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第3話 ニホン?異界?


「ひゃああ〜高い」

 熊手にぶら下がり、レピディアの腕に抱えられているミラが嬉しそうな声を上げる。


「ねえねえ、ここ何処なの?あのいっぱい建ってるのは建物?道みたいなのを箱が走ってる!馬も牛もいないんだ……あ!緑の大きな箱もある!箱は何なの?」


「あれは車と言って、人間達が古代の動植物の死骸が変化した化石燃料を掘り出して燃料とし、馬車や牛車の代わりの乗り物として使っている。緑の箱は悪名高い京都市バスだ。最近外国人観光客が増えて地元民が乗れない上に恐ろしく遅れるから使い物にならない……」


「えっ?ここって魔法の国なの?」

「まあ、ある意味そうかな……」


 その内、何故かミラがどんどん重くなって来た。

「おい、ミラ、重いぞ……あっ!」


 彼女は先程までの、美しいが萎れた感じの身体ではなく、3500年前の頃の様な生き生きとした少女に戻っていた。

 肌や髪が艶々としていて、ボロ布の様だった古代エジプトの衣装、シースドレスまでが新品となりキラキラと生地が輝いている。


「ああ、あたしなんだかお肌がカサカサしてるから空気中の水蒸気を使ったんだ」

 ミラが満面の笑みで言う。

「お前、初夏から夏に掛けての京都の壊滅的な湿度を利用するとは……く、それにしても重い……」


 呆れたレピディアが言った時だった。

[もう無理っすわ……姐さん……]

 重くなり過ぎた2人を支えていた熊手の今際の際の声がした。


 次の瞬間熊手はボキリと折れ、2人の魔女は真っ逆様に川べりに堕ちて行った。


「う、うわああああぁ!!」

 ズドンと音をさせて川横の遊歩道に落ちる。


 川沿いで休む観光客達の食べ物を、横取りする為に飛び回っていたトンビが驚いて逃げた。


「あいたたたた……」

 2人がお互いに打った場所を押さえて立ち上がった。


 ミラが周りを見回して言う。

「ちょうど川があるじゃん!戦おう!」

「お前なあ……」

「よし!来い!ナイル!!」


 彼女は手を挙げて命令する。

 しかし当然ながら何も起こらない。

「……あれ?ナイル?返事しろよ聖なるナイル川!!」


[……アンタ何言うたはるん……]

 川から返事がした。

[ナイル川てなんなん?うちは由緒正しい【鴨川】や……]

「鴨川?川って全部ナイル川じゃないの?」


 ミラが驚いて返す。

[そんな……こっから9,500km程離れてる国の川の話されてもなぁ……ここが何処やよう知らへんの?]

「無駄に博識な川の声キタ!!ここ、エジプトじゃないの?」

[ちごてる(違ってる)。ここは日本や」

「ニホン?!異界?」

[そうとも言われる]


