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第3霊 守護霊男子×霊能力者女子=学園は大パニック!?

 ※今回は、三人称視点でお送りいたします。予めご了承の上、お読みください。





 霊原天音れいばらあまねは、いつもより1時間ほど遅れて、高級リムジンに乗って登校中だった。



 本日は酷暑で外は40度近い気温であったが、車内はエアコンが効いていており快適そのもの。メイド兼運転手の明海めいかい夜見子よみこが、丁寧にハンドルを握り運転している。



 邸内にいた時の夜見子は典型的なメイド服だったが、運転手モードの時は何故か全身紫色で、背中に金色の糸で『暴走女神参上♡』と刺繍されたライダースーツ姿であった。



 (……前から思ってたのですが、どうして夜見子さんは運転する時はバイクレーサみたいな恰好するのかしら?これバイクじゃなくてリムジンですわよ?)



 毎朝、その姿を見るたびにツッコミを入れたくなる天音だったが(そこに触れてはいけない)と思ってしまい、今日も口に出せなかったのである。




 一方、車の外では──




 「暑い!お湯より暑いぃぃ!溶けるぅぅぅ!太陽が憎いぃぃ!」




 リムジンのリアウィンドウに張りついて溶けかけのスライムみたいになって叫ぶ三途幽次さんずゆうじの姿があった。




 (どうして、あなたは汗をかくのかしら?守護霊だから猛暑なんて関係ないでしょ?)




 右手に『思念波共鳴府』と書かれた霊府を持った天音が、見苦しく車窓に張り付く幽次に思念波心の声で語りかけてた。



 「れ、霊汗れいかんです!出ます!汗も涙も、わりと出ます!メンタルに応じて!」



 (五月蠅いですわね。霊汗だなんて誰が上手い事を言えと言いましたか?三途さんは幽霊にしては、情報量がやたら多いんですことよ)



 「だって、出るものは出るから仕方ないじゃないですか?それよりも、そのお札の効力凄いっす!喋らなくても俺と会話出来るんですね」



 (三途さんの姿は私にしか見えません。普通に会話してたら、屋敷の執事やメイド、学園のご学友たちに変な目で見られてしまいますからね。ですから思念波で会話できる霊府を調合しましたのよ)



 「あ、あのー。どうして、俺は車の外なんですか?めちゃくちゃ暑くて溶解しそうです!成仏しちゃいます。俺も涼しい車の中に入れてくださいよー!」



 (あなたみたいな守護霊と同じ車内の空気を吸うなんて耐えられませんので。それに、そのまま成仏してくだされば好都合ですわ)



 「天音先輩!そんな冷たい事言わないでくださいよ。もう、限界っス!お邪魔しまーす」



 そう言って、幽次は窓を通り抜けてリムジンの中に入ってきた。



 〝パッ パッ〟



 それと同時に、天音は制服のポケットから食卓塩の小瓶を取り出し、幽次に振りかける。



 「ギャー!溶ける!マジで物理的に体が溶けちゃゃゃーう!お塩はお止めになって!」



 幽次は塩が付着した腕や頭から煙を吹き出しながら、車内をグルグルと飛び回った。



 (早く出てかないと瓶ごと、振りかけますわよ?)



 「分かりました!出ます!出ますからー」



 幽次は、慌てて飛び出して行った……それから、5分後。リムジンは学園の校門付近で停車した。



 「天音お嬢様。学校に到着いたしました」



 運転席から、夜見子が振り向いて彼女に声をかける。



 「ありがとうございます夜見子さん。それでは行ってきますわ」



 「教室まで、お鞄をお持ちいたしましょうか?」



 「え?い、いや、結構ですわ。お気持ちだけありがたく頂いておきます」



 天音は、首を左右にブンブン激しく振って、夜見子の申し出を全力で断る。



 「天音お嬢様、今日もご遠慮されるんですか?ひょっとして夜見子の事をお嫌いでしょうか?」



 夜見子は、目をウルウルさせながら、天音に尋ねる。



 「そ、そんな事はございませんよ。この鞄は普段自分で持ってないと意味が無いんですの。その代わり、敵と戦う時に鞄を離すと、体が軽くなって何倍もの速さで動けるんですから」



