※今回は、天音ちゃん視点でお送りいたします。予めご了承の上、お読みください。
ご機嫌麗しゅう
たまに学園の名前について『地獄か天国なのかハッキリしろよ!』と、ツッコミを入れる心無い庶民がいますが、気にしません事よ!ええ!断じて気にしてませんのよ!!オホホホ!
趣味は、読書に心霊スポット巡りに、1人百物語(※)。特技は霊符の即席調合に除霊などが、霊原財閥の
何不自由ない生活を送っていた私の現在の悩みは、ただ一つ。
〝ストーカー気質の守護霊〟を抱えていることです。
私の目の前に立って(浮かんで)いる同じ学園のブレザー制服姿の男の守護霊(自称)は、昨日私の部屋で、パンツを覗き見した上に『黒パン最高!マジ感謝!』などという卑猥な霊的残留メッセージを遺していました。
こんな色情霊は、問答無用で除霊しようと考えたのです!
でも、何故かしら?目の前で喚き散らす守護霊(自称)男の姿を見てたら、急に憐れに思えてきました。
だから今回は‶警告〟という事で、特別に慈悲を与えてあげましたのよ。
私は、多数の霊符が張り付いてる拳銃型の
「守護霊さん。あなたのお名前は?」
「は、はい!
キリッと背筋を伸ばし、ドヤ顔で親指を立てる男の霊。名を――三途幽次?私の守護霊ですって?
「……で、どちら様でしょうか?」
「はっ?」
三途さんは、私の言葉を聞いて鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていました。
「いや、誰なの?と聞いてるんです。三途さんでしたわね。ウチの制服姿ですが、生前に私と関わり合いありましたか?」
「いや、えっと、俺は同じ学校の後輩でして……。ひょっとして俺の事を覚えてないんですか?」
三途さんは、しどろもどろに話を続けますが、それを聞く私の顔は無表情を極めておりました。
自分で言うのも何ですが、もはや能面の域に達していましたわ。
「後輩?あなたみたいな淑女の着替えやパンツを覗き見するような品性下劣な男と会った記憶などございませんわ!この期に及んで白々しいウソまでおっしゃるのですか?」
私は、その表情を崩さずに立ち上がると、窓辺に干してあった五芒星入りの霊符を手に取りました。
「ま、待ってください!ウソじゃないッス!」
「私、先程は〝警告〟と言いましたよね?反省がないようでしたら、除霊を再開してもよろしくてよ?」
手に持つ霊符が、ピクリと震えました。なぜなら、私が念を込め始めたからです。2度目の除霊は秒読み状態ですわ!
「地獄極楽学園の1年3組に在籍してました!あ、会ったことあるんですよ?ほら、弓道場の脇で!覚えてないッスか?あと、1回だけ廊下でも、すれ違いました!その時は、落としたシャーペン拾ってくれてマジで嬉しかったです」
三途さんは、そう言いながら私の部屋の中をグルグルと飛び回りました。
「記憶にないですわ」
しかし、私は、勝手に思い出を捏造しようとする三途さんの発言をバッサリと切り捨てました。
「そんなぁ!俺のクラウドには、あの時の天音先輩の姿がフルカラー写真集として保存されたのに!?」
「知らない男子の霊からパンツを見られた挙げ句に、勝手に学友扱いされるこの不条理さ。もう耐えられませんことよ」
私は、呆れ果てたように、ため息をつくと、霊符をスッと三途さんの額に向けました。
「お帰りください!極楽浄土の世界へ……。いや、三途さんの場合は地獄でしょうか?せめてもの慈悲に、魂を砕くのだけは勘弁してさしあげます」
「ギャアアアアアアア!お止めになってー!!」
ビビり散らかした三途さんは、浮遊したまま天蓋ベッドの後ろに隠れました。
「お見苦しいですわね。約束なので、今日は除霊するのを止めといてあげます。繰り返しますが、あくまで“警告”ですからね?」
白けてしまった私は、ベッドから降りて自室の窓から外を眺めました。
都内の一等地にある十二階建ての洋館スタイルの霊原邸の最上階からの眺めは、今日も格別ですことよ。
