かごに荷物を入れた小型スクーターが山道を駆けていく。ライダーススーツを着用して顔の露出するヘルメットを被った少年が、そこにまたがっていた。
体格はほぼ大人だが、幼げな面構え。免許を取得できているのかも怪しい年頃だった。
もっとも、もはや古いルールは意味をなさない。対向車線すらめったに用心する必要がなかった。
やがて急カーブに差し掛かる。曲がった先はまだ肉眼では見えない。
錆びついたカーブミラーがあったので、少年は覗いた。
なにやら、肌色の物体が斜面にもたれかかっている。そのせいで、奥で道が塞がれているようだ。
そこまではいくらか距離がありそうなのでとりあえず曲がり、速度を落として物体手前で停まって考えようと決める。
ところが。
顔が車体より早く角の向こうを窺うや。少年はハンドルから手を放した。
目線もそれ、視界を腕で隠す。当然、バイクごと転倒した。
憐れスクーターは彼を乗せたまま壊れたガードレールの合間を通過。斜面を下へと転がっていった。
惨事のなかでも、振り絞って絶叫する。
「ッて、おまえ! 服着ろよぉおおおぉ――――――ッ!!」
彼が抗議した相手は、カーブの奥を塞いでいたもの。
なにを隠そう。全裸の幼女だった。
ただし。身長は約十メートル、髪はピンクのツインテール。なのに体毛やその毛穴がでかいなんてことはなく、都合のいい愛らしさそのままに巨大化させたような美幼女だった。
そいつが、斜面にもたれるように横になっていたのである。
「てへぺろ、ごめんちゃい」
幼女が自分の頭をこつんと叩きウインクしつつ舌を出しながら放つふざけた台詞を最後に耳にして、少年は意識を失った。
「ちょっと
道路の上に広がる山林から、藪をかき分けて少女が出てきた。
端正な顔立ちで、ボブヘアの髪を揺らす十四、五歳くらいの美少女。カウガールに似た服装で、腰にはポシェットみたいな山菜採り用の袋をつけていた。
「――って、なんで裸になってんの!」
「えぇーっ?」
少女のツッコみに、亀姫と呼ばれた巨大幼女は小首を傾げてとぼける。
「同じ女なんだし別にいいじゃん。人少ないし、リラックスしたくもなるでちょ。生き物はもともと裸で生まれるんだし、服を着る方が理由を説明するべきじゃないかな。
これだけの巨体なのに、声がでかいわけでもない。普通サイズの幼女が発する音声みたいだった。
「――うわわっ」
香奈美と呼ばれた少女の後ろから、違う少女も出てきて叫ぶ。
農作業する老婆のような格好でセミロングの髪。香奈美より年上な感じではあるが、十代後半程度であろう若々しい顔を腕で隠し、訴える。
「そんな趣味はないですけど。こ、これだけ大きいと目のやり場に困りますね」
「こういうことよ!」
その少女を指差して、香奈美は疲れたように回答した。
「
「あはは、そだったねぇー。ごめんちゃい」
「で、いったいなにがあったの?」
香奈美が改めて尋ねると、亀姫はのんびりと立ち上がる。
巨体が動いたために地響きが起きる――なんてこともなく。幼女の柔肌は寄りかかっていた木々で傷だらけ――なんてこともない。
まるで実在していないかのような亀姫は、いつのまにかひと昔前の萌え系アニメのイラストがプリントされた女児ショーツとシャツを着ていた。
「うーんとね」
彼女は足元を見下ろしながら回顧する。
「バイクに乗った人がどっかから来て、ききーがしゃーんって、道路から落ちちゃったみたい。あたちを見てびっくりして」
「ええっ!?」
理子と呼ばれた少女が驚き、ガードレールに駆け寄って眼下を覗く。
「無理もないですけど、文明を持ってるなら
はたして。数メートル下った草地の斜面には、先ほど転落した少年がスクーターや荷物と一緒に倒れていた。
「あたしも覚えがないわね、〝ステータス表示〟」
こちらを向く形で目を閉じている少年の顔を窺い、理子の隣で香奈美が言及する。
すると、彼女の目前に半透明の四角い映像が表示された。まるでゲームのステータス画面のようなその内部には、以下の記述が示されている。
名前 / ???
職業 / 元引きこもり
異名 / ???
「閲覧制限はかけてるか。けどなんで〝引きこもり〟と〝レベル2〟だけ公開してのよ、変なやつ」
香奈美はガードレールを跨ぐ。
「よそ者だろうけど、いちおう助けなきゃね」
「ええと、〝山菜ゲーム〟は?」
「んな場合じゃないでしょ!
