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第2話「最強って?」

 ユウタ青年こと「久遠 遊汰」は、典型的なダメ大学生だった。


 いや、最初はそうではなかった。

 しかし……デジタルカードゲーム「DIMENSIONS」のリリースが、彼の人生の全てをひっくり返してしまったのだ。




 始まりは、同じ講義の知り合いがプレイしている様子を見たことだった。ルールは分からないから、とりあえず、画面に次々躍り出る美麗なカードイラストを見ていると……その中に「彼女」が現れる。

 放浪の魔女 ヴィーナ。

 沢山のマジックカードを扱う「魔女デッキ」のエースモンスターである彼女の容姿に、ユウタは一目惚れしてしまったのだ。


(な、なんだこの金髪の子、すっごくカワイイ――)

(ちょっと気の強そうな顔、良すぎ……それに、おっぱいもデカい!)

(うお、太腿もむちむちして……あ、ああ、その笑顔、好きになっちゃう……)


 男子とは、かくも哀れな生き物である。今まで存在を知らなかったゲームでも刺さる女性キャラが一人いれば、それは、プレイを始める動機には十分すぎた。


 ムッツリなユウタ青年は、一人で借りていたアパートに帰ってすぐにゲームをダウンロード。画面に大きく登場する可憐な美少女イラストを前に鼻を伸ばし、お目当ての魔女ヴィーナが出たらスクリーンショットを撮って保存した。



 ……後に自分が、とんでもない「バケモノ」になってしまうとも知らずに。



「相手のライフは風前の灯火……よし、何かありますかっと……うわあああっ、勝った……はああぁぁぁ、19連勝……あと、1勝だ……!」


 午後五時。この日、ユウタは何度目かも分からない「全日サボり」を敢行。

 暗い部屋の中、PCの画面前から動かずマウスをカチカチ鳴らし続けていた。


 テーブルには空になったカップ麺容器が積まれ、握り潰された野菜ジュースのパックが散乱している。だが彼は「そんなことより」と目を見開き、画面に表示された「マッチング完了」の文字を前に息を吐いた。


 そう……あの日「DIMENSIONS」と出会ったユウタは、このゲームにどんどん悪い嵌り方をして、廃人カードゲーマーになってしまったのだ!


「対戦相手は……『エルフデッキ』か? 落ち着け、相性は悪くないはず……」


 最初はキャラクターの魅力から入門したユウタだったが、カードゲーム特有のドーパミン溢れる勝ち方を重ねるにつれて、ランクマッチへ潜るようになった。この辺りからレポート課題の未提出が多くなった。

 実況者の実況や解説動画を見て、流行っているデッキレシピや戦い方の研究を重ね、知識を経験として身体に叩き込んだ。この辺りから寝坊が多くなった。

 やがて上位者層に食い込んだ彼は、自分をこの世界へ誘った魔女でありデッキの切り札でもある『放浪の魔女 ヴィーナ』に関するスキン、カードスリーブに願掛けも兼ねて課金をした。この辺りから知り合いと遊ぶ機会とお金が激減し、いよいよ人間の暮らしをやめ始めた。

 それでも風呂だけは毎日欠かさず入った。

 身体が臭いと、山札のヴィーナに「そっぽを向かれてしまう」からだ……!


「……まあまあの初手。先行は相手、向こうの初動は……上振れてはいないな。そのモンスターなら『ストライクボルト』で交換できるから、こっちも、丁寧にコントロールして……よし、悪くない……」


 挑戦しているのは、先日新しく追加されたルール「アルティメット」。

 スタン落ちを問わず、サービス開始から全てのカードが使える無法地帯だ。


 ディスプレイに映るのは、ユウタの魔女デッキと、相手のエルフデッキの対戦画面。相手の繰り出すモンスターをユウタがマジックカードで除去し続けていると、ゲーム後半、向こう側の場にエフェクトが働いた。


 相手の「切り札」が姿を表す。

 出てきたのは……相手のエルフデッキを代表する、美しい銀髪をたなびかせた蒼眼の女弓使い。凜とした蒼眼、スカートから溢れる眩しい太腿――だが、今のユウタに現を抜かせる余裕はない!


「ああ……やっぱり引いてきやがったな、『太腿エルフ』!」


 『フォレストアーチャー・シルヴァ』。彼女が場に出た直後、「指笛」と共にカード能力が発動。森の獣を模した仲間たちが続けて現れて、一気に攻勢盤面が築かれた! 相手は、ユウタが魔法で除去するより多くのモンスターを並べて、処理しきれなくなったところで圧殺してくるつもりだ。


「そこで『太腿』出されたなら、あと1ターンか2ターンの猶予か……くそっ、次のドロー次第ではまずいぞ。何か、何か頼む……」


 ユウタは祈るようにゆっくりとマウスを操り、デッキトップを捲る。


 ドローしたのは――眩しい金髪と三角帽子、『放浪の魔女 ヴィーナ』!