 「凄いですわ!まるで、ドラゴン〇ールで孫〇空が着てた鉛入りの胴着みたいですね♡……ところで、敵って何ですか?」



 「え、えええ?そ、それは、ま、まあ色々ですわ。何しろ霊原財閥の令嬢ともなると、一度外に出れば常に七人の敵がいるんですから。オーホホホ!」



 本当は、ライダースーツ姿の夜見子を他の生徒に見られるのが恥ずかしいというのが理由だったが、天音は彼女の事を気遣い口から出まかせを言うのだった。



 「流石は天音お嬢様!それでは夜見子はここで失礼いたします♡今日もお気を付けください」



 そんな天音の真意を知らない夜見子は、無邪気な笑顔を浮かべて車から下りた彼女を送り出す。



 「天音先輩、右肩に少しホコリついてますよ!お取りしますね」



 校門をくぐり抜け、教室に向かう天音の右肩を触りながら、幽次が馴れ馴れしく話しかけてくる。



 (触るな!校門付近で男子が制服女子の肩をペチペチやってたら、普通に通報案件ですわ)



 そう言って天音はポケットから『激痛天誅府』と書かれた霊府を取り出すと、肩を触る幽次の手に押し当てた。



 「ギニャー!!痛い!お札が触れた瞬間、タンスの角に小指ぶつけた時みたいな痛みがするー!何スかぁぁぁ?そのお札!?」



 (三途さんが、調子に乗った時のために調合した〝おしおき用の霊府〟ですことよ。効果抜群のようですね。……はあ、今からこの調子じゃ、先が思いやられますわ)



 そして、やはりというべきか、天音の危惧した通り事件は起きた。



 4限目の数学の授業。窓から差し込む光が黒板に縦筋を作る中、教室の天井の隅には退屈そうな顔をした幽次がプヨプヨと浮かんでいる。



 ゴリラが擬人化したような数学教師の原人田げんじんだエテ公一こういち(40代 婚活30連敗中)が、黒板に数式を板書を始めるや否や、幽次はニヤリと笑い、彼の持つチョークにスッと憑依した。



 すると、何も知らない原人田先生の手が動くたび、チョークは勝手に動き出し、黒板の片隅に余計な文字を走らせた。



 『原人田エテ公一先生。初デート開始30秒でフラれる。婚活連敗記録更新中!ウホホ♪』



 教室の空気が、ざわ……ざわと、『賭博黙示録カ〇ジ』のような効果音を出しながら揺れた。



 前の席の男子たちが笑いをこらえて肩を震わせ、女子の1人は口元を押さえて目を丸くする。



 原人田先生の顔中に、見る見るうちに滝のような汗が浮かぶ。



「ウホ?な、何で俺はこんな事書いてんだ!?お、お前たち!これは違うからな?フラれたのは3分後だぞ!カップラーメンが出来るまではデート続いたんだぜ?……って、何を言わせてんだコラァァァ!!」



 次の瞬間、原人田先生の手の中でチョークがバキンと折れ、その怒声は大きく教室に響き渡った。



 チョークから抜け出した幽次は天井へスッと逃げ上がり、「あっぶね~。生前、俺がまだ読んでなかった『週刊少年ジャ〇プ』を没収した恨み思い知ったかー!へへへ」と笑いながら天音にウインクを飛ばす。



