(二)
席に着いて講義の開始を待っていると、後ろの席からこそこそ声が聞こえてきた。
「あいつ、いつも一人だよな」
「根暗っぽいから、誰も近付きたくねえんだろ」
「確かに。俺だって話しかけようとは思わねえもん」
きっとわざと聞こえるように言っている。大学生にもなって、みっともない。そもそも僕がいつも一人で居ることを把握しているなんて、他人に興味を持ち過ぎだ。大学生はもっと他人に対してドライなものだと思っていたのに。
数ヶ月前までの僕は、大学が楽しいものだと信じて受験勉強に精を出していた。
しかしいざ入学してみると、大学も高校と大差はなかった。いつも一人で居ると、嘲笑の対象になってしまうようだ。
まあ彼らは大学生と言っても数ヶ月前まで高校生だった人たちだ。大学に入ったからと言って何かが劇的に変わるわけでもないのだろう。かく言う僕も、高校生の頃と何かが変わった実感は特に無い。
「そんなことより、お前の入ったサークルの女子はどうよ」
「普通かな。可もなく不可もなく」
「やっぱテニサーが当たりらしいぜ。可愛い女の子がいっぱいだって」
それでも高校生の頃とは違い、話す話題が多い分、嘲笑も長くは続かない。
すぐに次の話題へと興味が移っていくのは、僕としてはありがたかった。
「ってか、この授業取ったのは失敗だったな。単位取りづらいらしいぞ」
「マジかよ。出席だけしてりゃ良いんじゃなかったのかよ」
「先輩情報によると、出席よりもレポートとテストが重視されるんだってさ」
そうなのか……。
僕だってそのことを早く知っていたら、この授業は選択しなかった。
講義を受けること自体は別に良いけど、それ以外のプライベートな時間を削られるのは嫌だ。
僕には、大好きな趣味があるから。
「なあ。いつも一人のあいつ、ノートすげえ書いてそうじゃねえ?」
「テスト前になったらコピーさせてもらおうぜ」
「話したことはねえけど、強めに頼んだら貸してくれそうだよな」
僕ってそういう風に見えるんだ……。
さすがに自分の悪口を言っている相手にノートは貸さない……いや、どうだろう。断ることで、彼らを怒らせていじめられるのは怖いから、渡してしまうかもしれない。
……はあ。
居ても友人にはなりたくないけど、居たら都合の良い人間。
きっと、それが僕だ。
「今日も誰とも喋らなかったなあ」
すべての講義を終え、とぼとぼと歩きながら呟いた。
サークルにも入っておらず、根が明るいわけでもない僕は、大学に入学してから一ヶ月が経っても一人の友人も作ることが出来ずにいた。そのせいで独り言が、捗る捗る。
「まあいいや。現実世界よりゲームの世界の方が魅力的だし!」
現実世界の大学に友人はいないけど、ゲームの世界にはたくさんの友人がいる。
……いや、たくさんは言いすぎかもしれないけど。でも、数人は友人と呼べる相手がいる。
「だから何の問題も無い!」
自分を鼓舞するようにそう言うと、僕は一人暮らしをしているマンションの扉を開けた。
家に帰るなり、ゲーム機を起動させる。画面にはダウンロードしたゲームがいくつも並んでいる。
「今日はどのゲームにしよう……ま、全部やればいっか」
表示されたゲームの中の一つを選ぶと、僕は決定ボタンを押した。
* * *
ゲームの世界に降り立った僕を見て、すぐに駆け寄ってくる二人組がいた。
「リューが来た!」
「ラッキー!」
彼らはそんなことを言いながら走ってくる。
ちなみに『リュー』というのは、僕がゲーム内でよく使用しているキャラクター名だ。特別な理由がない限り、どのゲームでもリューという名前で登録をしている。僕の本名、戸崎竜二郎から取った名前だ。
「会うなりラッキーって何?」
「実は俺たち二人で滝の裏側のダンジョンに潜ろうとしてたんだけど、戦力が心許なくてさ。暇なら一緒に潜ってくれよ」
「頼むよリュー。重課金勢のリューは、一人で十人分くらいの戦力があるだろ?」
「まあね。暇だし一緒に潜ろっか?」
ログインするなり駆け寄ってきて頼られるのは、嫌な気はしない。むしろ人気者みたいで嬉しい。
「やったあ。リューならそう言ってくれると思ってたぜ」
「で、女の子はどこ?」
僕の質問に、二人が一斉にサムズアップをした。
「いないぜ。俺たちと男三人だけのダンジョン攻略だ!」
「女の子がいないなら参加するのやめようかなあ」
「えーっ!? じゃあ俺がキャラチェンジして女の子になってくるから、ちょっと待っててくれよ」
「冗談だって。そんなことしなくても一緒に行くよ」
ゲームの世界でなら、根暗な僕でもこんな冗談が言える。
現実世界でもこのくらいの冗談が言えたら友人が出来るのかもしれないけど……無理。どの面下げて女の子がいないなら参加しないとか言うんだ、って笑われるのがオチだ。
