青々とした空に白い船体が浮かんで、まっすぐに、ゆっくり飛んでいた。丸みと長細さを兼ね備えた卵形の奇妙な乗り物は、真緑に伸びる広葉樹の森に大きな影を落としながら悠然と通り過ぎていく。朝の日差しを受けながら行くそれは、特別な空気でふくらんだ船体を漂わせて、軽い鋼のプロペラで大気を掻き回しながら進んでいた。
……そう思われていた。
飛行船は周りに何羽かの鳥を従えていたが、彼らは何かを察知したのか一斉に飛び去っていき――直後、船内から赤色の光がどっと溢れると、一呼吸置いた後に大爆発を引き起こした。
吹き上がった炎は船体とその中にしまわれていた圧縮空気をすべて焼き払う。紡錘形はたちまちに破れ、ただれ、いくつもの破片となってから森へ降り注いであちこちに火を付けた。墜落地点の中心は焦土と化して、近くにいた動物たちは四つの足を使って跳びはね逃げ去っていく。最後は巨大な鉄塊と思しき物が叩きつけられ、轟音と共に、辺り一帯を熱風と土煙で覆い隠した。
すべてが終わった後、現場はしんと静まり返り、地面から生え上った炎の残滓が草木の欠片をパチパチと燃やすだけとなった。鉄塊はわずかばかりの動きを見せたように思えたが、直後、全身がバラバラと崩れ落ちるように瓦解して
もはや何もない静寂。しかし、物語はここから始まる。
◆ ◆ ◆
「ふおーっ……」
焼き剥がされてしばらく経った森で、栗色の髪をぼさぼさに伸ばした女の子が崩れた瓦礫の真ん中へ落ちていた赤い輝石に向かって屈んでいた。
その小さくぺったりとした身体は獣皮のワンピースに包まれ、腰はツタの蔓が巻かれてしっかり締められている。頭に草花で作ったかんむりを載せ、いかにも野生児じみた姿をしたこの爛漫な少女は、名前をシーナと言った。
「キラキラしててきれいな石……」
片手で握るにはちょうど良いそれは、まるでどこかの木が実らせた果実のようなまるい流線型を型取って、シーナの手の中でぼんやりあたたかく熱を帯びた。表面はつるつると滑らか。見た目と手触りは、少女の瞳と同じ輝きを示す琥珀石のような鉱物にしか思えないが……その内側からはとく、とく、と静かな脈拍が感じられるようだった。
シーナは、不思議な拾い物を両手で包み込んだまま、周りをキョロキョロ見回して辺りの様子を再確認する。バラバラに大きな欠片となった船体が地を抉り、突き刺さり、家具や保存食といった物品も無秩序に飛び散っていた。
そこへ――
打ち捨てられた残骸の下から、ワイヤー線を紡いだような金属の「手」が伸びてシーナの足首を捕まえようとした!
「ぎゃっ!」
少女がすぐに飛び退くと墜落現場の各所から同じような機械の手腕が現れて、やがて何体もの
骨張った見た目の細い人形兵士は石を抱えたシーナを見つけると指を差して、合成音声を発しながらゆっくり彼女へ歩を進め、迫り始めた――
『エラー、確認。原核、を、回収します』
「わーーっ!」
危機を察知したシーナは脱兎の如く駆けだした! その後に機械の兵士たちが続き、金属の関節をカシャカシャ擦らせながら走って追いかけてくる。木々の間に飛び込んだシーナは獣道へ入り、斜めにかかった倒木で林冠まで登って、枝の間をジャンプしながらすばしっこく逃げ回った。
幾つもの金属の足が同じように後に続き、いくつかは転がり落ち、いくつかは跳躍力が足りず地面に叩きつけられた。しかしそれでもまだ数体が残っている。シーナは木に絡んでいたツタを見つけるとそれに飛び移り、振り子のような軌道を描いて風を切った。
「うわああ、たのしーっ! って、ストップ! ストップ! あっ、あーっ!」
勢いのままに投げ出されたシーナはなんとか着地するも、それから前のめりの大股で数歩を刻み、やがて、森の間に伸びた馬車道で前のめりにすっ転んだ。
「ふぎゃっ……!」
赤い石が手の中から転げ落ちて、何度か地面を擦って跳ねた後、道の端の草木へ紛れ込んだ。シーナが痛みに震えながら身体を起こす間に、後ろから自立機械たちの群れが追いついてきて少女を取り囲もうとする。
『対象を、拘束、します――』
