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CASE 5 廃墟の街へ。 ‐聖像と子供- 1


「廃墟巡りしているとさあ。もっとも腹立つ事の一つが、ゴミ捨てていく奴らなんだよ。空き缶とか弁当箱とかさあ。本当に怒りが湧いてくる。それから、ラクガキする奴。大体、センスが無いから、もう最低なんだよ」

 デス・ウィングは、珍しく憤慨していた。


「お前でも、普通の事で、普通に怒る事ってあるんだな」

 セルジュは、風で飛ばされそうな、孔雀(クジャク)のように羽飾りがふんだんにあしらわれた帽子を押さえながら、トングで捨てられたゴミを、ビニール袋に入れているデス・ウィングの姿を見て物珍しそうな顔で眺めていた。


「廃墟の景観はなあ。住んでいた人間達の生活の営みが垣間見えるから美しいんだよな。それ一つが美術品なんだよ。本当に、ゴミとかラクガキとか止めてくれって思うんだよ」

 彼女は忌々しそうに言う。


「ああ。そうだ、廃墟で思い出した」

「なんだ?」

「レイスって女の事、覚えているか? 赤ずきん、レイス・ブリンク」

「……………、欠損収集者の、イカれた女か」

「そうだ。そいつと、地図を渡すから、そこに向かってくれないか? 廃墟、なんだが」

「まあ、いいけどさ。それなりに報酬出せよな」

「勿論」


 しばらく、デス・ウィングとセルジュは、廃墟を一巡りしたように、その場所を後にする。デス・ウィングは念入りに楽しそうに、廃墟の写真をスマートフォンのカメラ機能で撮影していた。


 枯れ木が並んでいる。

 吹き抜ける風は、どことなく酷く不気味だ。


 この辺りは、完全に無人の場所だった。


 此処は、高濃度放射線が今も放出されている、石棺封印されている原子炉の周辺だった。

 半径十数キロ以内には人間が絶対に近付いてはいけない場所だった。

 最後に、視認出来る距離にあった原子炉を撮影すると、デス・ウィングはとても満足そうにしながら、その場所を後にした。


 彼女達も、この危険区域でわざわざ観光に来て弁当を食べる人間達も、頭のどこかのネジが外れていた。



 戦争跡地だった。

 今は無人なのだが、近くに、少し前まで使われていた収容所まであるらしい。

 そこでは、敵兵を捕まえて、陰惨な拷問が行われていたらしい。


 デス・ウィングは、絶滅収容所の土地物件も持っているらしい。いずれは、この辺りの土地の一部も買い取りたいらしいが。此処もまた、かなりの危険区域だった。


「地雷原の溜まり場ねえ……」

 セルジュは面倒臭そうに屈伸運動を繰り返す。

 しかし、……戦場跡地は廃墟と呼ぶのか? ……そもそも、地雷原がある場所は廃墟と呼ぶのか? セルジュは真剣に首を傾げていた。


 彼の隣にいた赤いフードに、赤いマントの女は、地図と依頼内容をまじまじと眺めていた。

「で、私達は、そこで”あるモノ”を回収すればいいわけね?」

 そう言いながら、彼女は辺りを見渡す。


 砲弾の痕が、壁などに痕跡を残していた。

 今も、何処かに兵隊の残党が隠れているとも聞かされている。

 どう考えても、人間が生活していた無人の廃墟でも何でもなく、今も戦闘が続いている、紛争地帯だった。


「そこら辺に軍服着た骸骨とか転がっているそうだぜ。夜になると、近隣住民が並んで歩く、兵隊の幽霊とか見るんだとよ」


 彼らの背後には、ジープが駐車されていた。


「お客さん達………、俺っちが行けるのは、此処までだけど。……チップはいいかな?」

「あー、今、渡す」

 セルジュは、人間の皮で作ったバッグの中から、この辺りで使われている紙幣を、ジープを運転していた髭だらけの男に渡す。

「帰り道はどうするんだね?」

「歩いて帰る」

 セルジュは面倒臭そうに告げる。


「もう一度、言うけど、どんな怪我しても知らねぇよ?」

 そう言いながら、男はジープを運転して、元来た道へと引き返していく。


 しばらくして。

 男は何かを踏んでしまったらしく、粉微塵になって爆裂した。

「なんだ? ありゃ?」

「戻る道を微妙に間違えていた。どうやら、もう地雷原の中にいるみたいね」

 レイスは腕組みしながら、そう解説する。


 ジープは燃え盛り、中の男は叫び声を上げながら、見る見るうちに真っ黒な焼死体へと変わっていく。最期に彼は助けを呼ぶ言葉と共に、この辺りで信仰されているらしい神への祈りを奉げていた。