 天音は机の下で拳を握りしめ、今すぐ霊府を巻きつかせた手で、彼を殴り飛ばしたい衝動を必死に押し殺すのであった。




 5限目、理科の授業中では——。




 「キャーッ!模型が、人体模型が勝手に動いてるぅぅう!!」



 1人の女生徒の悲鳴が理科室に響き渡った。




 幽次が、興味本位で人体模型に憑依し踊りまくった結果、理科室内はプチホラー映画状態となった。



 「うおおぉぉ、動くこの感触ッ!俺は生きてるううううぅ!!」



 人体模型に憑依した幽次は歓喜して叫ぶが、その声は天音にしか聞こえない。



 「五月蠅い!あなたはもう死んでますわ」



 天音は呆れながら、『激痛天誅府』の数倍の痛みを与える『超・激痛天誅府』の霊符を懐から取り出して、人体模型の額に直貼りした。



 ……霊府による激痛で即座に白目をむいて抜け出てきた幽次と、床に倒れた人体模型の間にシュールな沈黙が流れるのであった。



 そして放課後——。



  「どうしてこうなったんですの?私は、静かで優雅な学園生活を送りたいだけでしてよ!?」



 人目を避けるため屋上にやってきた天音は、転落防止用の金網にもたれて大きくため息をつきながら呟いた。



 しばしの静寂。一陣の風が、天音の美しい黒髪を揺らし、遠くでは運動部員たちの掛け声が聞こえる。ようやく彼女の心が、落ち着きかけたその瞬間──



 「ごめんなさい天音先輩。俺は、生前発達障害ADHDだったんです。先輩の守護霊になれたのが嬉しくて、自分でもテンションを押さえられなくなっちゃったんです」



 頭上から聞こえる落ちこんだ声。天音はゆっくりと顔を上げ、声の主である幽次を睨みつけた。



 「明日、また何かやったら、道祖神に転生させて地域貢献させますわよ!」



 彼女は『思念波共鳴府』の霊府を使用するのも忘れて、声を荒げて幽次に怒鳴りつける。



 「ひいぃぃー!俺、そんな神様になりたくないっス!いや、マジで反省してます。明日から気を付けます」



 その時、夕暮れの空から、耳障りな「カァァァ……カァァァ……」という鳴き声が響いてきた。



 冷たい風が、ひゅうっと天音の背中を撫で、グランドで部活中の生徒たちが、異様な気配を感じて不安げに立ち止まる。



「先輩、あれ見えます?」



 幽次が空を指差す。



 夕焼けを裂くように、黒い鳥らしき影が十数体、翼をばたつかせて旋回していた。それら全ての影は、真っ赤な目を血走らせながら天音をロックオンしている。



 「カラスの霊?しかも、数が多いですわ!?」



 除霊を得意としていた天音も、流石に多勢に無勢な状況に焦りを感じて、眉間にシワを寄せながらカラス霊の大軍を見つめていた。



 「天音先輩、何か悪霊のパーティーみたいになってません?」



 「これのどこがパーティーに見えるんですか?おバカ!!」



 天音と幽次の真上までカラス霊の群れがやってきた時、先頭にいたカラスが、真っ黒なゴスロリ衣装で15~16歳前後の少女へ姿を変えると人語を喋った。



「我が名は黒鴉くろがらす鵺子ぬえこちゃんよ!霊原天音ぇ。貴様、我らが仲間シロクロ太郎ちゃんを滅しただろう!」




 「シロクロ太郎ちゃん?もしかして、昨日校門で除霊したカラス霊の事でしょうか?」(※)



 「そうよ!ここの学園長に取り憑いて、この学園を我らの巣にしようと思ってたんだから!シロクロ太郎ちゃんの仇!いけぇぇー!お前たち」



 鵺子の号令で、他のカラス霊の群れは一斉に羽音を立て、天音に急降下してきた。



 カラス霊たちは羽の生えた黒子のような人型に変化し、次々と屋上へ降り立つと嘴がついた異形の顔で笑っている。



 天音は制服の胸元のポケットから多数の霊符が張り付いてる拳銃型の除霊道具ジョレーイアイテムである〝鬼哭黒鉄きこくくろがねノ泪のなみだ〟を取り出すと同時に、銃口をカラス霊たちに向ける。