ここで、1つ問題がある事に気が付きました。私の毎朝のルーティンである入浴の時間がやってきたのです。
流石に守護霊といえど、プライバシーという概念くらいは理解して欲しいですわ。
そんな事を考えながら部屋を出るとメイドの
本人には悪くて言えませんが、物凄く不吉なお名前ですわ。
「おはようございます天音お嬢様。入浴のご準備は整っております。ところで何やら騒がしいようでしたが、何かございましたか?」
夜見子さんは、怪訝そうな表情で聞いてきました。
「いえ、何でもございませんことよ。ちょっと悪い夢を見て寝言を言ってたようですわ」
自分でも苦しいと思う言い訳をしながら、彼女からバスローブを受け取り、浴室に向かいました
私は湯殿の扉の前で立ち止まり、ゆっくりと三途さんの方を向きました。
「……そういえば、昨日までの私の入浴中、あなたはどこにいたんですか?」
「へ?え、ええっ!? あ、あ、あの、それは、えっとですね!」
三途さんは、明らかに挙動不審な様子でした。
目が泳ぎ、汗(?)が空中に噴き出してます。霊でも汗かくのですね。知らんけど。
「まさかとは思うけど、覗いてたとか言いませんよね?」
「ち、ちちち違いますってば!! そそそんな、守護霊的倫理的にも完全NG案件ですし!お、俺はちゃんと、あの……浴室の反対側の壁の中に埋まってましたから!」
「壁の中!?」
「そうです!見えないけど、感じてました!先輩がお風呂に入る時の音とか、シャワーを浴びてた時の気配とか!先輩の背中に黒子があるのを見た瞬間に埋まってましたから、安心してください!」
「見てんじゃないの!それもうアウトだからぁぁぁ!!」
恥ずかしさで全身が真っ赤になった私は咄嗟に、パジャマのポケットに入れてたお祓い用の数珠を思いっきり掴みぶん投げました。
私は、数珠を投げた後で思わず「やだもう!取り乱してしまいましたわ」と頬を抑えました。
でも、仕方ありませんわ。恥ずかしさと怒りが勝っていましたもの。
数珠はホーミング機能を発揮し、三途さんの額にクリーンヒットしました。
「ぎゃぶぅっ!?こ、これ物理攻撃入るんスね!?さすが除霊特化系女子ぃいい!!」
空中でバタつきながら悶絶する三途さんに、私はピシャリと一言。
「よろしい。では、これから入浴中の視界を確実に封じておきます」
「そ、そんなぁ!本当に見てないですってば~。そもそも前回の記憶があんまりないというか……。いや、でも安心してください見てないです絶対に!」
「苦しい言い訳は、罪を深くするだけです」
そう言って私は、ポケットから白紙の霊府と筆を取り出しました。
「先輩のパジャマのポケットの中、一体どうなってんですか?四次元ポ〇ットなんスかぁぁぁ!?」
訳の分からない事を叫ぶ彼を無視し、即席で調合した『視覚遮断符』と書いた2枚の霊府を投げつけました。
霊府は、彼の両目にペタリと張りつきました。我ながら素晴らしいコントロールですこと。
「ふふ。私は、やればできる子ですわよ」
私は、少しだけ得意な顔になって呟きました。
「天音先輩、その顔ちょっとドヤってますねー」
両目に霊府を張り付けたままの三途さんが、そう言いました。
「え?見えてますの!?」
私は、もう2枚霊府を作って、彼の両目に重ね貼りしました。
「ギャアアアア!!目が!目がァアア!!」
「それ、ム〇カ大佐のモノマネですよね?ジ〇リに訴えられるから、お止めください」
「目が、今度はマジで目が見えなーいッッ!それにヒリヒリするー!てか霊なのに、視覚遮断とか効くの!?」
「効くように開発しました。主にあなた用に」
三途さんは空中でバタバタとのたうち回り、あたかも熱湯風呂に突っ込まれた芸人のように転げ回っていました。見た目が幽体な分、よりシュールに見えました。
私はそんな三途さんをスルーして、優雅に湯殿へ向かうのでした。
──入浴、終了。
お風呂から出た私は、タオルドライした髪をぶんぶんと振り回しながら、つい猫のように首元を掻いてしまいました。
はっ!私としたことが、はしたない!見なかったことにしてくださる?
