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信仰とは一体、何なのだろうか?
セルジュは、聖書と仏教の文化しか知らない。
この辺りにあった村の一部の者達は、ある種の妄執に取り憑かれていた。
この土地特有の奇病なのだろう。
それは”神と性交渉、性行為”をして、神の力を得たいという妄執(パラノイア)だった。
ジモーズは、男神であり、女神でもあった。
両性具有とも言われている。
そして、奇妙な変態性欲を満たす為に、ある商売を考えた下品な娼館の経営者がいた。その者は、大量の性器付きの人形を造り始めた。妄執に取り憑かれた者達の為に……、イイ商売になったらしい。
男は、頭の無い人間大の女神の像(ラブ・ドール)と性行為をしていたそうだ。
女は、頭の無い人間大の男神の像(ラブ・ドール)と性行為をしていたそうだ。
余りにも、眼に余った司祭達は、彼らを追放した。
そして、彼らは力を得たのだと聞く…………。
双子は、この辺りを”冒涜の坂道”と呼ばれていると教えてくれた。
そして、実際、坂の手前には立て札が立っており、この坂にいる者達がどのような事を行ったのかが記されていた。
坂道の途中に、無数の人々がいた。
ジモーズの像と性行為をした者達だ。
彼らは、神の裁きを受けたのか、廃人にされて坂道の途中で、ぼろ布に包まれながら、物乞いを行っていた。彼らの何名かは、食事の最中だった。草や木の皮を熱心に喰っている。新聞紙や服、靴を食べている者もいた。
「レイス。聖なるものに欲情する変態な性癖があるらしいぜ? 教会や神社のような神聖な場所で、性行為をしたくなる性癖があるらしいな」
「…………、ふふっ。でも、本当に、これは凄まじいわねえ」
二人は、坂道を登る。
物乞い達は、憐れみを乞う眼で坂を登る二人に手を伸ばそうとする。
セルジュは蔑みに満ちた瞳で、手を伸ばす彼らの腕を踏み付ける。物乞いは悲鳴を上げた、よく見ると女だった。
更に彼らの手足を見ると、罪状などが墨でタトゥーとして手足や、顔に彫られていた。彼ら、彼女達は、どのように神を冒涜したのか、全身にタトゥーとして刻まれているみたいだった。彼ら、彼女達は、空腹からなのか、狂気からなのか、自らの指先をがつがつ喰っている者達もいるみたいだった。指の先が欠損している者達もいた。
冒涜の坂道を登り終えた後、ボロボロの建造物が並んでいた。
坂道は、おそらくは”見せしめ”なのだろう。
この地の神を零落させる為に、ひたすらに貶める為に。
銃器を持っている者達が何名かいた。
少佐の部下達なのだろう。
セルジュは単刀直入に告げる。
「あのな。バルティレース少佐に伝えてくれ。黄金のジモーズの像を寄越せってな」
そう言って、セルジュは中指を立てて、軍人達を挑発する。
軍人達は、二人に向けて自動小銃の矛を向ける。
セルジュは露骨に挑発していた。
先に、発砲させてやりたい。
これで”正当性”を作るつもりだった。
しばらくして、建物の奥から一人の人物が現れる。
白い肌に、カーキ色の軍服を着ている丸刈りの男だった。坊主頭の上に、ちょこんと軍帽が乗っている。
頬に、トカゲのタトゥーが彫られている。
「わたしが、バルティレースだ。黄金のジモーズは、わたしの戦利品だ。だが、どうだろう? 交渉次第では譲ってもいいし、売ってもいい。物々交換でもいいだろう」
そう言いながら、少佐は噛んでいるチューインガムを膨らませる。
セルジュは、ファック・サインを止めると、ゴシック・ロリィタ服の左袖の解けた紐を結び、右肩に付いたリボンのズレを直していく。
そして、帽子を取り、軽く会釈する。
レイスの方も、真っ赤なマントの紐を結び直し、フリルの多い、パニエのように膨らんだスカートの砂埃をはたき落とす。
「はじめまして、バルティレース少佐。俺はセルジュって言う」
「私はレイスと言います。少佐、この度はご無礼を失礼いたしますわ」
訪問者二人は、友好的な態度へと変わる。
「では、わたしに付いてきてください。お願いします」
少佐の方も、自身の曲がったネクタイを直すと帽子を取って会釈した。
†
「そうですか……。あの双子にお会いしましたか…………」
