「今まで378戦中1勝377敗!今日こそ決着を着けてやる!来い!レピディア!」
「……お前なぁ。それ、完敗だよな?唯一の1勝も私が高熱出してるのに、嫌々お前との戦いに応じてやった時のだろ?まだやる気なのか?」
「う、うるさい!お前に勝つまでは戦いを挑む!もう一回だけあたしが勝ったら許してやる!」
「それ、こっちが許してもらう方なの…?」
魔女同士が大騒ぎで戦おうとしている3500年前の古代エジプトのナイル川の川べりでは、またやっているなと言う顔の野次馬が沢山集まって来ていた。
対戦しようとしているのは当時の王朝に支える筆頭魔女、16歳のレピディアと、15歳だが民間呪術師の中では最高クラスの魔女、ミラである。
「あたしはな、お前に勝って王朝筆頭魔女の地位を貰うんだ!そしてコルブロに誉めてもらう…ヨシヨシしてもらうんだ!!」
コルブロと言うのは民間呪術院の魔女研究部門に勤める怪しい18歳のイケメンマッドサイエンティストだ。ミラが憧れている男性でもある。
「発想が可愛すぎるんだよ。お前……もう私の彼女になれよ」
「なんであたしがあんたの彼女になるの?女じゃん!女同士じゃん!」
「嫌なのか?私が一晩中でもヨシヨシしてやるが…?」
「……ヨ、ヨシヨシしてくれるのか…?あ、いや、そうじゃない!騙されないぞ!!」
魔女レピディアは相当な美貌の女性だ。対するミラもとても可愛らしい顔をしている。
この頃の平均寿命は29〜33歳だったので、女性は10代前半になる頃にはもう嫁いでいる者も多かった。
現在のユ◯セフのお偉いさん達が聞いたら顔を真っ赤にして怒るレベルの児童虐待だが、当時では女性はその様な扱いであり、レピディアもミラも十分花嫁対象として見られていた。
そんなレピディアが堂々とミラに告白しているので、野次馬達は遠巻きにしながら何となく頬を染めている。
「とにかく行くぞ!力を貸せ、ナイル!!」
ミラの魔法に横のナイル川から細長い水の竜巻が現れ、彼女の上にトグロを巻く。
「渦に巻き込まれろ!レピディア!!」
そう叫ぶと、竜巻がレピディアに向かって襲いかかる。
しかし彼女はいとも簡単に防御壁を作り、それを受け流してしまう。
「……もうさ、攻撃がバカの一つ覚えなの!そんな所も可愛いがな!」
そう叫びながら腕を振る。途端に雷がミラを撃ち付けた。
バリバリバリ!
「ギャウン!」
レピディアの放った雷を受け、ミラが目を回してしまう。
「水なんか纏うから感電しやすくなるんだよ……いい加減私との魔法の相性が悪い事認めて降参しろ。私の彼女になれよ」
「『彼女』の部分は譲らないのか!なんでよもう!次は絶対負けないからなぁ!!」
ミラは負け惜しみの言葉を吐いて走り去って行く。
野次馬達もやれやれと言った様子で散らばった。
「ミラ……そんな変な男に懐いてないで、地道に宮廷魔術師の採用試験受ければいいのに……そうしたら一緒にいられるんだけどな」
レピディアは困った様に呟き、遠ざかる彼女の背中を眺めていた。
「ただいま!」
ミラが民間呪術院の建物の中に入り、大きな声を出す。
「おう、ミラ、お帰り。レピディアには勝てたか?」
扉の向こうから身体を傾けてこちらを見たコルブロが声を掛けて来た。
「ぜーんぜん。勝てるわけないよ『万能の魔女』だよアイツ……」
「お前だってそれなりに強い『水の魔女』なのにな。彼女はよく分からない程の強さを持って生まれた、出自の分からない適当な魔女だしなぁ……」
「分からない事だらけじゃん」
「まあまあ、今出来たばかりの滋養強壮剤入り眠り薬でも試さないか?」
しょんぼり話すミラに、コルブロが怪しい色をした液体が入った焼き物を持って近付いて来た。
彼は民間呪術院の魔女研究部門の責任者だ。いつも怪しい薬を作ってミラで試している。
こう見えても筆頭魔法使いで薬剤師でもあり、彼の元には様々な病気の治療薬を作ってくれと求める人が毎日の様に訪れる。
ミラとは幼い頃に両親を亡くして孤児院に引き取られた者同士であり、自分達の力の強さを認められて呪術院に就職している。
「……滋養強壮剤入りの眠り薬?シャキッとしたいのかぐっすり寝たいのかよく分からない薬じゃないか」
「これを飲んだらサッと眠れて目が覚めたら驚く程シャキッとする」
「本当に?」
「本当だ」
「じゃ、今からのお昼寝に使おうかな」
「うん、使うといい」
ミラはそれを受け取り、一気に飲んだ。
コルブロはニコニコしながらその様子を見ている。
「……アレ?本当に眠くなって来た…じゃあ、暫く眠ってくるよ」
「うん。ゆっくり寝ておいで、ミラ。起きたら寝覚めの感想聞くからな」
「……おやすみ、コルブロ……」
ミラはそう言うと、2階の自分の部屋に行き、粗末なベッドに横になった。
「レピディア、ナツメヤシの収穫を手伝ってくれないか?」
少しぼんやりしていたレピディアは、声を掛けられて我に返った。
「は、はい……ただいま参ります」
王の家臣の収穫を手伝いに果樹園に行く。
魔法の杖で空中に纏めて収穫し、籠に大量に入れて行く。
「おーい。レピディア。3階の外回りの燭台の油を替えてくれ」
別の者にも声を掛けられる。
彼女は嫌な顔ひとつせずに魔法で出来る限りの手伝いをする。
「レピディア様がいてくれて本当に助かるわ」
「便利なもんですな、魔法というものは……」
宮中の者はそう言って彼女に感謝をしていた。
しかしレピディアの顔は浮かない表情だ。
ミラと最後に戦ってから10日、あれだけ毎日の様に自分に付き纏っていた彼女が一切会いにも来ないのだ。
「……病気でもしたのかな」
レピディアはとうとう心配になり、仕事が空いた日に民間呪術院の門を叩いた。
「……べ、別に心配した、とかじゃないんだからな……ただ、お前の顔を見ないと……なんだか寂しくて」
彼女は門番が出て来るまでミラへの言い訳を考えていた。
けれども門番の答えは想像していたものとは違った。
「コルブロが数日前、大きな麻袋を担いで出て行ってしまった。……ミラもいない。探したのだが……見つからなかった」
「……え?」
コルブロとミラは、最後にレピディアと戦った日から、忽然と姿を消していたのだった。