だが――
シーナの眼前、あの石が転がっていった先から、真っ赤な光が吹き出した! 光が馬車道を夕焼け色に照らす中、近くに生えていた木々が根元へと沈み込んでメキメキ音を立て、代わりに、ずんぐりむっくりとした大地の巨塊がゆっくりと身体を起こし始める。
周りにあった木々を倒し、シーナたちの視界から空を覆い隠さんばかりに顕現したそれは、全身に土と木と草を纏わせた力強い巨人。胸部に埋め込まれた石が心臓のように脈打ち、頭部らしき部分に赤い光が二つの点として輝けば、それは自らより一回りも二回りも小さな少女へ手を差し出したのだった。
「うわああ、おっきい……」
それまで口をあんぐり開けていたシーナはすぐに我に返ると、赤い石が生み出した巨怪の手に飛び乗り、急いで腕を伝って肩まで上り詰めた。自立機械たちが遅れて反応するも、彼女は既に手の届かない遙か上方から見下ろしている。
そして、肩部にちょこんと乗ったまま片手を上げ、今の今まで追いかけてきた者たちを指さしながら、声高に叫んで指示を出す――
「いけー! なんか知らないけど、こいつらみんなやっちゃえー!」
シーナからの「命令」に巨人は地鳴りのような咆哮を上げ、機械たちは戦闘態勢に入った。だが直後、振り下ろされた重厚な一撃がその一体を捉えて、頭からぺしゃんこに叩き潰す!
機械たちはシーナを引きずり下ろそうと飛びかかったが、彼らの身体は無骨な図体に跳ね返され、そのまま二体目、三体目となぎ払われていく。シーナは肩にしっかりと掴まって、謎の巨人の上半身がぶんぶん回転して景色が変わっていくのも楽しんでいる様子ではしゃいでいた。
「うほーっ、つよいつよい! それいけ、もっとー!」
彼女の声に調子づいたのか、剛腕は次々に機械たちを圧し潰してスクラップに変えていった。やがて追っ手たちは一体残らずぐしゃぐしゃに潰れて、馬車道のあちらこちらでグッタリと動かなくなる。
平和が戻ってくると、シーナは大きな肩の上に乗ったまま、自分を助けてくれた謎の巨人の頭に手を置いてぽんぽんと労るように叩く……
「きみ、とってもつよいんだね……こんなにおっきなからだをしてて……」
するとそこへ一頭の馬が駆けてくる。背に跨がっていた少女は紅髪のポニーテールを揺らし、シーナよりも少しばかりお姉さんらしい身体を赤いジャケットで着飾った姿でやってくると、目の前の光景に唖然として口を開けた。
「ゴーレム……? なんでこんなところに、って、まさか――」
「おーい!」
同じ人間を見つけたシーナは片手をぶんぶんと振って喜びを露わにする。
どんな返事が返ってくるかと思いきや……馬に跨がっていた彼女は、拳を振り上げながらシーナへ怒号を飛ばし始めた!
「あ、あんた、いったい何をしでかしてくれたのよ! 早く降りてきなさい! それにその姿は何!? まさかずっと森で暮らしてたの!?」
「えぇ……なんで怒ってるの? おなかすいてる?」
「何よその反応……あーもうムカついてきた! こうなったら意地でも引っ張っていくから! フィオナ・ローゼンクロイツの名においてあなたを拘束する!」
シーナは訳が分からずに首を捻っていた……が、一方で彼女を肩に乗せていた巨人「ゴーレム」はゆっくり膝を折って頭を垂れて、動かなくなってしまった。シーナはすぐに巨体へ寄り添うも既にその身体は崩れ始めていて、足場が安定せずに地面へ転がってしまった。落ちてきた赤い石を両手でキャッチするも、それまで豪快に暴れ回っていた巨人は元の土と木に還り、馬車道の景色の一部として佇むだけとなってしまった。
「ふぇ……な、なんで!? どうしちゃったの!? ちょっと!」
「その原核の出所も街でたっぷり聞かせてもらうわ! ほら、来なさい!」
「あーん、引っ張らないでー! わかった、わかったからっ、あだだだだ!」
フィオナと名乗る少女はシーナを無理矢理馬に上げて彼女の後ろに跨がると、元来た道を引き返すように「街」の方へと向かわせた。青空の下、力尽きたゴーレムの抜け殻を置いて、少女二人を乗せた馬がまっすぐに駆けて行く。