ドロシーの家は、良くも悪くも普通の民家だった。勇者パーティーでの旅は、宿泊施設や豪華な屋敷に泊まることが多かったため、こういった家に泊まるのは新鮮だ。
俺と魔王リディアは案内された椅子に座って、ドロシーを待った。
「ありがとう、お母さん。あとは私がやるわ」
ドロシーはキッチンに立つ母親に向かって声をかけながら、お茶の乗ったトレイを持ってきた。テーブルに三人分のお茶を置くと、空いている椅子に座る。
「お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
魔王リディアの前にお茶を置いたドロシーは、申し訳なさそうな顔をした。
「今、村にはお茶しか無くて……美味しいジュースを出してあげられなくてごめんなさい」
「気にするな。妾は茶も好きだからのう」
むしろ魔王リディアにはジュースよりもお茶の方が良いだろう。
何歳かは知らないが、魔王リディアは確実に俺やドロシーよりも年上だ。
「…………という全滅寸前の状況だったので、元パーティーのメンバーを助けることにしたんです。彼らの代わりにボスモンスターを倒して、ダンジョンを消滅させました」
念のため俺が元いたパーティーが勇者パーティーであることと、俺のユニークスキルの話は伏せて、ダンジョンから勇者たちを助け出した話をドロシーに語った。
「そして俺とリディアさんは、元いたパーティーのリーダーと一緒に、パーティーメンバーの三人を近くの村の診療所に運び込んだのです」
俺の言葉の一つ一つにドロシーは目を見開いて驚いていた。リアクションが良いため話し甲斐がある。
「ショーンくんはそんな酷い人たちを助けたのですか!?」
「酷い人だから死んでもいい、というわけではありませんから」
これは本心だ。俺は勇者たちに酷いことをされた。毎日俺を殴っていた勇者、それを手助けした魔法使い、それを隠ぺいした僧侶、それを見て見ぬふりした戦士。全員共犯だと思う。
しかし、彼らが目の前で死にそうになっているなら、助ける。
自分と何の関わりも無い村人が死にそうになっていた場合に助けるのと同じ。生きようとする人間を見捨てることは出来ない。そこに俺個人の恨みは関係が無いはずだ。
「それはそうですが、普通は感情が先行してしまうものではありませんか?」
俺は当然のことをしたと思っていたが、ドロシーの意見は違うらしい。
「感情が先行する、とは?」
「だって元パーティーのメンバーは、ショーンくんのことを虐めていた人たちでしょう? 私なら、因果応報と思っちゃいます」
なるほど。俺を虐めていたせいで、俺に助けてもらえなかった。まさに因果応報だ。
「それなのに感情に任せた行動をとらないショーンくんは、とても理性的なんですね。それに秩序を重んじる人です」
「秩序、ですか?」
「ええ。困っている人は助けるべき、怪我をしている人には手を貸すべき。ショーンくんは、そういったものを基準に行動しているように見えます」
この世の中、秩序を乱す者は多い。村を襲う魔物もそうだし、人間同士でも犯罪が横行している。
「他人がどうあれ、秩序を重んじることは善いことだと思うので。俺はそのようにしています」
「もちろん秩序を重んじるのは善いことです。でも善いことが何かは分かっていても、感情が邪魔をしてそれを行なえないことって多いと思うんです」
「そうですかね?」
「人間とはそういう生き物だと思います。感情をどれだけ理性で抑え込めるかの程度の違いはありますが。ですから、ショーンくんは相当理性が強いんでしょうね」
ふと横を見ると、魔王リディアは話に飽きたのか、お茶に立った茶柱を指で弄っていた。