


 セーラは思わず両手を組み、ゲーム神に祈りを捧げてしまった。

 ふとドアが開き、誰かの声がした。


「あ! ごめんなさい! 部屋間違えちゃった……って、セーラ様はこんな遅くまでお祈りをなさっていたのですか? なんて信心深いのでしょう……。お祈りの邪魔をしてしまってごめんなさい。おやすみなさいませ」


「あ、お、おやすみなさい、ませ……」


 誰だか分からないが、セーラはとりあえず挨拶だけしておいた。

 闖入者は言いたいことだけ言って、去ってしまったが、特に問題はなさそうだった。むしろ、セーラの聖女らしい様子が目撃されたことで、自分の評価にプラスとなるだろう、と思った。


「だが。ちゃんと戸締りはしねえとな。ちょっと浮かれちまったぜ」


 セーラはドアの鍵を掛けると、再びステータスウィンドウを開いて、取説片手にあれこれ操作をしはじめた。


「……お? それマジか!」

 セーラは何かを発見し、驚きと期待に満ちた声を上げた。


 途中で離脱してしまうせいか、京太郎は聖女のパラメータなどあまり興味がなく、スキルツリーも詳しく研究していなかった。そのため、セーラとなった今、初めて聖女というジョブのポテンシャルに気づいたのだった。


「そうか……。確かに、聖女はクレリックの一種と考えれば、ああ……なるほど、ね。こりゃあ、明日から忙しくなるぜ……くっくっく」


 セーラはものすごい悪い顔をしながら、スキルツリーの育成計画を日記帳に書きつけていく。果てしない旅の最初の道程が、ここに記されていくのだ、と思うとセーラは興奮してきた。

 結局、夜更けまで書き物をしていたセーラは、見回りに来たシスター長に怒られて渋々眠ることになったのだが、なかなか寝付けずに夜明けを迎えてしまった。



     ◇



 夜更かしをしたせいで大寝坊をしたセーラは、罰として庭の掃除を言いつけられてしまった。朝食後、ホウキを持って庭に出ると、奉仕活動中の男性が薪割りをしているのに出くわした。


 ――ラッキー。これは、合法的に筋力アップ出来るぞ。なんとか代わってもらえないかな。罰そうじもサボれるしな。


「これは聖女様、おはようごぜえます」

「おはようございます、ご精が出ますね。良かったらわたくしに薪割りのやり方を教えて頂けませんか?」

「聖女様に、でごぜえますか? いやいや、危ねえですから」


「いいえ、いずれ私は諸国を旅して人々を救う身です。どんな場所に行っても、自分のことは自分で為さなければなりません。そのために、薪割りの技術は必要なのです。どうかわたくしに教えて頂けないでしょうか?」


「んー……。そういうことなら……」


 村人は渋々了承すると、セーラに薪割りのレクチャーを始めた。やがて、飲みこみの早いセーラに楽しくなったのか、彼はノリノリで手取り足取り色んなことを教えてくれたのだった。手が痛まないように布を巻くことなども。


 しばらく練習をしたセーラは、ステータスに変化がないか確認してみた。すると、体力関連のパラメータがわずかに上がっていたが、それだけではなかった。


 ――ふむ、体力がつけばそれでいいと思っていたのだが、基礎を習得するとスキルツリーに追加されるようだな。今が『薪割りLV1』か……。


 ある程度自分で薪を割れるようになったセーラは、しばらく練習したいので掃除を代わって欲しいと頼んだ。すると村人は快く引き受けてくれた。


 小一時間もしたころか、セーラに罰を言いつけたシスターが様子を見に来たのだが、景気のいい音をさせながら薪をバンバン割っているセーラを見て、ひっくり返ってしまった。


「セーラ様、お掃除おわ……おわおわおわわわわわ⁉」

「だ、大丈夫ですか?」


 斧を放り出して駆け寄るセーラ。玉のような汗がキラリと光る。


「な、何をなさっていたのです……お掃除は……あの……」

「ああ。彼と代わってもらったので、掃除の方はちゃんと済んでますよ。薪割りもあと少しで終わりますからご安心ください」


 駆け寄ってきた薪割りの師匠、村人Aが、

「ああ~、シスター。聖女様は~なかなかに筋がええですよ。さすがは諸国を旅して衆生をお救いになられるお方だ~」

 と嬉しそうに話す。


 シスターは目を白黒させながら、おしりをパンパンはたいて、

「そ、そうですか……。そろそろ昼食ですから、手を洗って食堂にいらしてくださいな。セーラ様」


「了解! ……ですわ。これを割ったらすぐ行きますね」


 シスターが立ち去ると、セーラは残りの木をスコンスコンと手早く割っていった。やがて薪割りを完了する頃には、彼女の薪割りレベルが1から5に上がっていた。


 水場で手を洗いつつ、このままスキルレベルが上がるとどうなるのだろう、とスキルツリーのウィンドウを開いて見てみると、木こりや木工、大工など、木に関するツリーが広がっていた。


「さすがに筋力がぜんぜん足りないから、まだ木こりや大工は無理そうだな……だが、日曜大工くらいは出来た方が町民ウケは良くなるよな。ふーむ、誰か教えてくれそうな奴は……あとで村ん中うろついて探すか。それと……食材調達も考えねえとな。一人だけ大食いだと目付けられちまうからな……うーむ……」


 セーラはスカートで手を拭きつつ、食堂に向かった。


 聖女は罰そうじをサボるために手段を選んだ……つもりはなかったのだが、結果的に回避できた上に筋力もスキルも増えて結果オーライだった。

 そしてゲーマー魂に火がついて、木工系スキルを攻略したくなってしまった彼女は、いかにしてスキルツリーを開いていくかを脳内でシミュレートし始めた。


 メイン聖女を出し抜いて、少しでも早くこの村を出るという当初の予定はどこへ行ったのか。

 一つの町で出来ることは全てしゃぶりつくさないと気が済まない、セーラの中の人・京太郎は楽しみと使命と効率の狭間でワクワクが止まらなくなっていた。

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