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第3話「はじめてのお屋敷」

 錬金術師協会で一悶着があった後。既に日は午後の方角に傾いていた。

 シーナは受付でフィオナの助けを借りながら「仮認可証」を発行してもらい、それを赤い石――原核と共に大事そうに抱えながら、フィオナ、ソフィーの二人と共に建物を出る。


「えっと、それでフィオナちゃん、どういうことだっけ……」

「三月後に錬金術師試験があって、あんたはそれに合格しないといけない。できなかったらその原核――“ゴーレムのお友達”とはお別れよ」

「いやだ! ゴーちゃんとまだまだ遊びたい!」

「ゴーちゃんって……もう名前がついてるの?」

「まあまあ、いいじゃないのフィオナ。まだ時間はあるんだし、これからシーナちゃんをちゃんと一人前の錬金術師にしていけばいいわ」


 アストロンの街を行くこと少し。シーナが案内されたのは柵に囲まれた立派なお屋敷だった。


 白く輝く外装の二階建てはしっかりとした石を土台に作られ、応接間や食堂を擁した一階の上に個室や書斎などの部屋が並んでいる。玄関の真上にはベランダも見え、全体的にこじんまりとしているものの、お屋敷と呼ぶに必要な物は全て揃っているようだ。灰黒色のスレートが成すツルリとした寄棟屋根のてっぺんでは、金属の身体を持つ風見鶏がゆっくりと回っていた。


「おっきな家ー!」

「今は私とフィオナの二人が住んでて、使用人の子も二人いるわ。シーナちゃんのお部屋はこれから準備するから、今日はフィオナと一緒に眠ってちょうだい」

「はあっ!? なんで――」

「やったー! フィオナちゃんと一緒!」

「そのちゃん付けもやめなさいよ! 本っ当に馴れ馴れしいんだから!」


 シーナはフィオナから掴みかかられながらも、にへにへと笑ったままソフィーに続いて屋敷へ入っていった。そして、外からは見えなかった色々な部屋を実際に見せてもらう。


 十人は一度に収容できるだろう食堂には真っ白なクロスを引いた長テーブルが鎮座していた。毎日ここでご飯が出ることを聞いたシーナは大喜びだ。そのまま二階に上がり、与えられる予定の個室に立ち入った彼女は、たまたまベッドだけ置いてあったところに腰掛けるとその柔らかさに感嘆の息を漏らし、寝台の上で四つん這いになって器用に跳びはね、バインバインとスプリングを鳴らす……


「わー、すごいすごーい!」

「シーナ! いい加減落ち着きなさい! 怒ってばっかで疲れてくるわよ!」

「子供は元気があって良いわねぇ。そうそうフィオナ、協会に出す調査の報告書を用意しないといけないんだけど」

「あ……ごめんなさい、今作ってきます!」

「夜までに出してちょうだいね」


 フィオナはソフィーの言葉を受けると、ハッと気がついた顔になってその場を離れ、自分の部屋がある方に小走りで駆けていった。ソフィーがベッドに腰掛けるとシーナは跳ねるのをやめて、隣にピッタリくっ付くように座ってくる。


「ごめんなさいね、シーナちゃん。フィオナはなかなか素直になれない子なの」

「フィオナちゃん、いっぱい構ってくれるから好きだよ……?」

「あらあら。あの子はすっかり懐かれちゃったのね」


 シーナは鼻をすんすんと鳴らして匂いを捉えると、そのまま、自分より一回りも二回りも大きなソフィーに寄り掛かってから心地よさそうに目を閉じた。


「シーナちゃん、これから、フィオナのことをよろしくね」

「……そう言えばさっき、フィオナちゃん、ソフィーさんを“叔母さん”って」

「あら、聞いていたの。そうよ。あの子は私の姉の家で生まれた子……今は色々あってここに来ているの。だから余計にプリプリしているかもしれないけどね。もう少し仲良くなったらフィオナに教えてもらって」

「ふうん……わかった」

「さ、ベランダに出ましょうか。少し遅めの時間だけど、アフタヌーンティーを準備しているわ。そこでゆっくりしましょ」

「?」


 二階に備えられたベランダにはテーブルと椅子があって、青空の下、ゆっくりと寛げるスペースが用意されていた。シーナが椅子に腰掛けてそわそわしていると黒のドレスに白のフリルエプロンを纏った使用人メイドが現れ、透き通るように白いソーサラーと口の広いティーカップを二人分出してくる。

 そこへポットが傾けられれば温かい飴色の紅茶が注がれて、辺りによい香りを舞い上がらせた。シーナの興奮した表情が小さく反射して彼女を見返してきた。何の汚れも知らない純粋な瞳が、じいっと観察し返してくるようだった。


「ふわあああ、いい匂い!」

「熱いから飲む時は気をつけてね」


 シーナは自分の前に差し出されたティーカップを両手で包み込むように大事そうに持ち、口をすぼめながら息を何度もフーフーと吹きつけてから、そっと口を付けた。そして……そのままなんとも言えない表情に変わって、ソフィーの方を向く。

 一方のソフィーはカップの持ち手を片手でつまみ、エレガントな雰囲気を纏いながら紅茶を楽しんでいた。その振る舞いと佇まいは非常に「大人っぽい」感じがしてて、「一人前」に見える……


「あら、シーナちゃん。お味が合わなかったかしら?」

「えっと、たぶん、慣れてないだけ……」

「色々な種類があるから、これから好きな物を探していきましょうね」

「はーい」




 ……それからシーナは、屋敷の様々な部屋や近くのお店についての話を聞いて時間を過ごし、第一日目はすぐに終わりとなった。


 夕食の皿にはローストビーフとハーブポテトが盛られて、ニンジンとブロッコリーの添え物、カブを煮込んだスープの深皿も出てきた。敷かれていたマットにはナイフとフォークとスプーンが綺麗に並んでいる。シーナが作法に詳しい訳もなく、フォークを逆手で握りながら赤身肉の切れ端に突き刺しては、モグモグと口を動かして肉とソースの旨味に頬を蕩かしていた。


「おいひい……」

「人数が増えると料理も美味しくなるわね~」

「もう突っ込まないわよ……」


 そのままスープ皿に直接口を付けてズズズと音を鳴らし始めれば、フィオナのこめかみはピクリと揺れる。ソフィーはそんな野生児の食べ方を前にニコニコと微笑みながら、特に何の注意をすることもなく見守っていたのだった。


 やがて。

 夕食を終えて寛いだ後、フィオナが欠伸と共に席を立ったのに合わせてシーナも後をついていった。私室に入ったフィオナは眠い目のままでドレスを脱ぐと、コットンの白いネグリジェを被ってから天蓋つきのベッドに腰を下ろし、布団の中に入る。


 フィオナはシーナに構っていられないと言わんばかりに背中を向けていたが、しかし、やけにぴったりくっ付いてくるから振り返って文句を言おうとする。

 そして――シーナが何も着ていないのを見るや目を丸くするも、もはや叱りつけるだけの気力も無かったフィオナは根負けした様子で、くっついてくるシーナの為すがままにされるのだった。


「もう、服くらい着なさい……ふあぁぁあぁ」

「フィオナちゃん、あしたからもよろしくね」

「……はいはい、分かったわよ」


 シーナはフィオナの背中に張り付いたまま目を閉じた。


 これが、二人の少女が出会った日に起きたことの全てである。

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