エルヴィーナ王女の、あの澄んだ青い瞳が、俺の黒い瞳を捉えた瞬間。
「貴方……あの時の……」
彼女の呟きが、王城の静かな廊下に響いた。俺は心臓が跳ね上がるのを感じた。
まさか、彼女が俺のことを覚えているとは。あの時、俺はただの一時的な救助者であり、顔を覚えられないよう、すぐにその場を離れたはずなのに。
俺は言葉が出なかった。隣に立つアシュレイ団長も、この状況に驚いたように、微かに目を見開いている。
「エルヴィーナ殿下、どちらへ?」
アシュレイ団長が、先に口を開いた。彼の声は、いつもの冷静さを保っていたが、どこか緊張しているように聞こえた。
エルヴィーナ王女は、アシュレイ団長の言葉には答えず、ただ静かに俺に近づき、その目を見つめていた。その瞳には、確かな記憶の色が宿っている。
「やはり、貴方ね。あの時、森で私を助けてくれたのは……。その、黒い瞳……」
彼女の言葉が、俺の心を揺さぶった。あの時の彼女は、恐怖で顔を歪ませ、ほとんど周囲を見ていなかったはずだ。なのに、俺の瞳の色を覚えていたとは。
【共感性】スキルが、強く反応する。エルヴィーナ王女の心の中に、あの時の恐怖と、そして助けられたことへの感謝が、鮮明に残っているのが伝わってくる。
彼女は、俺に対して、何の警戒心も抱いていない。むしろ、親愛のような感情すら感じた。
「エルヴィーナ殿下、お知り合いで?」
アシュレイ団長が、もう一度尋ねた。
エルヴィーナ王女は、そこでハッと我に返り、アシュレイ団長の方を向いた。
「アシュレイ団長。はい、私を助けてくださった方です。ですが……名前も、素性も存じ上げません」
彼女は、申し訳なさそうにそう言った。
「そうでしたか……。この者は、アルスと申します。先日、南の国境での魔物との戦で、多大なる功績を挙げました。本日、国王陛下にご挨拶いただくために、私が同行しております」
アシュレイ団長は、冷静に説明した。彼は、エルヴィーナ王女が俺の素性を知らないことを見て取り、それ以上の詮索はしなかった。
エルヴィーナ王女は、俺の方を向き直り、その瞳をキラキラと輝かせた。
「アルスさん……! そうでしたの! 貴方が、あのロックオーガを倒したのですね!」
彼女の声には、心からの感嘆と、俺に対する尊敬の念が込められていた。
まさか、彼女が俺の功績を知っているとは。戦場の話は、すでに王城まで届いているらしい。
「いえ、俺はただ……できることをしたまでです」
俺は照れくさく、そう答えた。モブがヒロインに尊敬されるなど、前世の俺には想像もできないことだ。
「いいえ! 貴方は、私の命の恩人です! そして、この国の英雄です! お礼を言わせてください。あの時は、怖くて、何も言えなくて……本当に、ありがとうございました!」
エルヴィーナ王女は、俺の手を両手でそっと包み込み、深々と頭を下げた。
その小さな手から伝わる温かさに、俺は動揺した。
前世では女性に触れる機会なんて無かった。
だが、今は向こうから触れてきている。
柔らかい手だと、素直にそう感じた。
「顔を上げて下さい、王女殿下」
俺は慌てて彼女の顔を上げるように伝える。王女にこんなことをされるなど、モブとして恐れ多い。
「貴方は……私のこと、覚えていますか?」
エルヴィーナ王女が、上目遣いで俺に尋ねた。その瞳は、まるで迷子の子供のように、不安げに揺れている。
【共感性】が、彼女の純粋な気持ちを伝える。彼女は、あの時の恐怖から、自分を救ってくれた「恩人」の存在を、心の拠り所のように大切に思っているようだ。
(……可愛い)
「はい。もちろん、覚えています」
俺は、彼女の目をしっかりと見て、答えた。
もう、彼女から隠れる必要はない。それに、この状況で彼女の気持ちを裏切るようなことはしたくなかった。
エルヴィーナ王女の顔に、ぱっと明るい笑顔が広がった。
その笑顔は、まるで花が咲いたかのように美しく、俺は思わず見とれてしまった。
(くっそ……なんでこんなに可愛いんだよ……)
この笑顔を、魔王の脅威から守らなければならない。俺の決意は、より一層強固になった。
「国王陛下がお待ちです、殿下」
その時、侍女がエルヴィーナ王女に声をかけた。
彼女は、残念そうな顔をしながらも、俺の手を離した。
「また、お話しさせてください、アルスさん! 貴方と、もっとお話ししたいです!」
エルヴィーナ王女は、そう言って、侍女と共に奥へと去っていった。
彼女の背中を見送りながら、俺は改めて、この世界の運命に深く関わることになったのだと実感した。
(……あの侍女め、俺と王女の時間を邪魔しやがって!許さん!)