バルティレースは、軍事施設の中を二人の訪問者に案内する。
「シャリーとポポの二人は、かなりの危険人物です。元少年兵であり、傭兵でもあります。我々は、あの二人は刺激しないようにしている」
「あんたもとんだ災難だったな。まあ、俺達は、黄金のジモーズさえ手に入ればいい。俺達だって、ビジネスでやっている。どっちの味方でもねぇんだ。どっちが正義かも知らねぇえし、関係も無ぇしな」
「ええ、話しが早くて助かります。あの村は、もう村と呼べない程に、ちりじりになっていますが。危険な宗教を崇めています」
少佐は、ある部屋へと二人を案内する。
そこには、ガラスケースに入れられた大量の乾燥した薬草だった。
「これは」
セルジュは、唸る。
「はい。お察しの通り、全てドラッグです。あの村の住民達は、神ジモーズの名の下に、危険薬物を広めていました。大麻どころではない、相当な幻覚作用のあるものです」
「お前達の国は、奴らの抱えている油田をぶん取りたくて、侵略戦争をしていたとも聞いているがな」
「…………、それも認めます。それは我々の国の政治家や企業の目的ですね。けれども、わたしは、また違います。彼らは危険薬物をあらゆる国に、輸出しようとした。そして、我々の国にも、多くの中毒患者が出ました」
「つまり、神ジモーズは。……ドラッグの象徴……」
「ええ、そうです」
セルジュとレイスは、顔を見合わせる。
デス・ウィングを通しての、依頼人。
黄金の像の奪還したい者。
少佐は、部屋の奥にあるケースを開ける。
中からは、頭の無い金色の像が出てきた。
その姿は、巨大な乳房があり、背中には何本もの蛇の尾があった。僧衣を身に付けている。
「黄金のジモーズ。僧院で祀られていたものです。我々が僧侶達…………、麻薬斡旋者達を殺戮しました。これは戦利品ではなく、押収品なのです」
「ふん。どうだっていい。俺達はビジネスで此処に来ている。それを持ち帰る事が出来ればそれでいい」
「そうですか。分かりました」
少佐は、にこやかに笑った。
「わたしの故郷にも、神がいます。神は運命を委ねます。このような解決不能な争いが為される場合は、正統な決闘を行えと。貴方達が、わたし達の代表者を倒す事が出来れば、黄金のジモーズは渡しましょう」
少佐の顔は、少し厳粛になる。
「ああ、いいぜ。それがてっとり早い。正直、お前らは会話が通じない可能性も考慮して、全員、一人残らず皆殺しにして、品物を奪う事も考えていたがな」
セルジュは、難なく、そのような事を述べる。
「ええ、貴方達の平和的な解決方法に感謝いたします。……ところで、神ジモーズに頭が無い理由はご存知ですか?」
「なにかしら?」
レイスが興味を持ち、口を挟む。
「人間に余計な知性はいらない事の象徴だ、そうですよ。そういう教義なのだそうです。我々には理解出来ない」
そう言うと、バルティレース少佐は、二人を闘技場へと案内する。
†
ヌガヴァーヴァ中尉は縫合愛好者だった。
幼少期の頃から、自らの指と指を針と糸で縫ったりしていた。自らの唇や鼻の穴を縫い合わせるのも頻繁に行っていた。それがどうしようもない程に快感だったらしい。やがて、彼は軍人になった後、尋問と称して、人間の人体にネズミの死体や、カンガルーの死体を縫い付けたりした。拷問と称して、対象の右腕を切断した後、他の人間の左足を切断面に縫合した。大量の眼球を背中に縫合したりした。処刑と称して、犠牲者の首と手足にガソリンをしみ込ませたゴムタイヤをはめて炎で焼いて、犠牲者の首と手足を熱でどろどろに溶けたゴムタイヤと癒着させて、ゴムと人間を“縫合”した。
彼は巨漢であり、背中に、無数の手足を縫い付けていた。
それは、彼にとって大事な大事な戦利品なのだろう。……手足は腐敗を始めていたが……。
ヨゼ・ゴーブは精神科医として派遣された。
そして、この地の発狂した村人達に向精神薬を配っていたが、途中から、それをタダの不純薬物と認識した村人から怒りを買い、石を投げられ、ノイローゼになり、次第に自身が鬱病を発症し始めた。彼は自らの向精神薬が正しい事を証明したくて、何度も、自らの薬で薬の過剰服薬である、所謂、オーバー・ドーズを行うようになった。その過程で、彼は異様な力に目覚めた。彼はオーバー・ドーズを行う為に、全身の筋力が強化されるようになった。