「リューって付き合い良いよな。レベルの低いダンジョンにも一緒に潜ってくれるし」
「そうそう。リューと仲良くなれて良かったぜ」
彼らは無邪気に笑いかけてくる。笑顔が眩しい。
「せっかく誘ってもらったのに、断るのも変でしょ」
「そうでもないぜ。リュー以外の重課金勢は、重課金勢同士で固まってレベルの高いダンジョンにばっかり潜ってるんだよ」
「レベルの低いダンジョンに潜っても面白みが無いんだろうな。簡単すぎて」
「そうかなあ? こうやって、お喋りしながらダンジョンに潜るのが楽しいのに」
これは僕の本心だ。
現実世界で話し相手がいないこともあり、僕はダンジョンを攻略することよりも、むしろゲーム内の友人たちとこのように他愛ない会話をすることの方が楽しい。
「リュー、いいやつすぎ。重課金勢のイメージアップを一人でしてるよな」
「重課金勢と言えば、リューにも新作VRMMOのテスターの話って来てる?」
「なにそれ。何のゲーム?」
初めて聞く話題に首を傾げる。
ここ最近テストプレイの依頼を貰った覚えはない。
「俺もよく知らないんだけど、高レベルのプレイヤーにだけ新作VRMMOのテスターの話が来てるらしくてさ」
「高レベルのプレイヤーにだけって、それじゃあテストにならなくない?」
ゲームを購入するのはゲーマーだけではない。たまにしかゲームをやらないライト層や、ゲームは好きだけど操作が苦手な人だって、ゲームを購入する。
そのためにテスターには様々な人間を採用するはずだ。高レベルになるようなゲーマーだけをテスターに起用するのは悪手に思える。
「一部のプレイヤーしかクリアできない『高難易度VRMMO』みたいな売り出し方をしたいんじゃないか?」
「売れるのかな、そんなゲーム」
「俺なら買うかも。だってクリアしたら、ゲーマー仲間に自慢できるじゃん」
それなら……分からなくもない、か。難しいことで有名なゲームはいくつも存在する。
「だけど、そんなことよりさ。その新作VRMMOのテスターに行ったやつが入院したらしいぜ」
「入院!? なんで!?」
ゲームのテスターで入院なんて聞いたことがない。
もしかして、トラウマになるほどグロいゲームなのだろうか。それとも光刺激が強すぎたのだろうか。どっちにしても入院までするのは相当だ。
「入院の理由は不明。テスターに採用されてから起こったすべての出来事は口外禁止らしいから、テスターやってるやつは誰も何も言ってない。でも入院したやつの兄貴が、ゲームが原因なんじゃないかって言ってた」
「ずいぶん情報がふわっとしてるなあ」
「口外すると違約金を払わされるのかもな。だからテスターをやってた弟本人も何も言ってない。でもその兄貴曰く、弟の入院費は無料らしい」
「きな臭い話になってきたね」
入院費が無料ということは、そういうことだろう。ゲームが原因の入院だ。
ゲームの中で何を見たのかは分からないけど、強いショックを受けたことは間違いない。
……今の話が本当なら、だけど。
「そんな話が回ってたら、テスターを引き受けるやつなんていないんじゃない?」
「そうでもないと思う。何と言っても、ゲームをクリアしたら、成功報酬が貰えるらしいんだ」
「まあこれも、弟がうなされながら呟いてたってその兄貴が言ってるだけだから、信憑性は無いんだけどさ」
「いやいや。成功報酬があったとしても、入院するリスクがあるなら割に合わないよね!?」
入院費を払ってもらえるとしても、そもそも入院するような状態になるリスクは誰だって負いたくないはずだ。
「報酬がいくらなのかは知らないけど、そんなにクリアの難しいゲームだって聞いたらゲーマーの血が騒ぐんじゃないか? 成功報酬はオマケみたいなものでさ」
「だから高レベルのプレイヤーにだけテスターの話が行ってるのかもな。リスクを無視しちゃうようなゲーマーは、大抵高レベルだろ」
「確かに。カップ麺を食べながら寝ずにゲームをやり続けるような人なら、依頼を受けそうかも」
そう言われてみると、思い当たるプレイヤーが数人いる。そんなことをしていたら早死にしてしまうけど、早死にのリスクよりもゲームの楽しさを優先するようなゲーマーが。
そういう人物なら、リスクがあっても高難易度ゲームのテスター依頼を受けそうだ。
「リューも気を付けてくれよ?」
「そうそう。リューがこのゲームに来なくなったら困るからな」
「そもそも僕にはテスターの話なんて……」
と口に出した途端、ゲーム内でメッセージが届いた。
メッセージには赤字で『新作VRMMOベータテストのテスター募集に関するお知らせ』と書かれていた。
* * *