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第5話 ありのままをさらけ出せ!

『最高の歌詞を考えてくるよ』


 ……とか言ってしまった、ナルシストな自分を殴りたい。


「やばい。全然思いつかねー……」


 正確に言えば、いくつか思いついてはいる。


 でも、どれもピンと来ない。曲のイメージに合いそうな歌詞は思いつくが、肝心の「俺らしい歌詞」がよくわからないのだ。


 そのせいか、思いつくフレーズが薄っぺらく感じてしまう。どれも渾身のデキじゃない。曲を邪魔しないような、当たり障りのない歌詞ばかりだ。


「俺らしい歌詞ってなんだ……?」


 自分を客観視できれば書けるだろうが、そう上手くはいかない。自己表現が苦手な俺はなおさらだ。なんだか履歴書の自己PR欄を書かされている気分になる。


 根暗な曲には根暗な人を……陽葵はそう言った。


 根暗な歌詞を書けばいいのか?

 だが、俺の暗い気持ちを聞いて誰が喜ぶ?

 言いたいことも言えない男の自分語り……そんな曲が聞き手の胸に届くのか?


 ……歌詞でさえ自己主張ができず、うんざりする。


「はぁ……どうしよう」


 明日、陽葵に歌詞を見てもらうことになっている。このまま白紙で出すわけにもいかないぞ?


「とりあえず、書いてみるか……」


 俺は絞り出したフレーズをノートに書き留めて、強引に繋げていくのだった。



 ◆



 翌日を迎えた。


 放課後、俺と陽葵はファミレスにやってきた。由依も呼んだのだが、どうやら私用があって来られないらしい。


 陽葵と向かい合って座った。テーブルの上には、ドリンクの他にノートが置かれている。昨晩、必死に考えた歌詞が書かれたノートだ。


「おおー! 歌詞、できたんだね! さすが!」

「ああ。とりあえず、読んでみてくれ。陽葵の意見を聞かせてほしい」


 俺は付箋の貼ってあるページを開き、陽葵に差し出した。


「ありがとう。では、早速……」


 陽葵が真剣な顔つきでノートを読み始めた。


 俺たちの間に会話はない。重たい沈黙が流れている。


 緊張感があって落ち着かないな……まるで判決を待つ被告人の気分だ。


 しばらくして、陽葵がノートを閉じる。


「歌詞、どうだった?」

「うーん……まだまだ足りないかな」

「というと?」

「悪い歌詞じゃないんだけど、気持ちが乗ってないよね。無難な表現に逃げてる感じがする。三崎くんのパッションはこんなもんじゃないでしょ? もっと心をむき出しにしないと。熱さと暗さが共生しているような、そういう歌詞を書いてほしいな」


 ……意外と鋭いな。完全に見抜かれてしまった。


「陽葵の指摘はごもっともだ。でも俺、自分の気持ちを伝えるの苦手だし……」

「そうかな? 三崎くんならできると思うけど」

「それ、由依にも言われた。何か根拠でもあるの?」

「ロックンローラーだから……というのはどうでしょう?」


 陽葵は首を傾げて尋ねた。いや俺に聞かれても困るから。


「はぁ……やっぱり俺に歌詞は無理だよ」

「もう。一回ボツされたくらいで弱気にならないの。もっと前向きな気持ちで、後ろ向きな歌詞を考えてみようよ」

「ややこしいな……難しいこと言わないでくれよ」


 誰もが陽葵みたいなに前向きになれるわけじゃないんだっての。


 普通じゃないよ。理不尽な運命に抗って、真っ直ぐ生きられるなんて。俺だったら世間を呪うね。世界中のみんなが平等に不幸になれば、自分は可哀そうじゃなくなるから。


 ……そこまで捻くれた思想を持つのは俺くらいだろうけど、やはり前を向ける陽葵は強いと思う。


 わからない。

 どうして君は輝いていられる?


 どうすれば……俺は君みたいに輝けるんだ?