 セルジュとレイスは、お互いの顔を見合わせて、首をひねった。

 …………、もう既に、地雷原の中なのだ。

 注意して歩かなければ、あの男みたいになる。


 二人は、脚下に注意を払いながら歩き続ける事にした。


 瓦礫の途中を歩いている最中、レイスは奇妙なものを見つけたみたいだった。

「セルジュ。なんか、アヒルとか、カエルの玩具が転がっている。あれはカモシカかしら? カラフルなのね」

「それ、まさに地雷だからな。好奇心で触る子供をぶち殺す為に作られているらしいぜ。子供以外でも、引っ掛かる奴いるらしいが」

「そう。勉強になるわ。でも、可愛いから持っていきたい……」

「持っていくんなら、スイッチを押さないようにしろよ。人肌の熱に反応する奴だったら、遠くに投げ捨てろよな」

 彼は、地面の配色に同化しているタイプのものに気を付けながら、ゆっくり歩みを進める。


「なんで、子供を殺すのかしら?」

「色々な理由があるだろうが。少年兵なら、引っ掛かるかもしれないと思っているからかもな」

「少年兵?」

 レイスは首を傾げる。

「軍人だと、少年兵が一番、危ないらしいぜ。交渉も出来ないらしいんだ。奴ら、一番、人殺すの何とも思ってないんだとさ」

「へぇ。子供がねぇ」

「会ったら、真っ先に首落とすぞ。面倒だ」

 そう言いながら、セルジュは、地面に転がっている大量の薬莢を眺めていた。機関銃の弾だ。近くには孔だらけになった、ヘルメットを被った頭蓋骨も転がっている。

「いねぇとは思うけど、スナイパーがいたら探してくれ。遠くから隠れて狙ってくる奴の弾丸は避けるのが面倒だ。更に、此処は、好きに地面を歩けねぇしな」

「そうねぇ。でも、…………、私を狙っている者達が、代わりに喰い殺してくれるんじゃないかなぁ?」

 赤ずきん、レイスの背後には、無数の何者かがいた。

 彼らは、彼女の命を狙っている。

 自分達以外で、彼女を殺そうとする者を、容赦なく喰い殺すらしい。

 だが、それは人間の場合だ。

 地雷の場合は、彼女に取り憑いた者達は助けてくれそうにない。


「ねえぇ。セルジュ」

「なんだよ?」

「格好いい靴。履いているわね。ゴテゴテした鋲付きで、シックで美しい。もう少し、ボロボロだったら、私も同じようなのを付けたいわ……」

 彼女は、少し陰気な顔で言う。おそらく、彼女の中では軽口の類なのだろう。

「これから、ボロボロになるかもな。脚ごとかもしれねぇが。お前は編んだ木靴を履いているんだな? 脚、危なくないか?」

「私なら、……大丈夫。ほら、私は身に付けているものは、基本、縫っているから。何度も、何度も…………」

 少し、会話のキャッチ・ボールが出来ていなかった。

 初めて会った時から、レイスは会話が苦手そうだった。

 ただ、彼女は自らの生い立ちや、物事の考え方を話す時は、妙に饒舌になる。


「セルジュ。あそこ……」

 彼女は、指を差す。

「なんだ?」

「民家らしきものが見えるわ」

「危険だが、行ってみるか」

 二人は、数キロ先に見える民家を目指して歩き出す。

 途中、有刺鉄線が幾つもあった。

 二人は、跳躍して、それらを乗り越えていく。



「おおっ! 貴方達は神の使いですなっ! 数日前、予言の言葉を星から貰いました。異国の服を纏った神の使いが現れるとっ! 貴方達がまさにそれですなっ!」


 最初に入る家を間違えたのかもしれない。

 老人は少しイカれていた。

 彼もマトモが通じなかった。


「わしは二十年程前まで、強制収容所にて、男達から沢山、菊の門に男の精を入れられました。収容所内だと、みな性欲に飢えているのです。だから、華奢で少し端正な顔をした、わしは男達からはけ口にされました。そして、わしは収容所内で自らの身体を売る男娼になりました。彼らはつねに看守達によって抑圧されている為に、より下の人間が欲しいんですな。外に出た後、わしは似たような境遇であり、女装者の若者に会いました。”彼女”は紅を塗り、この辺りで男達に身体を売っていました。夢は豊胸手術をする事だと言っておりましたっ!」

 老人は、熱心に身の上話を聞かせる。


 レイスは、それを面白げに聞いていた。


 セルジュは面倒臭そうな顔をしながら、家の中を探っていた。

 天井には、蛇を漬けた酒があった。

 何かの肉も干してある。


 マトモな食事にありつけると良いのだが……。


「聖像の回収。それが、今回の俺達の目的だ」

 セルジュは、老人に告げる。


「依頼人は、頭の無い金箔を塗った聖像を回収したいとの事だ。この辺りで襲撃された僧院に飾ってあったものだが、そこは砲弾の前に破壊されたらしいな。だが、その聖像は戦利品として、敵兵達に持ち運ばれたらしいが。爺さん、それは知っているか?」