いつの間にか俺は王女の事が気になっていた。
そして姿が遠のいていくと、
「……王女殿下は、あの時のことを、よほど気にされていたようだ」
アシュレイ団長が、静かに呟いた。彼の表情には、俺への理解と、そして諦めのようなものが混じっていた。
「さあ、国王陛下が、貴殿をお待ちだ」
アシュレイ団長はそう言うと、歩き出した。
俺は、エルヴィーナ王女の残した温もりが残る手を握りしめ、国王陛下が待つ謁見の間へと向かった。
国王陛下との謁見は、厳かな雰囲気の中で行われた。
国王陛下は、威厳のある老年の男性だった。俺の功績を称え、感謝の言葉を述べた後、今後の騎士団への協力を正式に要請してきた。
勿論俺は、承諾した。
物語に深く関わるなんてもう言ってる場合じゃない。俺は彼女のあの笑顔を守らなければ。
謁見を終えた後、俺はライオネルと共に、騎士団の詰め所に戻った。
ライオネルは、俺を祝福するかのように、肩を叩いた。
「これで、お前は正式に、騎士団の一員……いや、協力者となったわけだ。これからは、もっと忙しくなるぞ」
彼の言葉に、俺は頷いた。
これからの日々は、騎士団の任務に同行し、魔物との戦いに身を投じることになるだろう。
そして、その中で、この世界の真実をさらに深く探っていくことになる。
その夜、自室に戻った俺は、静かに自分のステータスを確認した。
【名前:アルス】
【種族:人間】
【職業:騎士団協力者(仮)】
【体力:7.5】
【魔力:7.5】
【筋力:7.5】
【敏捷:7.5】
【器用:7.5】
【知力:9.5】
【幸運:1.0】
【スキル】
毒物耐性 :3.0
サバイバル知識:3.5
薬草学 :3.5
ナイフ術 :3.5
モンスター生態学:4.5
魔力親和性 :3.0
魔法理論 :4.0
魔力操作 :4.0
ファイアボール:4.5
剣術 :5.0
体術 :3.0
危機察知 :1.5
交渉術 :1.0
速詠 :1.0
複合詠唱 :0.5
鑑定 :1.5
共感性 :1.0
【ユニーク能力:なし】
【幸運】が「1.0」に上昇していた。これは、エルヴィーナ王女との再会が影響したのだろうか。
そして、【共感性】も「1.0」に。ヒロインとの繋がりが、この未知のスキルをさらに成長させている。
「騎士団協力者(仮)」という職業も追加された。
モブだった俺が、ついにこの世界の組織に正式に組み込まれたのだ。
「……仮ってなんだよ。別に協力者でいいだろ」
これで、俺はもはや、傍観者ではいられなくなった。
次に待ち受ける試練とは。そして、ヒロインであるエルヴィーナ王女との関係は、どうなっていくのだろうか。
「……また会いたいな」
俺は静かに呟いた。