「あのさ、陽葵……ごめん。やっぱいい」

「なに? 言いかけてキャンセルされると気になるんだけど」

「やめとくよ。その……幽霊病のことだから」

「気をつかわなくていいって。それより三崎くんが言いたいことを言おうよ。ね?」

「陽葵……わかった。じゃあ、聞いてもいいか?」


 こんなことを尋ねるなんて、性格が悪いヤツだと思われるかもしれない。


 でも、どうしても知りたいんだ。

 空町陽葵が、強くいられるその理由を。


「気を悪くしたらごめん……陽葵は病気のことがあるのに、なんでそんなにポジティブでいられるんだ?」


 勇気をだして質問したというのに、陽葵は特に気にせず笑っている。


「んー? だって、悔しいじゃん。同世代のみんながキラキラしてるのに、私だけ病気でキラキラできないの」

「キラキラ……?」

「うん。部活とか学校生活……いわゆる青春ってヤツ? あきらめたくないよね!」

「そっか……そういう青春すべてが陽葵の夢で、そこには音楽も含まれているわけだ」

「含まれるっていうか、それがメインだけどね。とりあえず、ライブに出演するのが今の夢かな」

「その夢が叶ったら?」

「もちろん、もっと大きな夢を見つけるよ。メジャーデビューとかどう?」

「でっかい夢だ」

「そうそう! 夢はでっかくないとね!」


 にししっ、と笑う陽葵はやっぱり眩しかった。


 幽霊病だからといって、青春をあきらめたくない……その考えが陽葵の原動力なんだな。


「じゃあ、今度は私が質問しちゃおうかな。その、言いたくなかったらいいんだけど……」

「俺も失礼なことを聞いたんだ。なんでも答えるから遠慮しないでいいよ」

「わかった……三崎くんはさ、どうして対人関係が苦手なの?」

「えっ?」

「友達がいなかったり、自分の気持ちを伝えるのが苦手だったり……ほら。君のクラスの意地悪な男の子いるじゃん。あの金髪くん、誰だっけ?」

「ゴリ……大沢ね」

「そう、大沢くん。彼にちょっかい出されても言い返さないし……どうして?」

「それは……」


 理由を伝えるべきだろうか。


 でも、もし俺の本音を話して、陽葵にドン引きされたら?


 ……まただ。また臆病になっている。こんなんじゃ、心をさらけ出した歌詞なんて一生思い浮かばない。


 何も言えずに黙っていると、陽葵はふっと笑った。


「もしよかったら、話してくれないかな? ちょっと気持ちが楽になるかもよ?」

「陽葵……?」

「私たち、もう仲間じゃん。仲間がどんな悩みを抱えていても、私はちゃんと受け止める。だから話して?」


 人に優しくされたのは、いつ以来だろう。人付き合いがなさすぎてわからない。ちょっと泣きそうだ。


 空町陽葵……ほんと不思議なヤツだよ。


 俺を脅迫してバンドに加入させたと思ったら、今度は心にまで踏み込んでくる。出会ってから今まで、ずっと陽葵のペースだ。


 普通なら迷惑で鬱陶しいと思うのに、俺は彼女に惹かれている。


 その理由は、憧れ。


 陽葵は俺が欲しくて仕方がない、本当の強さを持っている。


「……わかったよ。ちょっと長くなるけどいいか?」


 そう前置きすると、陽葵は黙ってうなずいた。


「中学の頃の話だ。前にも少し話したと思うけど、俺は軽音楽部に所属してバンドをやっていた」


 バンド名は『ビート・エアライン』……当時は最高にイケてるネーミングだと思っていたが、今思うとちょっとダサい。直訳すると『脈拍航空会社』だし。


「二年生の秋に、文化祭ライブで新曲やろうって話になってさ。ボーカルの子が当時流行っていた青春ソングをやりたいって言ったんだ。たしか、当時オリコン一位だった気がするけど……」

「あ、知ってるかも。『夢は必ず叶うから頑張ろう』みたいな曲だったよね?」

「たぶん、それだ。で、他のメンバーも乗り気だったんだけど、俺はやりたくなくて」

「ふぅん。三崎くんはどうしたの?」

「今ほどじゃないけど、当時から俺は引っ込み思案で、自己主張するタイプじゃなかった。でも、どうしてもその曲を演奏したくなかったんだよな。それでつい『流行の曲よりも、自分たちらしい暗い曲やろうぜ!』って言っちゃったんだよ」

「自分たちらしいってことは……メンバー全員、根暗なバンドだったんだね」

「それはほっとけ」


 ツッコミつつ、話を続ける。


「そしたら、ボーカルは俺の意見を却下してさ。無視して話を進めようとしたんだ。だから俺、頭きちゃって。ムキになって、自分が思っていることを全部伝えたんだ」

「おおっ。三崎くんにも熱い一面が……そのあとは?」

「ボーカルと大ゲンカだよ。ギターとドラムの子が止めてくれたんだけど、ギターも半ギレ状態だった。それで、とうとうギターが本音を言いだして……『三崎には協調性がない!』だの『空気が読めない三崎が悪い!』とか言われて……」