とぼけたことを呟く理子を置いて、香奈美は斜面を下りだしたが。
「だーめだめ」
幼女が、立てた人差し指を振って制止する。
「
動きを止めた香奈美が、探るように亀姫を仰ぐ。
幼女は左手で反対側の腰をつかみ、その上に右肘を乗せて上に伸ばした拳に顎を当てていた。彼女の顔貌はさっきまでからは想像しがたい、子供のものではない妖艶な笑みを湛えている。
――この幼女に人間の価値観は通用しない、人を演じてるだけなのだ。承知の香奈美は、腰の袋に手を突っ込む。
「しょうがないわね。現状で勝負決めるよ、採取パートは終わりでいいでしょ?」
「は、はい。よーし」
応じた理子が車道に戻った香奈美の横に並び、二人はそろって巨大幼女に対峙した。理子の方は布袋を手に持っており、中身を探る。
「あたしは、これでいいわ」と香奈美。
「じゃ、じゃあわたしはこれで。――正直、自信ありますね今回は」と理子だ。
それぞれ、折り採られた同じ種類の植物を一つずつ出していた。
茎の先端が渦巻き状で、綿毛に覆われた葉を持つ。――
ブオゥーン!
二つの山菜の放つ旨味の威圧感が、少女たちの間で空間を歪ませる。
香奈美のそれは鉛筆ほどの太さで、長さは伸ばした彼女の手の平をやや超えるくらい。対して理子の方のはずいぶん太く、長さは彼女の肘から手首ほどくらいまであり、根元付近から折られていた。
「へえ、なかなか立派じゃないの」
理子を称える台詞とは裏腹に、香奈美にはどこか余裕があった。
「それじゃ」ぺたんこの胸の前で幼女が手の平を合わせる。「いっただっきまぁーす」
途端、香奈美と理子の手元からするりとゼンマイが抜けた。空中に浮いた二つは、亀姫の口へと飛び込んでいく。
人間なら灰汁抜きや調理をしなければ食えたものではないが、彼女は平気らしかった。
もちろん巨大であるので、ゼンマイは亀姫を普通の人とした場合、調味料の粒みたいなサイズだが。それでも幼女は咀嚼して、頬張った味を堪能していた。
「ふむふむ、ムシャムシャ。……こ、これは!」
ごくりと呑み込んだ幼女。二人の少女は息を呑んで見守る。
「どちらも、大地の恵みを存分に吸収したゼンマイが、旨味を解き放ってしまう以前の成分を凝縮している。――特に大きい方」
理子が、にやりと口の端を吊り上げた。
「おいしさをたっぷり含んだままでも、葉が開ききらずにいるためそれが逃げていない。……ただし!」
予想外の幼女の声に、理子は目を見開く。
「茎が太すぎて、歯ごたえがよくない」
容赦なく、批評は下された。
評価対象者はうろたえ、握った拳を震わせる。横からは、もう一人の少女の不敵な視線が突き刺さってくる。
「比較して小さい方」
亀姫は続けた。
「適度な食感で、違和感なく味わえる。そこにふさわしい美味さが圧縮され、絶妙なハーモニーを奏でている。これは――」
いつのまにか、周囲はどこかのコンサートホールになっていた。
「音楽!」
豪勢に着飾った客たちが注目する暗闇。眼差しが集まるステージ中央には、スポットライトが降り注ぐ。
高級なドレスを着こなした理子が浮かび上がったのだ。
手にするは光沢を放つバイオリン――ストラディヴァリウス。奏でるはクラシックの難曲。
しかし。
演奏が始まって間もなく、聴衆は異変を察知した。
「例えるなら大きな方は」
――まったくうまくないのだ。
不協和音に人々は困惑。理子自身も恥じ入る結果となった。
「一流の奏者が、高価なだけで慣れていない楽器と楽曲を奏でているようなもの。対して――」
場面は一転。夜の荒野、小さな焚き火を囲み欧州風の庶民的な格好で人々が語り合っている。
そこに現れたのが香奈美だ。
決して上等ではないが民なりの盛装。そして珍しくはないが、それなりに高価で手入れされたヴァイオリンを所持してみなの前に立つ。
演奏するのは、民衆が親しんできたこの地方の民謡だった。
「小さな方は、一流の奏者がありふれているが使い慣れた楽器と楽曲を奏でている!」
素晴らしき音楽はみなの心を打ち、終了しても
「音楽自体の評価に、外面は関係ない。あたちは見栄えでなく、味を評価するんだよ。よってこの勝負」
もはや元の山道で肩を並べる少女たちには、勝敗の行方が明白だった。
先ほどのステータスのような半透明の映像が、しかし誰からも視認可能な状態で虚空にでかでかと表示される。記されているのは、ボッ娘が感じた山菜の味を五段階の星印で示す
香奈美のゼンマイ/★★★☆☆
理子のゼンマイ /★★☆☆☆
「