「では次は、妾のことを話そうかのう」
「あ、別に良いです」
「なんじゃ、語り逃げか!?」
俺が魔王リディアの申し出を断ると、彼女はプリプリと怒り出した。
「語り逃げってなんですか。あなたが聞いたから答えただけですよ」
……と言うか、語るほど喋ったっけ、俺。頭の中ではいろいろ考えたけど……まさか。
「その通り。妾は相手の考えていることが読めるのじゃ」
チート過ぎるだろ!? 魔王だからチートなのは当然かもしれないが!
「この力で相手がどんな攻撃をするのか丸わかりじゃ」
「魔王が負け知らずなわけですね」
「そういうことじゃ。ほれ、負け知らずな妾が語るんじゃから、お主は姿勢を正すべきであろう」
「俺に拒否権は無いんですね……」
まあ、話を聞くくらいなら別に良いだろう。考えようによっては、魔王の語る話を聞けるなんて貴重な体験だ。
「その通り、貴重な体験なのじゃ」
「言葉に出してないことには反応しないでいただけます!?」
「では始めるぞ」
俺のツッコミを無視して魔王リディアが語り始めた。
「あれは、妾が花を愛でつつ団子を食べていた頃の話……」
昔を懐かしんでいるのか、魔王リディアは遠くを眺めた。
「妾は思ったのじゃ。そうだ、旅に出よう。とな」
「…………」
「…………」
「えっ、これで終わりですか!?」
「終わりじゃが?」
まったくもって姿勢を正して聞くような話ではなかった。
「そんな思いつきで魔王城からこんな山まで来たんですか!?」
「そうじゃ。そして夜風が気持ちいいから、夜の散歩を楽しんでおった」
旅に出たいから旅に出て、散歩がしたいから散歩をする。
憧れのスローライフだ。
「……って、そんなことを他の魔物たちが許したんですか!? 旅に出たいなんて自分勝手な理由で魔王が魔王城を空けるなんて」
「許すも何も、妾が決めたことに他の魔物が意見をするわけがなかろう。下手に意見をしたら、山のように仕事を押し付けられるからのう。ワッハッハ」
うわあ、酷い労働環境だ。
「そもそも妾が旅に出たのは、もう何年も前の話じゃ。今さら妾を魔王城に連れ戻そうなどと考えているものはおらんと思うぞ」
「そんなに長期間、旅に出てるんですか!?」
では……勇者パーティーが魔王討伐を命じられたのは何なんだ。
魔王が世界征服を目論んでいるから、世界を救うために魔王を討伐してほしいと頼まれたのに。世界征服を目論んでいるはずの魔王は、何年も旅をしながら悠々自適なスローライフを満喫している。
「俺たちは、存在しない『世界征服を目論む魔王』という虚像を討伐しようとしていたわけですか」
「さすがに魔王城の最奥まで来て誰もいなかったら可哀想じゃから、妾の等身大パネルを置いてきたのじゃ」
「苦労して魔王城の最奥まで来て出会うのが魔王の等身大パネルというのも、十分可哀想だと思います」
そんなものを見せられたら、徒労感で膝から崩れ落ちてしまう。
「まあまあ。妾の話が聞きたいのは分かるが、妾の昔話はこのくらいにして」
「俺が聞きたがったみたいに言わないでください!?」
魔王リディアはまた俺のツッコミを無視して話を続けた。
「妾は常日頃から思っておった。旅は道連れではないか、と」
「はあ」
「つまり、一緒に旅をする仲間が欲しいと思っておった」
「旅の仲間なんて選り取り見取りじゃないですか? 魔王と旅をしたい魔物なんてたくさんいるでしょう」
ここで魔王リディアは悲しそうな顔をした。
「妾と一緒に旅をしたいと志願する魔物はおらんかった。どの魔物に聞いても妾を気遣った丁寧な言葉で申し出を断ってきたんじゃ」
それは可哀想……と思いかけたが、誰だって理不尽に大量の仕事を押し付けてくる上司と一緒に旅をしたいわけがない。やりたい放題やってきた魔王リディアの自業自得なのではないだろうか。
「本当のことを言われると傷つくのじゃ」
「だから頭で考えただけのことに反応しないでいただけます!?」
しかも考えたことを読まれてしまうのでは、頭の中でさえ魔王リディアを気遣う必要がある。そんな気の休まらない旅は、誰だって嫌だろう。
「妾、器は大きいつもりじゃ。魔王のバーカと思われたくらいでは罰など与えんぞ」
「あなたと一緒に旅をして、その程度の悪口で済むとは思えませんよ」
このめちゃくちゃな魔王と一緒に旅をして、そんな子どもの悪口のようなものしか思い浮かばないのであれば、その人物は聖人だと思う。
俺なんかたった一時間で魔王リディアのことを、関わりたくない変人、と思っているのに。
「変人だなんて、照れるではないか」
「褒めてませんけど!?」
照れる基準が分からなすぎる。絶対に魔王リディアとは一緒に旅なんかしたくない。
「まだ誘っておらぬというのに、妾との旅を想像するとは。そんなに妾と旅がしたいのか?」
「だから、したくないと言って……はいませんが、思ってました!」
ややこしいから、心の声と会話をするのはやめてほしい。
「こんなにも可愛らしい妾を一人で旅に出すのは、危険だと思わんのか?」
「ずっと一人で旅をしてきた、魔物たちに畏れられる魔王が何を言ってるんですか」
魔王リディアは少し考えた後、にっこりと笑って手を伸ばしてきた。
「では、妾と取引をしようではないか」