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第4話「フォレストアーチャー・シルヴァ」

 ユウタは、木立に隠れながら攻撃の機会を見定めていた。相手の威嚇射撃の隙を縫って別の木陰へ転がり、周囲を確認していると、攻撃者の影が見えた。

 すかさずユウタは「カード」をかざし、その魔法名を叫ぶ!


「『ストライクボルト』――!」


 詠唱と共にカードは魔力の奔流へと姿を変え、一閃の稲妻として発現。

 それは狙い通り真っ直ぐに飛んで行って――惜しくも外れたが、その迅雷は、暗がりにある攻撃者の姿形をハッキリ照らし出した。


 そこに立っていたのは、美しい銀髪を腰まで伸ばした蒼眼の女エルフ。両手を弓にかけた姿はあまりにも見覚えがあった。彼女は――


「な……『フォレストアーチャー・シルヴァ』!?」


 忘れもしない、エルフデッキの看板娘かつエースモンスター!

 その凜とした佇まい、あまり仕事しないスカートからこぼれる太腿、見間違うはずもない。これが平時なら鼻の下を伸ばす余裕もあったが!


「……?」


 寡黙を貫くシルヴァは、ユウタが、自らの名前を発したのを聞いて僅かに首を捻り足を止めたが……すぐに切り替えた様子で、指笛を吹いてみせる。


 その音を聞いた彼は、背中にぞっと冷たいものが走る心地を覚えた。

 身体が音を覚えている。『シルヴァ』は場に出た時、指笛を使って――


「……まずい!」


 彼女の横から「森の獣」――オオカミが二匹現れ、彼女の斥候となった!

 目で捉え、鼻で匂いを辿り、ユウタの隠れる木立へじりじり迫り始める。


 そしてちょうど、魔導書は再度きらりとページを光らせ、カードの形でユウタに選択肢を与えてきた。攻撃用のマジック『ストライクボルト』が二枚!


「……時間が経てば選択肢が増えるのか? まるでカードゲームだ、これなら、俺でも一人で――」


 道理はなんとなく分かった。

 ユウタはすぐにそれを実行しようとカードをかざす……するとその瞬間、敵の後方に立つ銀髪エルフ、シルヴァと目が合って――


「『ストライク』――ん?」


 何か、強烈なひっかかりを覚えたユウタは詠唱を中断する。

 獣たちはゆっくり迫る中、カードゲーム廃人の頭が思い出すのは……




『フォレストアーチャー・シルヴァ』

(太い木の枝に腰掛けて俯く、銀髪の美しいエルフ弓兵)

(白く張った太腿がこれでもかと強調されたイラスト)

森の平穏を守る斥候のシルヴァは真面目で物静か、能力も確かだが、定められた時間外では煙のように姿をくらましてしまう。

だから誰も知ることはない。彼女が密かに、森の獣たちと戯れていることを。

「うん……うん……みんなモフモフしてて、かわいい……」




 ……ユウタが選んだ「択」は「撤退」だった。

 いや、逃げられるとは鼻から考えていない。少しでも時間を稼ぐのだ!


「ちょっとユウタ、逃げるんじゃないでしょうね!」


 木の上からヴィーナの叫び声が下りてくる。彼女はどこか安全地帯から高みの見物をしているようだ。しかし彼はそれに返事せず、オオカミたちを刺激しすぎないよう、ゆっくり距離を保ったまま後退していく。


(もし……もし、俺の考えが正しければ……)

(あのカードが、使えるようになれば!)


 ユウタは、魔導書が光を発した直後、太い木を間に挟むように身を隠す。

 そして……「狙い通り」に来たカードを確認するや、すぐさま指で挟み込み、痺れを切らしたオオカミ二匹を迎え撃った!


「――『アイヴィ・トラップ』!」


 カードが光った! どこからともなく現れた蔦はオオカミたちの身体に絡みついて、簡単な檻を形成して彼らの動きを止める。

 そしてユウタは、あとから弓を構えながら近づいてくるシルヴァと相対するや両手を挙げ、敵意が無いことをアピールした!


「シルヴァさん、ですよね? 僕は、これ以上やり合うつもりはありません!」

「!」


 ユウタの言葉を聞いたシルヴァはしばらく弓を構え続けていたが……幾ばくかの時間が経った後、矢先を落とし、肩から力を抜いた。『アイヴィ・トラップ』も効果が切れ、囚われていた獣たちはシルヴァの横を抜けて帰っていく。


 しかし困惑している人物が一人いた。彼女は――ヴィーナは樹上から下りるとユウタの横に立ち、訳が分からない様子で問い詰めた。


「何やってるのよユウタ! てかその人は――」

「シルヴァさん、うちの魔女が迷惑を掛けてしまって、本当にすいませんでした。森を徒に荒らすつもりは無かったんです……」

「ちょっと、何あんたが保護者面してるの! あんたはあたしの下僕でしょ! げ・ぼ・く!」

「……あなたたち、何?」


 ユウタとヴィーナのやりとりを聞いていたシルヴァは首を捻る。


「ほら、ヴィーナさんも謝って」

「なんであたしまで! てかどうして攻撃しなかったのよ。魔法が使えたなら、さっきのそれで、オオカミ一匹なんて簡単に取れたはずでしょ」

「だから、使えなかったんですよ……彼女が相手だったから」


 その時、話を聞いていたシルヴァが初めて動揺を露わにする。

 眉を上げ、目を大きくして、頬がわずかではあるが赤みを帯びて……


「ユウタ、何か知ってるの?」

「……勿論知ってますよ。彼女は――」

「や……待って……」


 何かを悟ったシルヴァは一転、慌てた様子で止めようとするが、その顔が魔女ヴィーナの琴線に触れてしまった。ヴィーナはニヤリと笑うと、このチャンスを逃すまいとユウタに続きを促す。


「『彼女は』何? あたしに説明しなさい」

「彼女は……仲間に隠れて、動物をモフって楽しむ趣味が……」

「うう……うあぁぁ……」


 図星の反応であった。

 シルヴァは熱くなった頬を両手で押さえると、恥ずかしさを堪えきれない様子で身体を振り始める。秘密を知ったヴィーナはゲラゲラ笑い、先程の緊張から一転して、森に穏やか(?)なひとときが訪れた……


(よかった、ひとまずなんとかなった……でも)


 落ち着いてみればつい、シルヴァの「暴力的な下半身」に目が行ってしまう。あまりに短いスカートからは真っ白でむちむちしたフトモモ――ヴィーナ以上にお太いそれは、森を縦横無尽に動く彼女の機動力をしっかり支えていた。


 ところで、以前から呼び名に使っていた「太腿エルフ」は封印しなければならない。ウッカリ失礼を働いたら最後、大変なことになってしまうに違いない――


「ユウタ、さっきからどうしたのよ」

「や、見てないですよ」

「……それは、見てた人の言葉、ですよね」

「アッ」

「「……」」


 ジトォ……二人の看板娘から微妙なニュアンスの視線が送られてくる。

 やっぱりダメかもしれない!

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