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第3話「切り札はキミの中」

 次元転移魔法――

 別世界に召喚させられた青年ユウタが、元の世界に戻ることができる(多分)唯一の可能性。それをただ一人扱えるヴィーナに話を伝えてみたが……


「あんた……何を言ってるの?」

「え? ヴィーナさん、冗談はやめてくださいよ! 次元転移魔法はヴィーナさんの代名詞でしょ! 僕もゲームで何度もそれに助けられて」

「知らないわよ。そりゃああたしはすごい魔女だから? 話に色んな尾鰭がついても不思議じゃないけれど……え、ホントにあたしの話?」


 小屋の梁から吊されたユウタ、その前で困惑した顔のヴィーナ。

 ……おかしい。話が全然噛み合っていない。


 ユウタはもう一度『次元転移魔法』についてのこと……カードの効果だけでなく、そのフレーバーテキストに書いてあった文言まで思い出そうと試みた。


(ええと、確か……)




『次元転移魔法』

(両手で紫色のポータルを開くヴィーナの姿)

(胸が大きい)

世界を揺るがす大発見、しかしその発端はあまりに些細な出来事である。


放浪の魔女はある日、棚の上にある物を取ろうとした時にあやまって転倒して、頭を強く打ち付けてしまう。意識をぼんやりさせていた彼女は寝込んで、数日をベッドの上で過ごしたが……やがて目が覚めると、頭には、今の今まで誰も思いつけなかった魔法体系が完成していたのだった。

「これがあたしの最高傑作! ぜんぶ消し飛ばしてやるんだから!」




(……え?)


 最悪の可能性に思い至って身体をフリーズさせるユウタ。


「ヴィーナさん、まさか……まだ、その魔法を閃けていない?」

「まだって言うか、本当に初耳」

「頭を強くぶつけて、三日三晩寝込んで、ハッと思いつくとか」

「してないわよ」

「……うわあああああ! どうやって帰ればいいんだぁ!」

「うるさい! いきなり叫ぶな!」


 ヴィーナは静かにさせようと丸太のような脚を繰り出し、蔦にくるまれた身体にドサリとなかなかの一撃を与えた。ユウタは振り子のように揺れた……


「ぐうぅ……で、でも、本当にどうしたら」

「どうもこうもないでしょ。とにかくこれじゃ、すぐには帰れないわね」

「ヴィーナさん、今からでも、次元転移魔法を閃くのは……」

「バカも休み休み言いなさい。できるならもうやってるから」


 ヴィーナは大きな溜め息をついてから杖を振った。ユウタの身体を縛っていた蔦がするりと緩み、彼は魔女小屋の床で座り込むように解放される。


「ああでも、ヴィーナさんと一緒なら、最悪ではないか……」

「なんか、そういうキモいこと言ってたわね。いい、あんたはこれからあたしの下僕になるの。あんたは色んな事を知ってるらしいけど……そうだ、折角だからその『知識』を試させてもらうわ! 暇潰しにもなりそうだし」

「えっ?」


 絶句するユウタの前でヴィーナが腕組みしながらニヤニヤ笑っている。

 絶対に……絶対にろくでもないことを考えている顔だ! 可愛いけど!


「近くに森があるから、獣を一匹シメてきなさい。できるわよね?」


 やっぱり!

 可哀想なユウタ青年は、その身一つで獣狩りへ向かわされる……



 ◆ ◆ ◆



 自分が「最強の存在」としてヴィーナに召喚された理由を示すため、ユウタは魔女小屋を出て森の間道を歩いていた。

 少し離れた後ろでは例の魔女が大欠伸をかましながら呑気について来ていて、しかし、新たな「下僕」を監視するというお楽しみの真っ最中だった。


「えっと、ヴィーナさん、その、あくまで僕は知識があるってだけで……動物とタイマンを張れるわけじゃ……」

「なに? なんか言った?」

「ひぃぃ、なんでもないです……」

「あたしは今忙しいの……そう、あんたが言ってた『次元転移魔法』! あれがどんなものか思い浮かべるので精一杯で、いやー大変大変! 困っちゃうなー」


 いかにもわざとらしい語調で突っぱねられてしまうユウタ。

 肩を落としながら歩いていると、道の端で何か小さな生き物がぴょんと飛び跳ねた。それは横に広がる森へ入っていく……


 ……行くしかない。ユウタは意を決して後を追いかけた。

 適当にその辺にある石を拾って進むと、後ろに続いていたヴィーナが呆れた声で呼びかけ、肩をドスと叩く。彼女の手には小さな魔導書の冊子があった。


「まさか、石ころ一つでどうにかするつもり? ダメもとでコレを使いなさい」

「なんですかこれは?」

「簡単な魔法を記したものよ。あんたに魔法が使えるかは知らないけど……」


 中を開いてみれば、そこには奇妙な形の文字と魔術シンボルが記されていた。しかしユウタはこの土地の言葉が読めない。

 新たな世界に飛ばされた主人公がそこで異能力に目覚めて、強力な剣技や魔法で鮮やかに戦う……なんてものはフィクションだ。現実はこれである。せめて、カードゲーム要素でもあれば少しは食らいつけただろうに。

 しかたなく、獣が消えていった方角へ歩を進める。すると……


「……っ!」


 木々の間を行こうとするユウタの二歩先、矢が勢いよく地面に刺さった!

 彼は少し遅れて反応し、近くの木立に身を隠す。誰かがいる!


「矢……!? でもいったい誰が……まさか!」


 ここは「DIMENSIONS」のキャラクターが生きる世界だ。ユウタの頭は即座に敵の正体に思い至る。

 エルフ。森を自らの治める領域とし、自然や精霊たちを篤く信仰する者たち。その兵たちは、弓術や精霊術に長けている――ユウタは図らずも、彼らの領内へ立ち入ってしまったのだ!


「や、やば……ヴィーナさん、引き返しましょう! ここはエルフの……って、あれ、ヴィーナさん?」


 木陰から周りを見渡してみるも、先程まで一緒にいた魔女の姿はなかった。

 その間にも矢がもう一本飛んできて木の肌をかすめていく! ユウタは生きた心地がしないまま、ヴィーナからもらった魔導書を開いてみる……


「……うああああ、読めない、読めないぞ! どうしたらいいんだ……このままヴィーナさんとはぐれてエルフに捕まっちゃったら、いよいよ元の世界には……」


 ……しかし。運命はユウタを完全に見放したわけではなかった。

 開いていた魔導書、そのページの一枚が光を放ち、ひとりでに破れて浮いた!


「!」


 ページは宙を舞い、一枚の細長い「カード」へ変わる。そこに描かれた絵柄にユウタは既視感を覚え、はっと息を呑む――


「これは……もしかして!」


 カードを掴み取る。鮮やかなイラスト、「効果テキスト」が浮かび上がった。




『ストライクボルト』

(魔女ヴィーナが杖の先から雷の一撃を放つ瞬間のイラスト)

(やっぱり胸が大きい)

雷撃を放ち、脅威を打ち払う。

魔力の溜まった一撃は伝説級の巨竜をも葬り去る。

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