怪しいテスター募集のメッセージを受け取った僕は……テスター説明会会場のビルを目指していた。
例のゲームがどんな内容だろうと、話を聞くだけなら問題がないと思ったからだ。さすがに説明会でいきなりグロ画像を見せてくることはないだろう。
正直、謎のテスター募集には興味があった。ゲームの内容だけでも知りたい。説明を聞いた結果、危険そうな内容なら帰ればいいだけだ。
「住所はこの辺のはず……って、まさかこのビル?」
依頼元が有名ゲーム会社ではなかったため、レンタルスペースや雑居ビルの一角にでも集められると思っていた僕は、目的地が巨大なビルだったことに驚いた。
慌てて何度も住所と照らし合わせたけど、ここで間違いなさそうだ。
「あの、新作VRMMOのテスター説明会に来た戸崎ですが……会場はこのビルで間違いないでしょうか?」
ビクビクしながらビルの中に入り、受付のお姉さんに声をかける。
広いオフィスビルに相応しくないカジュアルな服装の僕に対しても、受付のお姉さんは笑顔で対応してくれた。
「新作VRMMOのテスターの方ですね。会場はこのビルの十二階です」
僕の名前を照合したお姉さんは、通行用のカードキーを貸してくれた。これを使って目の前のセキュリティゲートを通るのだろう。大学生の僕にとっては初めての経験だ。
セキュリティゲートを通った後は、スーツの会社員に混ざってエレベーターに乗った。十二階へ行くのは僕だけのようだったので、自分で階数ボタンを押す。
「ここか……」
エレベーターで十二階に到着すると、目の前の会議室に『新作VRMMOベータテスト・テスター説明会』と大きく書かれた紙が貼り出されていた。
エレベーターの中はスーツを着た人だらけだったけど、会議室の中は私服の人が多い。
場違い感が薄れたことにホッと胸を撫で下ろした。指定が無かったからとラフな格好で来たことを後悔していたのだ。
空いている椅子に座って説明会の開始を待っていると、少しして眼鏡をかけた几帳面そうな男性が資料を片手に会議室に入ってきた。
そして男性の後から入ってきたやる気の無さそうな女性が、参加者たちに資料を配っていく。
「この度は新作VRMMOベータテストのテスター説明会にお集まりいただき、ありがとうございます。ゲーム開発部部長の縦川と申します。これから皆様にはテスターとしての業務内容を確認して頂き、了承出来る方のみ次の段階へ進んで頂きます」
縦川と名乗った男性が説明会を進行するらしい。ゲーム開発部の部長らしいが、部長と聞いてイメージする人物像よりもかなり若く見える。やり手なのかもしれない。
一方、資料を配り終えた女性は会議室の端でぼーっとしている。
「もちろん説明を聞いて辞退したくなった方は、帰っていただいて結構です。辞退によるペナルティはございませんので、ご安心ください。ではまず、資料の一ページ目をご覧ください」
配られた資料をめくると、VRMMOについて簡単な説明が書かれていた。
「始めにVRMMOについて簡単に説明します。ゲーマーである皆様は知っておられるかとは思いますが、ざっくり言うのであれば、身体を使って仮想現実で遊ぶゲームのことですね。実際に手を動かすと、ゲームの中の自分も手を動かすことができます」
VRMMOは僕も遊んだことがある。ヘッドギアを付けてゲーム世界を体験するシステムで、没入感がものすごい。本当に自分がゲーム世界に存在しているかのような錯覚に陥る。
「なお今の説明は従来のVRMMOの話です。なんとこの新作VRMMOは、実際に手を動かす必要がないのです。脳から手を動かす信号を送ることで、ゲーム内でも手を動かすことが出来ます。これにより手足の不自由な方でも存分にVRMMOをプレイすることが出来ます。健康な皆様は現実でも手足が動きますが、現実では手足の動かない方でも、ゲーム内では手足が動く画期的なシステムなのです!」
念じるだけでキャラクターを動かすことが出来る……ということだろうか。
それが本当なら、とんでもない技術だ。
大手ゲームメーカーでも成し得ていない技術を、この会社は生み出そうとしているのだろうか。
だとすると、僕は歴史を変えるゲームのテスターに参加しようとしているのかもしれない。
「肝心のゲームについてですが、このゲームのことを社内では新作VRMMOとだけ呼んでいます。ゲームの内容は王道のファンタジーです。いわゆる剣と魔法の物語ですね」
王道ファンタジーのゲームは、現在進行形でいくつもやっている。それらのゲームはVRMMOではないけど、設定やゲームシステムについては、僕にとって飲み込みやすいもののはずだ。
「ゲームではいくつものクエストが用意されていますが、皆様にはクエストとは別に、成し遂げて頂きたいことがあります。ゲームの中で、とある人物を見つけ出してほしいのです。その人物と親交を深め、次に会う日時と場所を約束し、実際に約束の場所にその人物が現れたら…………成功報酬五百万円を差し上げます」
縦川さんの言葉に会議室内がざわついた。
僕はあらかじめ成功報酬があるという情報を聞いていたから額が大きめなことにだけ驚いたけど、初耳の参加者の驚きは相当なものだったらしい。それまで何となく見ていた資料を再度確認しているのであろう紙をめくる音が一斉に響いた。そしてこれまで黙って話を聞いていた参加者たちの手が上がる。
「見つける人物は何者なんですか? どんな容姿で、どんな立場の人ですか? さらわれたお姫様とかですか?」
「それが、不明なのです」
縦川さんは参加者の質問に対して明確な答えをくれなかった。
「その人物が、今どのような姿でゲーム世界にいるのかは分かっていません。このゲームは最初のキャラクター作成時以外でもキャラメイクが可能なため、いつでもキャラクターの見た目を変えられるのです。目的の人物は、動物になっている可能性も、モンスターになっている可能性だってあります」
「見た目も分からない人をどうやって見つければいいんですか?」
参加者から当然の疑問が飛ぶ。
しかし縦川さんは眉一つ動かさない。
「達成が難しいからこその成功報酬です」
確かにゲーム内で姿が分かっている人物を見つけて次に会う約束を取り付けるだけで五百万円というのは、美味しすぎる話だ。怪しくも感じてしまう。
むしろ目的の人物の見た目が分かっていないというマイナス点があることで、この成功報酬に信憑性が出てくるような気さえしてくる。
「それと、ここからが重要なのですが。テスターに参加した時点で、このゲームによって起こるいかなる損害も自己責任となります」
「そんなに危険なゲームなんですか!?」
「念のためのご案内です。ゲーム自体は普通のファンタジーですよ。ただ、例えばVRで酔うタイプの人は向いていないかもしれませんね。あとは共感性の高い人も。それに参加者同士でトラブルになることも考えられます」
縦川さんはこれまた眉一つ動かさずに、参加者の質問に答えた。
「もしも入院等で治療費が掛かった場合には当社が治療費を負担します。そのくらいの善意はありますよ。慰謝料請求には応じませんがね」
僕が聞いた噂話はこのことかもしれない。
それなら、治療費を出してくれることは嘘偽りのない真実なのだろう。
「怪しい話だと思った方は、断っていただいても結構です。テスターへの参加は強制ではありませんので。了承いただける方のみ、契約書にサインをお願いします」
縦川さんが合図をすると、やる気のなさそうな女性が参加者たちに契約書を配った。
「なおこの話は口外禁止でお願いします。契約書にも書かれていますので、ご一読ください。ルールを破った場合には違約金が発生しますのでご注意くださいね」