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野花怪異談

第一話「かいだんラップ♪」

 ーーこれは、ばあさまが孫に語る、夏休みの”ほんとうにあった話”であるーー




「ねぇ、おばあさま。なんで”怪談”じゃなくて”怪異談”って言うの?」


 孫娘のその質問に、私はニヤリと笑った。


「それはねぇ……“ただの話”じゃ、終わらなかったからさ」




 ***


 俺の名前は梅田虫男。


 時は、俺がまだ高校生だった頃。


 当時はまだ、YouTubeもストリーミングも存在しない、CDとMDが主流の時代だった。


 夏休みの補講帰り、ふと立ち寄った市立図書館で、一枚のCDに目が留まった。


『納涼!真夏の怪異談集 Vol.2』




 ――おっ、いいじゃん。夜、これ流して涼もうっと。




 その夜。


 両親は共働きで留守、エアコンの効いた静かな部屋で、俺はゲーム機のディスクスロットにそのCDをセットした。


 当時流行ってた『ブレイクストームⅡ』っていうゲーム機種。ゲームしながら、BGM代わりに怪異談を聞こうって寸法だった。




 再生ボタンを押した瞬間だった。




「ドンドンドンドンドンドンドンドンドン……!」




 “戸を叩く音”が、異様な迫力でスピーカーから溢れ出た。いや、“音声”というよりも、“何か”が本当に部屋の中で暴れてるような、そんな気すらした。




 びくっと肩を跳ねさせ、急いで一時停止。


 ……いやいや、びびるほどじゃねーし?きっと音響演出ってやつでしょ?




 俺は強がって、再び再生を押した。けれど、CDが”巻き戻る”と同時に、部屋の戸が本当に――




 ドンッ……!


 ドンドンドンドンッ!!




「え……?」




 凍りついた俺の背後、部屋の引き戸が、内側から叩かれていた。




 ……誰も、いないはずの、その戸が。




 そして次の瞬間、CDの音声が歪んだ。




『へ~や~の~お~と~ががががががががががががが……』




 スロー再生のように不気味な声が続き、突如「ブチッ」と途切れる。


 ……俺は反射的に電源を落とした。




 次の日、図書館にCDを返却した。その場で職員さんに聞いた。


「これ、音、途中で変だったんですけど……」


「え?そのCD……? もう廃盤ですよ。データもありませんし、そもそもVol.2なんて……図書館には入ってないはず、ですけど」




 え……?




 その後、確認してもそのCDは“登録されていなかった”。


 俺の借りたCDは、どこにも”存在していなかった”のだ。




 そして、噂は残っていた。


 あの夏、図書館で“怪異談CD”を手にした者は、その後決まって――




 誰にも言えない体験をした、と。




 ***




「……というわけさ。まぁ、青春ってやつはオカルトでも涼しいって話だね」




 私は語り終えると、湯呑みに口をつけた。




「……で?怖かった?」




 孫娘は無言で、こくりと頷いた。その顔には微かな青ざめがあった。


 私は静かに笑う。




「……あ、そうそう。あのCD、いまでも見つかるらしいよ?」




 パチン――




 突然、部屋の照明が落ちた。


 孫娘がビクリと身を震わせる。




「……おばあさま……!?」


「ん?」




 私は立ち上がり、壁のスイッチを押した。パチ。


 部屋に、光が戻る。




「なにやってんの、おばあさま、もう……!」


「ふふ、怪異談ってのは、ねぇ。語り終わってからが本番なんだよ」




 夏の終わりに、語られる“かいだんラップ”。


 あなたの家にも、“ラップ音”が忍び寄るかもしれませんよ?



 かいだんラップ♪ 完


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