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道場訓 最終話   すべての決着の果てに

「キース……どうしてお前がこんなところに」


「いるんだ、ってか?」


 ケラケラと笑う声は間違いなくキース・マクマホン本人だ。


「まあ、そんなことはどうでもいいじゃねえか……それよりも少し話をしようぜ」


 などと言われて「はい、そうですか」と答えられるわけがない。


 俺は警戒心を露わにすると、後ろにいたエミリアも身構えたことが気配でわかった。


 さすがは俺の弟子である。


 キースから放たれてくる不穏な気配を明確に察知したのだろう。


 そんな俺たちを見てキースはため息を吐く。


「おいおい、連れないな。確かに俺はお前にひどいことをしてパーティーから追放した。それは俺も反省している。だが、こうやってお前と腹を割って話せるようになったんだ。どうだ? 今までのことは水に流してまたパーティーを組もうぜ」


「悪いが、ご免こうむる」


 俺はきっぱりと断った。


「どうしてだ?」


「どうしても何もない。こんな状況でお前と腹を割って話すどころか、今はお前が本当に人間なのかも怪しんでいる。さっきはリング上で和服姿だったのに、どうして今では俺たちがパーティーを組んでいた冒険者のときの格好をしている?」


 それだけじゃない、と俺は早口でまくしたてた。


「そもそも、こんなところでお前は一体何をしている? 答えろ、キース」


 俺はずいっと1歩だけ前に踏み出した。


 もちろん、全身に〈気力アニマ〉をまとわせて臨戦態勢を取ることも忘れない。


「…………」


 しばらく無言を貫いていたキースだったが、やがて「ふん」と鼻息を荒げた。


「やっぱり、お前は変わらねえな。相も変わらずにムカつく野郎だ。大人しく俺の口車に乗ってくれれば楽に殺してやったのに」


 くくく、とキースは告白した笑みを浮かべた。


 同時にキースの全身からは、漆黒の陽炎のような〝気〟が放たれてくる。


 それは妖気と言い換えてもよかっただろう。


 邪悪をさらに煮詰めたような妖気が、物理的な圧力となって襲いかかってくる。


「キース……魔に堕ちたか!」


 俺が叫ぶや否や、キースは地面を蹴って突進してきた。


「ハッハーッ! おい、ケンシン! お前もこっち側に来ようぜ!」


 キースは地面を強く蹴って、俺の間合いに容赦なく踏み込んできた。


 それだけではない。


 キースは風を切り裂くような鋭い左ジャブを放ってくる。


 俺は驚きと同時に、自分の顔面に飛んできたジャブに対応した。


 右手の掌でジャブを外側に捌いたのだ。


 だが、キースの攻撃は終わらない。


 キースは流れるような動きで今度はローキックを繰り出してきた。


 俺は反射的に太ももを上げてローキックをガードしようとする。


 ところがキースのほうが一枚上手だった。


 キースは俺の反応を見た瞬間、軸足をさらに返してローキックからミドルキックへと攻撃を変化させたのだ。


 体重の乗ったキースの蹴りが、俺の脇腹へと深々と突き刺さる。


「ぐうッ!」


 内臓を掻き乱される強烈な一撃だった。


 金属の棒で殴られたような衝撃が脇腹から全身に広がり、俺は痛烈なうめき声を漏らす。


 俺は度肝を抜かれた。


 間違いなく、キースの格闘能力が飛躍的に向上している。


 動きや体重移動のスムーズさは熟練者のそれだ。


 興が乗ってきたのか、キースは嬉しそうな笑みのまま追撃してきた。


 烈風のような勢いのジャブ、ストレート、前蹴り、ローキックなど様々な技が俺に矢のように放たれてくる。


 もちろん、そんな怒涛の攻撃を受けるわけにはいかない。


 俺はキースの攻撃を防ぎ、または捌いていく。


 五秒ほど攻防が続いたときだろうか。


 俺がキースのミドルキックを腕でしっかりと防いだあと、キースは大きく舌打ちしながら再び蹴りを繰り出してきた。


 渾身の左のハイキックだ。


 キースのハイキックは素人には不可視の速度で、俺の側頭部に目掛けて半円を描いて飛んでくる。


 ――ここだ!


