あぁ死にたい。
死にてぇ死にてぇ死にてぇ。
毎日毎日そう思って空気を吸って吐くだけで気持ち悪くなって、酸欠で頭が痛くなる。
手首切っても死ねなかった。
首括っても紐が切れて死ねなかった。
薬酒で煽っても、車の前に飛び出しても死ねなかった。
でも、それでも俺はどうしても死にたくて、独りで生きていくのはあまりにもこの世界は明るすぎて。
ついに俺は高層ビルの屋上から身を投げた。
地面に届くまでものの数秒、十数秒すらかからない筈なのに何故かとても永く感じた。
今までよくしてくれた人たちや励ましてくれた人たちの顔が浮かばなかったかといえば嘘になる。
それでも当たり前のように後悔はなかった。
ゴシャリと自分の身体がひしゃげる音を聞いて俺はこの人生に幕を下ろした。
ああ、やっと、死ねた。
ぱちり、と目を開く。
ここは、何処だ?
目に写るのはただただ暗い、漆黒の世界。
俺は死んだんじゃないのか? やっと死ねたんじゃ…………
「死ねないよ」
あ? 誰だよこの声。
「君は、死ねない、そう簡単に死んではいけない」
だから誰なんだよ、お前には関係ないことだろう俺は死にたいんだ。
「ダメだよ、生きるんだ、君は、彼女の、彼らの分まで生きて幸せになるんだ」
てめぇは俺の何を知ってるってんだ不愉快だ話しかけんな。
俺は、そう怒鳴りたかったのに、それは声にはならなかった。
俺はそれ以上その誰の声とも分からない戯れ言を聞きたくはなかったのに。
だから耳を塞ぎたいのに肝心の手の感覚がなかった。
そもそもこの声が耳から入ってきているという感じもしない。
「全てを知ってるよ、だから、頑張って生きなさい」
声にならなくてもその誰かには俺の考えていることは全て筒抜けで、無駄に優しい声でそれだけ言われると、身体の感覚なんてないのに何か、暖かいものに包まれるような感覚に陥る。
ダメだ、まだ文句つけたいのに、また、意識が遠くなる。
くそっ、くそ、くそなんだってんだ一体。
俺はただ、あいつらと同じ場所に行きたかった、それだけなのに。
「あらっ、見てアレク! ヒューゴが起きたわー」
目を開くとまた、場所が変わった。
何処だ、ここは?
さっきと違ってちゃんと景色が見える。
天井、木目、上体を起こせば棚や机も目に移る。
ということは家の、中?
それにしてはあまりにも古くさい気がしないでもないが、いや、そもそも目の前のこの女は誰だ。
「おいヒューゴ、今日は洗礼の日だぞー、いつまで寝てるんだ」
いや、ヒューゴって誰だよ。
それにこのオッサンは誰だ一体。
今まで生きてきて、見たことすらない。
そもそもこの見た目日本人なのかすら怪しい。
「なんつー目をしてんだ、緊張するのはわかるがシャキッとしろ」
「痛ってぇ!」
オッサンに思い切り頭を叩かれて反射的に叫ぶ。
口から飛び出た声は、俺のものじゃなかった。
数十年も生きてきたオッサンの声じゃなくて、もっと、若々しいそれ。
あ、でも今ので少し思い出してきた。
こいつら俺の両親だ。
この世界での。
俺の名前はヒューゴ、今年で16になった。
この世界では成人の年齢。
そして成人すると洗礼を受けてスキルを授与される。
今日は、その日だ。
くそっ、せっかく死んだのになんだこれは。
生まれ変わったとでも言いたいのか。
んなラノベみたいな展開欠片も望んじゃいなかった。
せめて前世の記憶なんてこのままなければ何か違ったのになんで思い出した。
でも、きっと、思い出さないといけなかったんだ。
俺は一生その呪縛から解かれるべき人間ではないのだから。
「おいヒューゴ! 起きたならとっとと顔洗って準備してこい!」
「わ、わかった」
俺はオッサン、父親にせっつかれて慌てて準備を始めた。
「それではこれより授与式を行う、今年成人したのは7人、この先より良い未来を迎える為に――」
礼装に身を包んで司祭の前に7人並んで立つ。
どいつもこいつも知らない筈なのに見知った顔なのが妙に気持ち悪い。
くだらない司祭の長話は、校長のいつまでも続く長話に似てる。
つまりは眠くなるし話は頭に入ってこないし。
でもあくびなんてしたら後で親父にぶん殴られるから我慢する。
とりあえず、これが終わったら適当なところで死ぬか、なんて考えながら早く終われとそれだけを願う。
思い出す限りでは両親にも愛されて、友にも恵まれた。
決して悪い人生ではないが、それでも全てを思い出した今、その全てが俺には耐え難い苦痛なのだ。
だからもう一度死ぬ。
そして永遠の眠りを手に入れて見せる。
もう考えることも、苦しいなか息をすることも必要のない、そんな無を、俺は求める。
親父とお袋には悪いかもしれないが今はただただそれが心からの願いだ。
「ヒューゴ・パーキンス、前に」
名前を呼ばれて俺は一歩前に出る。