 完璧なタイミングだ! 彼女はまるで女神のようにユウタへ微笑みかけた。


「ああぁ、ヴィーナ! やっぱり、お前がナンバーワンだ……!」


 盤面に降臨した魔女ヴィーナはデッキの最強カード『次元転移魔法』を手札に加えてくれる。それを発動したら、相手の盤面に並んでいたモンスターは一瞬で「別次元へ」消失する!

 ユウタは頭をフル回転させて打点を計算して、残ったカード全てでヴィーナの打点を最大まで引き上げにかかる――


「リーサルは……足りた! ぅっ……ありがとう……俺のデッキ……!」


 主の指示を受けた魔女が杖を振りかざす。

 ゲームの結末を決める最後の攻撃。それは……



 閉じきった部屋の廃人大学生へ、20連勝目をプレゼントした。



 結果画面の隅に小さくポップしたのは、「称号:究極の覇者」を取得した知らせだった。あらゆるデッキ・カード知識が必要となるルール「アルティメット」で20連勝した者だけが辿り着ける、ゲーム最難関とも言える称号――取得者は彼のプレイヤーネーム「ゆうた」だけだ!


「やった……俺が、一番最初だ……! ああぁぁ……」






「……いや、あんたの苦労はどうでもいいのよ」

「えっ、かなり重要なことじゃ――」

「知らないわよ! あたしが聞きたいのはその後のこと!」


 黒い蓮の花浮く小さな池、そのほとりに立てられた魔女ヴィーナの小屋。


 ユウタは相変わらず蔦でグルグル巻きにされたまま、家の梁にミノムシの如く吊られながら「転移」までの出来事を説明する。

 彼の少し前では木の椅子に腰掛けたヴィーナが高飛車な風に腕も脚も組んで、ふんぞり返らんばかりの姿勢だ……


「えっと、その後、紫色の光が出てきて……」

「紫色の光……?」


 ユウタはそれからのことをかいつまんで話す。

 念願の実績解除に大喜びの青年は、一方でとてつもない疲労を感じていたために、PCの前で半ば気絶したように気を失いかけていた。彼が最後に覚えているのは瞼越しでも分かる紫色の――円形に開き、青年を吸い込もうとしたポータルの光だった。


「で、あとはこんな感じで」

「はああああ!? じゃあつまり、あんたは元々別世界でその『カードゲーム』ってのをしていて、あたしたちはそのゲームに出てくる登場人物で、それでたまたまあたしが『最強の存在』を呼びつけようとしたら、ゲームで『最強』になったばかりのあんたが来ちゃった……ってこと!?」

「多分そうですね」

「はぁぁあぁ……そんなの、いきなり認められる訳ないじゃない!」


 ヴィーナは立ち上がると僕の前までやってきて、杖でバシバシと叩き始めた!

 グルグル巻きの蔦が良いガードになっているが、衝撃は伝わってくる!


「いい? あたしはヒマだったから、ものすごくつよーい奴を呼び出して戦おうと思ってたの! 誰もが恐れる悪魔とか、伝説に語られる英雄とか! それが何!? こんなひょろい奴が別世界から来るなんて、そうはならないでしょ!」

「なっとるやろがい……」

「あんたはこれからどうするの!? まさか、一生ここで暮らすつもり?」


 そう訊かれたところでユウタ青年は困ってしまった。

 ここはよく知っているゲームの背景世界だが、それはつまり、元の世界の常識から外れたものが跋扈していることを示す。大好きなカード世界の住人と会話ができるのは大変魅力的だが、一方で相当な危険とも表裏一体である。


 すぐに帰るにはもったいないが、「このまま帰れない」のも困る。

 しかし彼一人で考えたところで、何か解決法が思い浮かぶわけでも……


 わけでも……


「……あっ、なんとかなるかもしれません!」

「なに?」

「『次元転移魔法』ですよ、ヴィーナさんが作った……! それで僕がいた世界に繋いでくれれば、元の世界に戻れます! ああよかった、最初に出会った人がヴィーナさんで……」


 次元転移魔法――ゲーム内でヴィーナが扱う最強のマジックカードだ。相手の盤面にいるモンスターすべて、それがどんなに強力なものでも構わずに、別次元へ消失させる「切り札」。

 実際、彼女が『アイヴィ・トラップ』を放つ様子を見たことで、この世界には「ゲームの設定通りのものがある」と確信できたのだった。魔女ヴィーナは次元と次元を自由自在に接続できる。これなら無事に帰れる!


 ――しかし。

 話を聞いていたヴィーナは眉間に皺を寄せながら、「は?」と漏らしていた。


「あんた……何を言ってるの?」

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