「言われてない言われてない。ちょ、川と話してないで……はあ、しょうがないな。一戦やらないと気が済まないようだな」

 レピディアが口を挟んだ。



「とにかく分からないけど分かった!力を貸せ!【鴨川】!!」

 ミラがサッと両手を前に出す。

 すると鴨川から水の渦が巻き上がり、彼女の手に集まって行った。


 それは透明で大きな檜扇ひおうぎの形となり、片手に1枚ずつ収まり固まる。


「……蘊蓄うんちく傾けてたけど一応『水の魔女』の言う事は聞くんだ……鴨川……

 そしてみやびだ。あれ、十二単着たりする時に持つ檜扇だよな?何処までも『京都』という事か……見栄っ張りだな」


 レピディアはそう言うと、両手を上に挙げて1.2m程の光の剣を出現させた。


「久しぶりだな……」

 自分の血が滾って来るのが分かる。


「行くぞ!」

 ミラが叫んで突進して来た。

 檜扇を武器の『鉄扇』の様にして振り込んで来る。

 レピディアも迎えうつ。


 扇ぎ、スライドさせ、自身もくるりと回り、叩き付ける。

 扇なので手元が見えず、次の軌道が見えない。

 飛ばし付けて来るのをレピディアは剣でなんとか躱すが、檜扇は手から離れても戻って来る。


「おおー。優秀だな、鴨川!!」

 ミラは上機嫌だ。


 しかし騒ぎを聞き付けて野次馬が集まって来た。

 今度は警察官もいる。


「お巡りさん、あそこです!片方が古代エジプトのコスプレしてて可愛いです!」

 誰かがこちらを指差して警官を呼ぶ。

「コラお前達、バトル物?のコスプレしてるからって暴れるんじゃない!!あんまり聞かないけど『決闘罪』にあたるぞ!」


「ヤッバお巡りだ!ズラかるぞ、ミラ!!」

「え?なんで?お巡りって何?」

「現代日本で外で暴れたら現れる取り締まり係の門番みたいなものだ!捕まるとマズい……」

「ええー?今乗って来てるからヤダ」


 ミラはそう言いながらまだ攻撃を仕掛けて来る。

 段々と人が集まって来た。


「もう!人の言う事聞けよ!」

 レピディアは仕方なく雷を撃った。


 バリバリバリッ!!

「ギャウン!」

 ミラが彼女の雷に撃たれて目を回す。


 レピディアは同時に野次馬や警官に向けて猛烈な風を投げ付ける。

「わあっ!!」

 人々が砂と枯葉混じりの暴風に驚いて目を瞑った。


 その隙にまたもやミラを抱え、飛び上がった。

 今度は自分の背中に巨大なコウモリの様な黒い翼を生やして飛んだのだ。

 暗くなり掛けた夕闇に紛れて空を行く。


 そして左京区の高級住宅街に辿り着いた。

 ある二世帯住宅の前で鍵を出す。


「ここは?」

 目を覚ましたミラが聞いた。


「ここは……男女が結婚する時に男親の方が『たっくんのお嫁さんだもの、一緒に住みましょ?いずれ生まれる孫の面倒も見てあげられるし、二世帯住宅なら台所やお風呂やトイレも別だもの、快適に暮らせるはずよ?資金は半分出すわね』なんて甘い言葉を言って来て信じてうっかり建ててしまった家だ」


「たっくん?」

「しかし実は男がマザコン過ぎて女は耐えられなくなった。別れを申し出て離婚が成立したのだが、折角建てた家はどうしよう?と思って困って売りに出した。

 それを私が一括で買ったのだ。8,000万円という破格の値段で」


「……要するにレピディアの家なんだな……8,000万円ってどれぐらい?」

「古代エジプトで言うと一生分のナツメヤシを買ってもお釣りが来る上に、特注の翡翠のスカラベのお守りが30,000個ぐらい作れて輸出出来る」


「凄いな!」


「そしてミラ、泊まっていけ。てか、もう一緒に住もう」

「なんでよ!」

「お前の事が好きだから」

「はあ?本気なのか」


「……もう3500年以上拗らせていた。会えて嬉しい。泣きそう」

「重っ!第一さっきからなんだその3500年3500年ってさ。あたしはただお昼寝していただけだぞ?」

「そのお昼寝の長さが3500年だったんだよ!こっちが聞きたいわ!どうしてそんな事になったんだ」


「ふえ……?お前馬鹿か?そんな訳ないだろ」

「そんな訳あるから聞いてるんだ。一体何があったんだ……と、とにかく立ち話もなんだから中に入れよ」

「……変な事しない?」


「古代エジプトでラノベスキスとか言う貴族の抱き枕になって埋葬されていた奴に言われたくないんだが……はあ……何もしないよ。お前だって今晩泊まるとこないんだろ?金もないし言葉も通じないし、どうするんだ」


「ラノベスキス?キモ……だけどホントだ……と、泊めてくださぁい」


 ミラは事実に気付き、涙目でレピディアを見た。


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こちらでお話はおしまいです。

お読みいただきありがとうございました。



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