「ああ。MA国の兵士達ですなぁ。彼らは本当に恐ろしかった。我々の前で公開処刑を行い、僧院を焼き払いました。わしが収容所を出た後の出来事でした」

「そうか。詳しい事は知ってそうだな。どれだけ知っているか?」

「そうですな。…………。ただ、詳しい事は、他の村人が知っているかもしれません。それより、お二方、お食事でもどうです?」


 老人はサボテンのステーキを二人に出す。

 レイスは、美味しそうにそれを口にしていた。

 セルジュは、水だけ貰う事にした。


「此処から、三百メートル程、離れた場所で。戦車の残骸を家にしている二人の子供がいます。彼らは玩具型地雷の火薬を抜いて、キャッチ・ボールもします」

 そう言って老人は笑った。


「あれか。主砲が物干し竿に使われていた戦車か。住んでいるのは子供なんだな」

 セルジュは、窓の外を見て感慨深そうな顔をする。

「ええ、彼らは地雷原にもよく遊びに行きます」

「たくましいな」

 セルジュは鼻を鳴らす。



「あたしはシャリー」

「僕はポポ」

 ボロボロの服を着ている、二人の子供は楽しそうに笑った。

 十歳くらいの子供だ。

 彼らは姉弟みたいだった。

 そして、双子らしかった。

 シャリーは、髪飾りに、火薬を抜いたと思われる、ジャッカル型の玩具型地雷を使っていた。ポポは腰から、手榴弾(パイナップル)をぶら下げていた。


「僕達の家に来なよ」

「いいわよ」

 魔女(レイス)は嬉しそうだった。


 二人は戦車のコクピットの中へと入る。

 そこは、見事に改装されていた。


 丸型の地雷を食器として再利用としていた。

 銃器(カラシニコフ)を洋服のハンガーに使っていた。

 兵士のヘルメットを米を炊く為の、飯盒(はんごう)にしていた。


「お前ら、すげぇな…………」

 セルジュは、素直に驚愕する。


「処で頭の無い金色の聖像を知らないか?」

 セルジュは訊ねる。


「ああ。それね」

「バルティレース少佐が持っているんじゃないかなあ?」

「戦利品っ! 戦利品っ!」

 二人の子供は、楽しそうに笑う。


「どんな奴だ?」

 セルジュは訊ねる。


「此処から、十数キロ離れた×街にあるスラムで、今は駐屯兵達を仕切っているわ」

「顔にタトゥーがある。ヨロイトカゲのタトゥー」

「超能力者だって言われているのっ! そして、口にダイナマイトを入れてお腹の中で爆発させる芸を、みんなに披露しているの」

「彼の手下のヨゼ・ゴーブは、不純物の混ぜ物が入ったクスリを売りさばく。この辺りの村人も、ヨゼから買って、随分、ヤク中になった。そして、ヨゼも超能力者らしいよ」

「でも、ヨゼの方の力は分からないのよね」

「それを言ったら、少佐の超能力の正体も分からないよっ!」

 双子は、とても楽しそうに笑い転げる。


 セルジュは少し頭を抱えた。

 ……また、歩くのかよ。

 脚が痛い。

 レイスは、子供達の武器を改造した玩具や家具を熱心に見て、喜んでいるみたいだった。この辺りは、壊れたものを改造し直している。欠損したものを再生させている……、魔女(レイス)にとっては居心地が良いのだろう。


「あら? あれはお人形さん?」

 レイスは、コクピットの中に吊るされているドレスを着た人形を指差す。

 その人形には、頭が無かった。

 他にも、この辺りの服や、民族衣装を着た頭の無い人形が吊るされている。

「あれは……?」

 レイスは歓喜に満ちた、震え声で双子に訊ねる。


「お人形さん。ジモーズの模造品よ」

「ジモーズは神様の事だよ。お姉さん達」

 双子は、きゃきゃっと笑う。

 レイスは、とても興味深そうな顔になる。


「この辺りで信仰されている神様、ジモーズには頭が無いの」

「だから、頭の無いお人形さんは、聖なる証」

 双子は、丁寧に説明してくれた。


「幾らでなら、売れる? 私、一つ欲しいわ」

”欠損収集者”である、魔女レイスにとって、欠けた人体を持つ神の信仰は、とても興味深いみたいだった。

 双子は、値段を言う。

 レイスは紙幣を取り出して、渡す。


 頭の無い、ズタボロのドレスを着た人形の腰に紐を付けて、早速、レイスは自らの服へと括り付けていた。セルジュはそれを見て、この女を理解するのは一生、無理かもしれないなあ、と考え始めた。


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