「はぁ!? 何それ!」


 突然、陽葵はテーブルを叩き、身を乗り出した。


「三崎くんは自分の意見を言っただけじゃん! 全然悪くないよ!」

「お、おう……ありがとな。でも、もう過去の話だ。ちょっと落ち着け」

「あっ……ごめん、つい」


 えへへ、と照れくさそうに笑う陽葵。俺のために怒ってくれたことが嬉しくて、自然と俺の頬も緩む。


「それで? バンドはどうなっちゃったの?」

「それぞれが自分のやりたい音楽を主張し始めて、全然話がまとまらなかったよ。結局、解散しちゃった。かっこつけて言えば、音楽性の違いってヤツかな」

「そうだったんだね……」

「誤解を生みそうだから言っておくけど、みんないいヤツだったよ。あいつらと過ごした時間は楽しかった。当時の俺は、陽葵の言う『青春』ってのを謳歌していたと思う」

「じゃあ、解散したくなかった?」

「ああ。でも、仕方ないさ。目指す方向が違う四人が集まっても、いい音楽はできない。俺たちはそのことをわかっていた。だから解散して、それぞれ違う道を進むことにしたんだ」

「……はぁ。上手くいかないね。青春ってヤツは」


 陽葵が盛大にため息をつく。


「その解散事件があってからかな。俺が自己主張するのを躊躇うようになったのは」

「えっ……もしかして、解散したこと、自分の責任だと思ってるの?」

「うん。俺が自分の意見を曲げなかったせいで、大事な人間関係が壊れちゃったから」

「そんなのおかしい! 音楽性の違いが原因じゃん! 誰が悪いとかじゃないよ!」

「ありがとう。俺もそう自分に言い聞かせているけど……解散の引き金を引いたのは俺だ。それは揺るがない事実だし、もっと言い方があったと思う。今でも後悔してるんだ」

「三崎くん……」

「悪い。重たいトラウマ話しちゃって」

「ううん、いいの。三崎くんのこと知れて嬉しい」


 陽葵は左右に首を振ったあと、微笑んだ。


「その話を聞いて、やっぱり新曲の歌詞は三崎くんに書いてほしいって思っちゃった」

「信頼してくれるのはありがたいんだけど……書ける自信がないよ」

「自信なんていらない。必要なのは勇気だよ」

「勇気……?」

「そう。本音を言う勇気」


 そう言って、陽葵は俺の顔を覗きこんだ。


「ねえ。三崎くんのやりたいことって何かな? 言いたいことでもいいよ。教えて?」

「えっ? なんだよ、急に」

「新曲の歌詞は、三崎くんの本当の気持ちを書いてほしい。やりたいこと、言いたいこと……私たちに全力でぶつけてみてくれないかな」

「全力で、ぶつける……?」

「君の胸の内にあるでしょ、誰にも見せられない、熱い想いがさ。怖がらずに言ってみなよ」


 どくん、と心臓が跳ねる。


 陽葵の言葉で、ようやく理解した。


 俺は新曲の歌詞が思い浮かばなかったんじゃない。思っていることを素直に書けないだけだったんだ。あの頃みたいに、仲間に本音をぶつけることが怖かったから。


 陽葵は笑顔を崩さない。優しい瞳で俺を見つめている。


「三崎くんの青春って何? 教えて?」


 陰キャぼっちに青春なんてないんだ。やりたくもないサポートメンバーのバイトをして、大嫌いなラブソングなんか弾いちゃってさ。「嫌だ」って自己主張なんてできず、下手くそな愛想笑いで誤魔化す日々。そんなの青春なんて呼べるかってんだ。


「三崎くんは、どんな自分になりたい?」


 なりたい自分なんて、いくらでも妄想したよ。何でも言い合える本当の仲間に囲まれて。負け犬みたいな自分を奮い立たせる曲を弾いて……自然と笑顔になれる自分になりたいんだ。


