西暦で202X年、令和X年の事。
日本の関西地区、京都府京都市にある京都国立博物館では、『大エジプト展』が開催されていた。
約3500年前の古代エジプトのミイラや美術品、生活様式などを紹介した展覧会である。
そのイベントの目玉は、世にも美しい眠れる美女のミイラであった。
約3500年前に作られたと言われるそれは、ミイラとは思えない程の完成度だった。
まるでただ眠っているだけかの様で、当時の服装のまま枕に頭を乗せた状態で横たわり、ガラスケースに入れられ展示されている。
京都市に住み、占いで生計を立てている
彼女は日本名を名乗り、人間のふりをしているが、何を隠そう3500年以上前に生まれた魔女、レピディアだった。
『万能の魔女』である彼女は何故か老けもせず死にもしなかった。
エジプトで王に取り入って戦をし、負けて国を追われてヨーロッパを転々とし、時に魔女狩りを見物したり、革命の女神となってみたり。
東洋で傾国の美女を演じてみたりもした。
それにも飽きると、死ぬ事を考えた。
空腹になればいずれ死ぬだろうと思い、3年間断食をした事もあるが、うっかり一口食べたエスカルゴにハマり、断念してしまった。
高い崖から海に向かって身を投げた事もある。馬に弾き飛ばされてみた事も、近年ではトラックや電車にわざと轢かれた事すらあるが、死ななかったのだ。
飛行機のバードストライクもどきを自身の体でやってみたのだが、その時ですら飛行機のみが墜ちて大惨事になってしまっただけだった。
——もう……私は神だ。そう思おう……。
悟りを開いた時『そうだ京都、行こう……』と思いついて海を渡り、日本に来た。
観光ビザだろうが就労ビザだろうが、日本に不正に潜り込む事など魔女である彼女には容易だった。
そしてそのまま京都に住み着いてかれこれ10年程になる。
今ではショッピングモールの一角の占いコーナーで占いをしたり、ネットで占ったり配信したりして暮らしている。
魔女の力を使うと、占いを頼む人の過去も未来も見える。
『
「約3500年前に作られたミイラ……」
大エジプト展で大勢の人の波に飲まれる様に歩きながら、展示を鑑賞していたレピディアは紹介文を読んで呟く。
『このミイラは約3500年以上前、第18王朝の頃に作られたと考えられています。当時の王朝に1番近い貴族ラノベスキスの元にある日持ち込まれたこのミイラは、既に硬直した状態であったにも関わらず、その可愛さから大変気に入られ、ラノベスキスの抱き枕として愛用されていました。200X年にそのラノベスキスの墓が発掘された時に被葬者が抱き抱えて一緒に埋葬されていたのが、この美少女ミイラなのです。それ以来エジプトの国宝としてマソポタポタ美術館に保管されていた物を、今回日本初展示として……』
「ただの抱き枕……?ミイラが?
後、『ラノベ好き』って言い過ぎだろこの貴族……3500年前だぞ?」
レピディアはそのまま人に押されてミイラの前に行く。
スヤスヤと眠っているかの様に生き生きとした顔が見えた。
「ミラ……?」
思わず懐かしい名前を口にする。
なんと……そのミイラは間違いなくミラであった。
「……嘘。……ミラ?」
レピディアは思わずガラスケースに近付いた。
ピーピピ!
途端に笛の音がする。彼女はビクリとした。
「ちょっとそこの人!押されてぶつかったりしたら危ないから、近寄っちゃダメですよ!」
ミイラの前にいた警備員が警告して来た。
「……うるさいなぁ……」
ふと、声がした。
その声に皆が一斉に、信じられない顔をしてガラスケースを見る。
そこにはなんと、欠伸をしているミイラがいるではないか。
彼女はパッチリと目を開けた。
「……よっと」
そう言うと腕を目の前に上げ、更に伸びをする様に勢いよく倒した。
当然ガッシャーン!!と大きな音がして狭いガラスケースが割れた。
「キャアアアアア!ミイラが!ミイラがあぁ!」
「うわああああ!!」
驚いた人々が一斉に逃げる。
「なんだなんだ?」
自身に大量のガラス片が降り掛かって来た事も気にせず、ミイラの少女は起き上がる。
そして逃げずに驚いて見ているレピディアに気付く。
「おっ!レピディアじゃないか。ここで会ったが100年目!!」
「いや、3500年目なんだけど……アンタ……ミイラに…?」
「ミイラ?そんな事より勝負だ!レピディア!」
ミラが勢いよくケースから飛び降りた。
「おお……」
何故か嬉しそうな顔をする。
「コルブロ!確かに頭がスッキリする!お昼寝最高!コルブロ!コルブロ?……まあいいや、よく寝た!よし戦おう!」
「『よし戦おう!』じゃないぞ。久しぶりに『中エジプト語』聞いたわ。もう滅びてるんだぞその言葉。お前今まで……」
「動くな!!」
説教をしようとしている所に、恐怖で去った人々の代わりに数人の警備員達が来た。
警棒を持って2人を取り囲む。
しかし恐ろしいのか、ガクガクと震えている。
「そ、そのミイラを……ひぃ……う、動くな言うたけど動いてる!!怖っ!」
怪奇現象に怖がりすぎて腰が引けている。
「ミラ!まずは逃げるぞ!」
「へ?」
キョトンとしているミラの腕を引っ張り、レピディアは外へ出た。
2人の後を警備員や遠巻きにしていた人々が追い掛ける。
「……チッ……」
中庭のロダンの『考える人』のレプリカの辺りで、レピディアはミラを片腕に抱き抱えた。
「ひゃっ?!」
ミイラになっていた彼女は軽い。
「来い!」
レピディアが空を見上げると、近所に放置されていた熊手が飛んで来た。
それをもう片方の手でガッシリと掴んで空中に浮かぶ。
「あー、これ、こういう形のドローンだから!映画撮影だし、何処かでカメラ回ってるからね!動画撮ってSNSに上げちゃダメだよ、開示請求来るからねー!!」
彼女は周囲の人に向かってそう叫ぶと、熊手を高速で飛ばしてその場から離れた。