浴室を出た自室へと戻りました。
プールのように広い我が家の浴槽で身も心もリフレッシュ!と言いたいところですが、浴室の外で「見えないけど見たい!……ほんのちょっとだけ」と三途さんの声が耳から離れません。
制服に着替えた私は、夜見子さんに「体調が優れないので2限目から登校しますから、少し部屋で休みます」と伝えました。
もう限界ですわ。
「三途さん、こっちへいらっしゃい」
彼はフラフラと飛びながら、私の目の前に来たので、両目の霊府を剥がしてあげました。
「おお!やっと目が見えるようになったー」
「あなたを私の守護霊に配属させたのは、霊界人材配置センターの方ではなくて?」
「ええ?何で分かったんですか?」
私の言葉に驚いた三途さんは、カバのように口を大きく開けながら言いました。
「私も、除霊に嗜みがございますので、少々お付き合いもあるんですの。もう耐えられません。除霊しない代わりに他の守護霊に交代を要求します」
「そんなぁ!?それにどうやって、連絡を取るんですか?」
その問いに答えず、おもむろに引き出しから蝋燭、塩、そして霊原家に代々伝わる〝霊界直通ホットライン〟こと、見た目が完全にヨガマットな召喚陣を引っぱり出しました。
「まあ、ご覧なさい」
私は、召喚陣を床に敷き、四隅に火をつけた蝋燭を配置しました。
そして、召喚陣の前で正座し、清めの塩をパラパラと撒きながら、真顔で唱えます。
「光よ!風よ!納期の神よ!──じゃなくて、霊界人材配置センター担当者よ!出てこいやァァァ!!」
ポンッ!!
たこ焼き器の中で爆ぜたタコみたいな音が響き、白煙と共に現れたのは──
「どーもどーも〜!は〜い、今日も残業!月100時間超え☆自称“霊界のカスハラ受付嬢”こと、
ババン!と自信満々にポーズを決めて現れたその姿は──
真っ白な天使衣装、頭にお約束の輪っかを浮かべた10歳くらい女児(身長119cmくらい)+役所感満載の眼鏡&おかっぱヘアー。
手には霊界スタンプ台、腰には職印、袖からは残業届がはみ出ている。
「ああー!この子、俺が死んだ直後に会った女の子ですよ」
三途さんは、羽衣ウズメと名乗る女児を指差して言いました。
「三途さん、人様を指差すのは、失礼でしてよ。それなら、話が早いですわ。ウズメさん、私の守護霊を交代していただけませんでしょうか?」
私は、単刀直入にウズメさんに言いました。
「あー、それ無理なんや。姉ちゃんの守護霊は、数日前まで田吾作っていう、姉ちゃんの‶お父さんの親戚の隣の家の息子が通ってる駄菓子屋の爺さん〟が担当やったけど、糖尿病の治療のため、引退しよった」
「私の‶お父様の親戚の隣の家の息子が通ってる駄菓子屋の爺さん〟って、それは赤の他人じゃなくて?いや、それよりも霊なのに病気治療って……」
「死んでも生活習慣病は続くんですわ。で、霊界も人手不足なんや。今の配属枠、幽次の
そう言ってウズメさんは、どこから取り出したのか召喚陣の上に、書類をドサッと広げました。
表紙に『霊界版派遣登録票』と書かれた書面を見ると、でかでかと「守護霊枠唯一の余り‶三途幽次〟♪」って朱書きされている。
──絶望。
「では、よろしくやで!仲良くしたってや。あ、これアンケート用紙や。‶今回の召喚満足度は?〟ってやつ。正直に書いてええから。どうせ上の連中は読まんし♪ほな、さいなら♡」
ポン!
アンケート用紙を残して、ウズメさんは軽やかに消えていきました。
私は召喚陣に突っ伏しましたわ。
召喚陣に涙が吸い込まれる音がした気がします。
──こうしてまた、変態霊との理不尽な同居ライフが続くのでしたわ!!
(※)蠟燭を100本用意し、怪談を1話語り終えるごとに火を1本ずつ消していくという日本に古来から伝わる怪談スタイルである。
100本全ての蝋燭が消えた時、怪異が発生するとも言われている。……1人でやる儀式じゃないし、そもそも誰に聞かせてんの?というツッコミを入れてはいけない(笑)。