「天音先輩、こいつらの名前って〝ゴーストバードヒューマン〟と決めちゃっていいですよね~?」



 場の空気を理解していない幽次が、人型に変化したカラス霊たちを見て、暢気そうに天音に言う。



「名前なんか、どうでもいいですわ!こっちは命がけですのよ」



 天音は鬼哭黒鉄ノ泪から霊力の弾丸を撃って、自分に迫る3体のゴーストバードヒューマンを除霊させるが、上空からはさらに増援が降ってくる。



 彼女は、続けて発射した弾丸で、2体のゴーストバードヒューマンを消すも、あっという間に他の連中に取り囲まれてしまった。



「くっ!私、1人じゃ手に負えません。い、嫌!誰か助けてよ……」



 絶望した天音の瞳から涙が零れそうになった瞬間、幽次がヒュルンと彼女の前に飛び出した。



 「天音先輩ちょっと見てて。俺、今から鳥インフル霊バスターやりますから」



 彼は、大きく深呼吸すると自分の霊体を巨大な球状に変化させ、天音を取り囲むゴーストバードヒューマンの群れに猛スピードで突っ込む。



 「必殺!三途くん守護霊的ダイナマイトボールアタッーク!!」



 そう叫んだ幽次(球状)の体当たりを受けたゴーストバードヒューマンたちは、



 「ギャァァ!このヌルさは何だァ!?」



 と、意味不明な悲鳴を上げて屋上の壁に激突、次々と黒い煙となって消えていく。



 その様子を見た上空で待機中のゴーストバードヒューマンやカラス霊達は、戦意を喪失し我先にと逃げ出し始めた。



 多数のカラス霊が、夕日に吸い込まれるように消えていった。



 「逃げるなお前達ー!……こ、こんな無茶苦茶な戦法ってアリ?何なのよアイツはー守護霊?」



 1人取り残された鵺子は、目の前の現実を受け入れられず上空で固まっていた。そして天音は、隙だらけになった彼女めがけて引き金を弾いた。



 〝ボチューン〟



 「覚えてろよ~!!」



 弾丸が命中した鵺子は、『バイバイキーン』と叫ぶバイキ〇マンのようにクルクル回転しながら空の彼方へ吹き飛んでいったのである。



 「除霊完了!」 



 天音が、そう言うと同時に屋上は静寂を取り戻した。



 「三途さん……まさか、私を助けてくれたんですか?」 



 天音は、肩で息をしながら幽次を見る。元の姿に戻った彼は、ボコボコになった顔で、ちょっと誇らしげに笑った。



 「先輩に迷惑かけてばっかだったんで、ここらでいい所を見せないとね?一応、守護霊だし」 



 「少しは、守護霊らしいじゃない……あ、ありがとう」




 そう口にした瞬間、天音は自分でも意外なほど、声が柔らかくなっていることに気づいた。




 胸の奥がキュッと縮み、鼓動が一拍早くなる。



 カラス霊との戦いの最中に張り詰めていた空気が解け、頬のあたりがジンワリと熱を帯びた。



 見上げた幽次の笑顔が、やけにまぶしく見える――(気のせいだ)と、彼女はすぐに心の中で否定する。



 一方の幽次は、思わず漏れた天音の声にニヤァと笑って詰め寄る。



 「天音先輩、もしかして今『ありがとう』って言いました?言いましたよね」



 「三途さんの聞き間違いですわ」



 天音は即答するが、その耳が少し赤くなっていた。



 その時、空間がグニャリと歪み、派手な花吹雪とともに一人の女児が現れる。



 「まいど〜!儲かりまっか?自称〝霊界の合コン盛り上げ名人〟こと羽衣ウズメちゃん、休憩時間返上で参上やで~♡」



 突然天音たちの前に出現したウズメは、アロハシャツ姿で、右手にはハリセンを持っており、何故か小型の得点ボードが付いてるヘルメットを被っていた。



「ピンポンパンポ〜ン!幽次のアンちゃん今の行動で守護霊ポイントは、プラス50点やで」



 〝バチーン〟



 「あいたぁ~。ウズメちゃん、何でハリセンで俺の頭を叩くんだよ?」



 「説明的な台詞おおきに!まっ、細かい事は気にしたらアカンで♪」



 どこからともなくファンファーレが鳴り響き、ウズメの得点ボードには〝50〟の数字が浮かび上がる。



 「ただし、減点があるさかい。姉ちゃんの肩を馴れ馴れしく触るでマイナス30点、授業妨害でマイナス20点。……って、プラマイゼロやないかーい!」



 と、ウズメが一人ボケツッコミをした直後、得点ボードの数字は〝0〟に変わった。



 ウズメは、シャツの胸ポケットからスマホのようなデバイスを取り出して、天音と幽次に見せる。画面内には『三途幽次の守護霊ランク:Z→Z+(超トラブルメーカー級)』の文字が浮かんでいた。



 「ほら見てみぃ。まだ最低ランクやけど、ポイント貯めてランクアップすれば来世に転生とか、上級守護霊への昇進チャンスがやってくるさかい」



 「ちょっと待って!俺って今〝超トラブルメーカー級〟の守護霊なの?」



 「せやで。まだまだ道のりは長いけどな♪」



 ウズメは天音に向かって、にっこり笑う。



 「けど、悪い事ばかりじゃあらへん。天音の姉ちゃんも、ちょっとだけ兄ちゃんの事を見直したみたいやし?」



 「べ、別に、見直したとか、そんなんじゃありませんわ!」



 天音は、顔をほんの少し赤らめて、幽次からそっぽを向く。



 「……まあ、ほんのチョッピリ、0.001㎜分だけなら見直しましたわよ」



 その言葉に、幽次はニヤケ顔で、夕焼けの空を凄い勢いで飛び回った。



 悪霊退治によって、ほんの少しだけ心の距離が縮まった(かもしれない)2人の守護霊生活は、まだまだ続いていく——。




 ──その様子を、屋上の給水タンクの上から、1人の女子高生が見つめていた。




 真紅の瞳が、夕陽の中で妖しく光る。セミロングの茶髪を風になびかせ、目を細める。口元に浮かんだのは笑みとも、挑発ともつかない表情である。



 そんな彼女は、地獄極楽学園の物ではない制服を纏っていた。



 「あれが、噂に名高い地獄極楽学園の令嬢霊能力者の霊原天音か。せっかく助けてあげようと思ったら、あの変な守護霊に美味しい所を持ってかれちゃったね。ふふ、面白いじゃない」



 制服のスカートを揺らし、謎の少女は小さく笑みを零した……と思ったら、急に青ざめた顔をして、へたり込むと小声で呟いた。



 「高くて怖いよ~!どうやって降りればいいの~!?」



(※)第1霊の冒頭部参照。

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