こんな怪しい話に誰が乗るのかと思ったけど、ほとんど全員が契約書を縦川さんに提出した。僕も例に漏れず、好奇心に負けて契約書を提出した口だ。
「では、ここから詳しい話に移りますので、参加されない方は速やかにお帰りください」
縦川さんは、提出された契約書と会議室に残った人間を照らし合わせながら確認した。その後、一人一人の顔写真を撮影していった。
こんなことなら、もっと髪を整えてくるべきだった。
もう一人のやる気の無い女性社員は帰る人たちの見送りを担当していたらしい。しばらくすると「全員ゲートの外に出しましたー」とやる気の無い口調で会議室に戻ってきた。
「はい、ではここからは詳しい話に移ります。我々が探している人物についてです。彼女の名前は『エンジョウジサエコ』です」
縦川さんは一枚の写真を取り出し、ホワイトボードに貼った。
写真には、黒髪ロングヘアの大人しそうな少女が写っている。中学生か高校生くらいだろうか。
「これが最後に確認された『エンジョウジサエコ』です。今現在の姿は不明ですが、皆様には彼女を見つけてほしいのです。彼女は確実にゲーム内にいるのですが、姿が分からずお手上げ状態です。どうか皆様のお力を貸してください」
そう言って縦川さんは深々と頭を下げた。
その間に一人の参加者がエンジョウジサエコの顔を忘れないようにスマートフォンで写真を撮ろうとした。するとものすごい早さで女性スタッフが飛んできた。
「撮影はご遠慮くださーい。写真が見たくなったら、ここでいつでも見せますのでー」
言い方は優しいけど、女性スタッフも、顔を上げた縦川さんも、目が笑っていない。
「申し訳ございませんが、流出の危険を考慮して写真撮影はご遠慮いただいております。それと、くれぐれもSNSで彼女を探したりはしないでください。そもそも彼女の身体の在り処は分かっています。我々はゲーム内にある彼女の精神を探しているのです。SNSを使っての捜索は意味がありません」
どうやらエンジョウジサエコの精神がゲーム内にいることは確実らしい。身体の在り処が把握されているのなら、ゲーム内に入るフリをして別場所に隠れることは不可能だからだ。
「SNSの話が出ましたので、ついでにこの話もしておきましょうか。この新作VRMMOにはゲーム内で呼ばれる仮の名称があります。ですがその名称は決してゲーム外で口に出さないでください。『エンジョウジサエコ』の名前や新作VRMMOの名称を口外したり、SNSに書き込んだ時点で、違約金が発生しますので」
追加説明の後、参加者たちは縦川さんの案内で別室へとやってきた。
部屋の中にはマッサージチェアのような椅子が何台も置かれており、椅子には様々なコードが接続されている。
椅子と椅子の間には申し訳程度の仕切りがされており、隣に座っている人が誰かは分からないようになっていた。
「皆様にはこの椅子に座り、ヘッドギアを装着した状態でゲームをプレイして頂きます。いくつもの機械が見えるかと思いますが、これらは脈拍や脳波を計測して皆様の健康状態を管理するためのものです」
縦川さんは一つの椅子に近付くと、椅子の上に置かれていたヘッドギアを、この場の全員が見えるように高くかかげた。
「さて、早速VRMMOを体験してもらうことになりますが。皆様は今回が初めてですので、一時間で帰ってきて頂きます。ゲーム内でタイマーが鳴ったらすぐにログアウトをしてください」
参加者たちが指定された椅子に座ると、縦川さんは順々にヘッドギアを被せてゲームをスタートさせた。
どうやら一斉にスタートすることは出来ないらしく、十分間隔くらいで次の参加者がスタートしている。
しばらくすると、ついに僕の番がやってきた。
ヘッドギアを被り、ゲームのスタートを待つ。
* * *