 俺はハイキックの軌道を完全に読み、筋肉を固めた右腕で防御した。


 骨にまで浸透するほどの重い衝撃に顔を歪めたが、俺は防御と同時にキースのズボンの生地を左手で掴んでいた。


 俺はキースのズボンを掴んだ状態を維持し、ハイキックを防御した右手でキースの左足を巻き込んで地面に倒そうとしたのだ。


 しかし――。


「通じねえよ!」


 キースの身体は軟体生物のような柔らかさに変貌していた。


 そのため足を巻き込んで倒せなかったのだ。


「オラアアアアアアアアア」


 一方、キースのほうはそんな俺に対して特殊な技を繰り出してくる。


 軟体生物のような肉体を使っての攻撃だ。


 その攻撃によって俺は腹部にパンチを放たれ、ガードする暇もなく数メートルも吹き飛ばされた。


 ――強い


 率直な感想だった。


 今のキースは以前のキースとは別人――いや、別の生物になっている。


「残念だけど、俺の本領はここからだぜ」


 そう言うとキースは大きく息を吸い込み始めた。


 すると身体全体が風船のように大きく膨らんでいく。


 最初は倍ぐらいになったが、やがて十数倍に膨れ上がり、しかもその身体を徐々に天井のほうへと飛翔させていったのだ。


「ようやく準備が整いましたね」


 そこに般若面の男が現れた。


「そうやな。これでOKや」


 加えてカムイも現れた。


「さあ、魔神の誕生です」


 般若面の男とカムイは人間離れした跳躍を見せると、巨大な球体となったキースに向かっていく。


 そして2人はキースに密着すると、何やら呪文を唱えて大爆発した。


 その衝撃によって黒煙がリング全体を包み、強震と見間違うほどの揺れを発生させた。


 やがて爆発の衝撃がおさまったとき、俺は目を瞠った。


 ちょうどそのとき、俺とエミリアの後方から「師匠!」とキキョウが現われ、続いて三戦を使ってこの場所に転移してきたのかリゼッタが現れた。


 そうして弟子たち3人と俺はキースたちのほうを見た。


「すげえ、これが戦魔大陸にいる生物の力か」


 キースたちはどういうわけか3人で合体し、一個の生物に変化していた。


 その姿はヤマト国に伝わる伝説の魔人――阿修羅を彷彿とさせる。


 マズイ、あんな奴を野放しにしたらこの国は亡ぶ。


 それは空手家としての俺と勘だった。


 ならば、やることは1つである。


 俺は三戦の呼吸で〈気力〉を極限まで溜めたあと、弟子たちに【神の武道場】内に緊急避難しろと命じた。


 最初は困惑していたが、俺の本気度を見て納得したのだろう。


 3人はそれぞれが出した【神の武道場】を発動して異次元の道場内へ消えていく。


 一方、阿修羅となったキースたちは俺を完全に標的と捉えたようだ。


「さあ、ケンシン! この力でグチャグチャにしてやるよ!」


 その言葉だけでわかる。


 今のキースは完全に魔に堕ちている。


 そしてその破壊と殺戮衝動は俺を殺したあとも治まることはないだろう。


 確実にこの王国に住むすべての人間たちに向くはず。


 だとしたら、俺がここで倒さなくてはならない。


 俺はキースをにらみながら、両足を開いて腰を深く落とした。


 右拳をわきにまで引き、空いていた左手で右拳をつつむような形を取る。


 直後、俺は再び息吹いぶきの呼吸法を行った。


 それだけではない。


 全身を包んでいた気力アニマを右拳に集中させるイメージを高める。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――…………。


 俺が気力アニマを練り上げていくごとに、悲鳴を上げるように地響じひびきがっていく。


 やがて俺の右拳が朝日のようにまばゆく光り輝き出す。


 そして俺は練り上げた気力アニマとともに、キースに向かってその場での右正拳突みぎせいけんづきを繰り出した。


「〈天覇てんは神遠拳しんとうけん〉!」


 俺の右拳からは黄金色の巨大な奔流ほんりゅうき上がり、上空にいたキースへと向かって飛んでいく。


 俺の〈天覇てんは神遠拳しんとうけん〉はキースに直撃した。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」


 巨大な悲鳴を上げながら木っ端みじんになったキースを見つめると、俺は全身を覆い尽くしていた気力アニマを静かに解いて息を漏らした。


 これでこの国は救われた。


 そうして俺は背中からどっと倒れた。




 こののち俺はエミリア、キキョウ、リゼッタを連れてヤマト国へと帰り、大勢の他の弟子たちも集めて「闘神流空手道場・拳心館」の名を轟かせた。


 やがて他の弟子たちもそれなりに育ち、道場経営が他人に任せられるほど軌道に乗ったとき、俺は3人の高弟であるエミリア、キキョウ、リゼッタを連れて戦魔大陸へと渡った。


 だが、それはまた別のお話――。




〈了〉




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