俺の額に司祭が手をかかげて祈ると大袈裟に目を見開いて後ずさった。
「お、お主に授けられたスキルは、アンデットだ……」
瞬間一気に周りがざわつきはじめる。
もちろん、悪い意味でだ。
十六年間の記憶を持っているからその理由は俺でも分かった。
アンデットとは簡単に言えば死なないというスキルだ。
そう、これから俺は不老不死。
どんだけ身体がばらばらになっても決して死ぬことのないスキル。
どんな病気にかかることもないスキル。
つまりは簡単に言ってしまえばほぼ化物みたいなもの。
アンデットというスキルを持っているものがとても少ないこともあり詳しいことも分かってはいない。
その異質差から世界では差別の対象になる。
生まれ変わってもこんな扱いなんてどれだけ俺は神に嫌われているのだろうか。
やっぱり人生ってのは、どうしようもないクソゲーだ。
洗礼が終わり祝いの宴が始まったが俺が居ては空気が穢れるということで閉め出されて、それからはただ近くの岩に腰かけて色々と考えていた。
この先のこと、これからのこと。
アンデットは死なない、つまり死ねない。
俺は死にたいのに、それをこのスキルが赦さない。
さらに言えば死ねない上に差別の対象だ。
前世といい今世といい俺が一体何をしたのか。
教えてほしいものだ、なぁ神様。
「ヒューゴ!」
一人自問自答していれば協会の扉がゆっくりと開いて親父とお袋が出てくる。
「お袋……ごめんな、俺こんな――」
「そんなことはどうだっていい、ついてこい」
俺は石から立ち上がって謝ろうとするがそれを親父が遮って強い力で腕を掴むと半ば引きずるように俺を引っ張って早足に歩きだした。
一度家に寄ると外で待っていろと言われてものの数分で大きい麻袋を持って父親は戻ってきた。
それからまたついてこいと言ってどこかへ向かって歩き出す。
それはあの宴の場の方面ではない。
やっぱりあれか、こんな化物みたいなスキルを授与されたから怒ってるのか。
思い出せば父も母も世間から見ても自分からしてもいい人だった。
それでも、きっと俺は……
「ヒューゴ、いいか良く聞け」
親父は村の出入口の門の前まで来るとその無駄に高い上背を屈めて俺と視線を合わせて口を開いた。
その目を、俺は以前に一度、見たことがあって、親父が何を言おうとしているのか頭のなかでは理解していてもそれを心は否定しようとしてくる。
そんなことが、あって良いわけがないと。
「さっきの宴の途中で決まったことだが、村から呪われた者が出たことは世間体が良くないとお前を協会の地下に幽閉することが決定した、だから俺達はお前を逃がす」
「……は?」
親父が口にしたのは深層心理では予想していたそれだった。
でも、何を言っているんだ。
「お前は死なない、でも一生閉じ込めるなんて死んだようなもんだ、アンデットは呪われたスキルかもしれないが、そんなことは関係ない、お前は俺達の息子だ、死んでなんてほしくない、だから、お前は今この村を出ろ、そして生きろ」
「こ、こんなことバレたら……」
村での決定を無視してこんなことしたら二人はどうなるんだ?
そんなに広いわけでもない小さい村だ。
村八分とか、そんなもんで済めばまだ良い。
でももし、俺を逃がした責任で二人が殺されでもしたら、また、俺のせいで大切な人を殺すことになる。
そんなこと、絶対にあってはいけないことだ。
だけど……
「そんなことは関係ない、俺達のことは気にするな、親ってのはそういうもんだ自分のガキの為ならどれだけだって馬鹿な行動を出来るもんだ、すまない、こんなことしか出来なくて」
「ごめんねヒューゴっ……」
「親父、お袋……」
謝りながら俺に縋るお袋。
険しい表情を浮かべた親父。
ああ、分かるよ、その気持ちは、よく分かる。
俺だって、あいつらの為ならなんだって出来た。
なんだって出来たのに、俺は何も出来なかった。
「分かったら行け! お前のスキルを知ってる人間のいないところまで逃げろ、そして頼む、強く、生きて幸せになってくれ」
遠くから怒声が聞こえてくる。
それに気づいた親父は持っていた麻袋を俺に押し付けると強く肩を押した。
その拍子に一歩、村の外に出る。
「もうバレてるか、足止めは俺達がする、早く行け!!」
そしてそのまま強い怒号に背中を押されて俺は走り出した。
決して振り返ることはなく。
この後あの二人がどうなるか、出来るだけ考えないようにただ足を前に動かした。
これは呪いだ。
アンデットのことじゃない。
前世も今世も皆が口を揃えて俺に言う。
生きろ、生きろと。
俺の気持ちなんて分からない癖に。
ああくそ、泣くなよ自分。
これから命と向き合わないといけないんだ。
アンデットとして死ねない命と、両親が命懸けで守ってくれた命と。
二人の気持ちを無駄には出来ない。
生きなきゃ、いけないんだから。