 陽葵には、もうとっくにバレている。俺が、本当の自分をさらけ出したいと思っていることを。


 でも、たったそれだけのことが、とても難しく感じるんだ。


 俺は陽葵から目を逸らさずに、なんとか唇を震わせる。


「俺の本音は、その……」

「言っちゃいなよ。目の前にいるのは幽霊なんだからさ。何を言っても、独り言と一緒じゃん。にししっ!」


 笑えない自虐ギャグで陽葵は笑った。


 君はいずれ幽霊みたいに消えていなくなってしまう。


 それなのに明るく前を向き、夢を追いかける。自分の気持ちに正直で、やりたいことをやってのける。


 そんな強い人に、俺はなりたいんだ。


 憧れの君の前では、もう逃げたくない。


「……俺は、こんな臆病な自分を変えたい」


 絞り出した声は小さかった。ダサすぎる。想いを伝えることが、そんなに怖いのか。


「三崎くん。言いたいこと、もっとあるでしょ?」

「……世の中、やりたくないことばっかりだ。サポートメンバーも、流行りのラブソングも、鬱陶しい人付き合いも、うんざりなんだよ」

「うん! そうだ、うんざりだ!」

「だけど……本当にうんざりしているのは、自己主張のできない弱虫な自分だ」

「おい! それでいいのか、三崎健!」

「よくないッ!」


 気づけば、陽葵に乗せられて大声を出していた。ふがいない自分に対する怒りが、ふつふつと湧いてくる。


「本当は言いたいこと言ってやりたい! サポートなんかやるかよって! 俺は何でも言い合える最高の仲間と、最高の音楽を奏でたいんだって!」

「言っていいんだよ! 私が許す! で、他には? 流行りのラブソングに物申すんでしょ?」

「ああ、言ってやるさ! 街中でラブソングなんか流すな! みんなそれ聞いて幸せそうな顔しやがって! 売れるために書かれた、中身スカスカの曲聞いて共感してんじゃねぇよ! あんなもん、失恋した男女の感情から共通項を抜き出しただけだろうが! 薄っぺらいわ!」

「そうだ、そうだ! あとは何? 鬱陶しい人付き合いだっけ?」

「そうだよ、ぜーんぶ面倒くせぇ! どうして本音を言ったらバンドが解散になるんだよ! 俺はお前らのこと、本音でぶつかれる仲間だって信じてたのに! だから、やりたい曲を言ったんだぞ!? 裏切るなよ! お前らも俺を信じてくれていたなら、ちゃんと正面からぶつかってくれよ! 一方的に俺を悪者にして、目の前からいなくなるなよ、ちくしょう!」


 馬鹿か、俺は。


 陽葵の口車に乗せられて、その気になって、ファミレスで叫んで。それで何が変わるというのか。


 頭ではそう理解しているのに、熱くなった心臓は止まらない。


 きっと馬鹿な頭のかわりに、心がわかっているのだ。


 今ここで本音を語れないようでは、この先ずっと変われないって。


「いいぞ、三崎くん! じゃあ、最後に言っちゃえ!」

「誰にだよ!?」

「決まってんでしょ! 自己主張のできない弱虫な自分にだ! ダサい自分をぶちのめせ!」

「俺は……言いたいことくらい言えるように……」

「聞こえない! ハッキリ言う!」

「陽葵みたいに、素直に気持ちを伝えられる人になりたい! どんな逆境でも笑顔で前を向ける強さがほしい!」

「わ、私?」

「えっ……あっ!」


 しまった。

 興奮しすぎて、つい陽葵のことを……!


「えっと……もしかして、三崎くんは私に憧れてる、とか?」

「それは……まあ、ちょっとだけ」

「そ、そっか……なんだか照れちゃうな。あはは……」

「す、すまん。ははは……」


 そして沈黙が訪れる。先ほどまで叫んでいたのが嘘みたいに静かだ。


 陽葵の頬は赤く染まっている。急に照れるなよ。俺だってめちゃくちゃ恥ずかしいんだからな?


 次第に俺の頬まで熱を帯びてきた。おいおい。この気まずい雰囲気、どうすればいいんだよ……。


 考えていると、女性店員がテーブル席にやってきた。


「お客様。他のお客様のご迷惑になりますので、大声での会話はお控えください」

「あっ! す、すみません!」


 俺が慌てて謝ると、陽葵は「ぷくく」と笑い声を漏らした。なんで俺だけ怒られているみたいになっているんだよ。お前も共犯だからな?


 店員が去った後、陽葵は腹を抱えて笑った。


「あははっ。三崎くん、怒られてやんのー」

「陽葵のせいだろ!」

「あ、また大声出してる」

「うぐっ……」


 押し黙ると、陽葵はまた笑った。ちくしょう。いつかぎゃふんと言わせてやる。


「あー、面白かった。で、どう? スッキリした?」


 笑い終えた陽葵はそう尋ねた。


「どうかな……でも、陽葵に本音を聞いてもらえてよかったかも」

「そっか。じゃあ、新曲の歌詞は書けそう?」

「新曲の歌詞……」


 今なら書ける。

 だって、仲間に本音で話せたのだから。


 もう迷わない。好きなもの。嫌いなもの。苦手な人。憧れている人。それらに対する魂の叫びを歌詞にすればいいんだ。根暗で陰キャな俺らしい『本音』でな。


「陽葵。悪いけど、二日くれ」

「え? それって……」

「ああ。今度こそ、俺の本音で綴った歌詞を書いてくる。また見てくれるか?」

「三崎くん……もちろんだよ!」


 俺たちは店員の目を気にしながら、遠慮がちにハイタッチした。コソコソしているのが可笑しくて、二人で静かに笑い合う。まるで悪巧みしている子どもみたいだ。


 長いこと忘れていた気がする。


 心を許せる仲間がそばにいてくれるだけで、自然と笑えるってことを。


 ははっ……どんだけ捻くれ陰キャなんだ、俺は。


 自分が滑稽に思えて、また笑うのだった。

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