彼は這いつくばりながら、自らの薬を飲み始めていた。
二人の剣闘士は、西の門から現れる。
そして、東の門から、セルジュとレイスが現れる。
防弾ガラスに包まれる中、駐屯兵達は熱狂の叫びを上げていた。ポップコーンをほうばる者達までいる。コーラやソーダ、ホット・ドッグやフライドポテトを売っている、売り子の姿まであった。
「では、試合開始っ!」
中央にいる、軍服を着た審判は旗を下ろす。
ヌガヴァーヴァの背中の腐敗した、手足は伸びて、まるで蜘蛛のようにセルジュへと襲い掛かる。セルジュはドレスの埃を払っていた。
蜘蛛男は、全身の腕で、セルジュがいた場所の付近に攻撃を撃ち込んでいた。
小さなクレーターのようなものが、地面に生まれる。
セルジュは、背後に跳躍していた。
ヌガヴァーヴァも跳躍して、セルジュの方へと向かう。
セルジュの背中が、ぴったりと、闘技場の防弾ガラスへと張り付く。
ガラスの中には、鏡のように、蜘蛛男の全身が映っていた。
「さて、お前は、その、面倒だ」
次の瞬間。
セルジュは、肘で防弾ガラスを叩き割る。
すると。
ガラスに映ったヌガヴァーヴァの姿が割れるように、実際のヌガヴァーヴァの全身も粉々に砕け散る。
セルジュは、悠然と着地する。
「くくっ。俺はこの力を『映し鏡』と呼んでいる。鏡に姿を映した者は、俺が鏡を割ると、同じように砕け散るんだ」
勝負は、二十秒にも満たなかった。
セルジュは、粉微塵の死体を一瞥すると、レイスの方へと向く。
レイスへ向かって、野獣のような動きをする精神科医が襲い掛かる。
彼が筋力強化の際に、もっとも鍛えたものの一つは、胃袋だった。彼の胃の中から、アサルト・ライフルが現れて、目の前の赤ずきんへと照準を当てる。
弾丸が何発も撃ち込まれる。
レイスの肩の辺りに、弾丸がかする。
真っ赤な。
真っ赤な血が、闘技場中に撒き散っていく。
それは、異常な量の血液だった。
「あら? 私のマントに攻撃したのね?」
レイスは、嬉しそうだった。
ぱしゃり。
ヨゼ・ゴーブは、何かを全身に浴びせられる。
レイスが持っていたのは、赤ワインだった。
「なにぃ、をぉぉおおぉお?」
狂った精神科医は訊ねる。
「”彼ら”が食べやすいように。聖餐式に相応しいように」
レイスの唇が歪む。
次の瞬間。
レイスの立っていた影から、無数の狼の頭が現れる。
そして、ヨゼ・ゴーブの腕を、脚を腹を、顔を、次々と喰い千切っていく。
「駄目よ。私を殺そうとしては。この人達が、この狼達が、私を殺したがっているの。他の連中に、私を渡さないってね。だから、私を殺そうとしたらね? 彼らに恨まれるの」
レイスは両手を広げて、踊る。
まるで何かに祈るように、踊る。
ヨゼ・ゴーブは、ただの肉の塊と化して、地面に横たわっていた。
魔女(レイス)は、まだ生きている肉塊を見下ろす。
「まだ、欠損が足りない……。足りないわ。もっと、欠損していると、可愛いかなあぁ」
彼女はそう呟く。
そして。
レイスは、懐から、ケーキ用のナイフとフォークを取り出す。
そして、手足の動かないヨゼ・ゴーブの皮膚を、肉を、骨を、臓器を、それらの金属で少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、エグリ、削り取っていく。指が切断される。鼻が削がれる。剥き出しの肋骨が折られる。頭蓋骨に孔が開けられ、脳が掻き混ぜられる…………。
観客達と…………、セルジュは、口を開いたまま、魔女の狂態をただただ眺めていた。
「もういいかな?」
何か、童謡のような歌を歌いながら、返り血と人体の脂塗れになったレイスはセルジュの下へと向かう。
彼女の犠牲者となった、哀れな男は、未だ息をしているみたいだった。
レイスは、スキップをしていた。
「さてと」
セルジュは、控室にいた少佐の顔を優しげに見る。
「金色の聖像、渡してくれるよな?」
レイスも、優しげな顔をしていた。
「ああ。持っていくといいよ、君達の勝ちだ……」
これは、…………ウチの兵隊全員を動員しても、絶対に勝てないだろうなあ……。少佐は、そんな蒼ざめ切った顔をしていた。