「よしッ」
スタッフルームとして使用している店の1部屋で、動きやすい服装に着替えた一ノ
毎週土曜日の予定は決まっている。1日かけて店で提供する料理の食材を仕入れるのだ。祖父から料理屋【月呼の
その1つが仕入れだった。普通の店であれば、馴染みの市場などで食材を買って来るのだろうが、月呼の庭では変わった所から食材を仕入れていた。
「耀華ぁ。居るぅ?」
一緒に仕入れを手伝ってくれる幼馴染の師岡もろおか碧依あおいの声が聞こえる。鍵が開いていれば適当に入ってきて良いと伝えてあるのだが、なにを遠慮しているのか必ず声をかけてから入ってくる。
「居るー」
大声で返事をすると碧依が店に入ってくるのがわかった。店内を突っ切り、奥にある廊下の先のタッフルームの扉を開ける。
「おはよぉ」
相変わらず朝に弱いらしく、眠たげな眼差しをした少女が立っていた。ただ、メイクや髪の仕上げは意地で完璧に終わらせている。
腰まである明るい色の髪は
碧依は所謂ギャルと呼ばれる人種であり、耀華とは真逆だった。
「メイクの時間を睡眠に回せば良いんじゃないか?」
あくびをしている碧依に言うと、彼女は呆れたような顔をした。
「耀華はメイクをしなさ過ぎなのよ。素材が良いんだから、もっと楽しみなさいよ」
「化粧なんて面倒だから最低限で良いんだよ」
心からの本音を告げる。実際あれやこれやと時間を費やすのは性分に合わず、黒髪は肩の長さで切りそろえて、申し訳程度の化粧で済ませているので、地味と評価されても仕方がない。
「まぁ本人が良いなら良いけど。……それで、今日は何処に仕入れに行くんだっけ?」
「マヌエサだな。ドラゴンの肉を仕入れに行く」
「ドラゴンかぁ、それならハンバーグがいいな」
「別にお前が食う訳じゃないだろ」
「賄まかないは出るでしょ」
この店、月呼の庭は普通の飲食店ではなかった。ドラゴンやクラーケンなどの地球では絶対に手に入らない異世界の食材を使って作る料理を提供する特殊な店だった。
先代店主の祖父が亡くなったのを期に、孫である耀華と幼馴染の碧依の2人が店を受け継いだ。始めは異世界に行くのも、食材を仕入れるのも一苦労していたが、今では難なくこなせている。
「マヌエサに行くならリンゴも買ってく?」
「あぁアレか」
異世界産の多分リンゴ。大きさは地球のリンゴの3倍だが、紅茶で煮込んむコンポートにすると甘味と香りが段違いに良くなる代物だった。
「ついでだし買ってくるか」
「オッケー。メモっとくわ」
そんな会話をしながら異世界に行く準備を進めていく。
スニーカーの紐を締め、身だしなみを整える。そして必需品であるブレスレットを手首にはめた。
「問題なければ、そろそろ行こうか」
耀華が聞くと、碧依は元気に頷いた。
「アタシは問題ないよ」
「じゃぁ行くか」
緩く気合を入れ、2人はスタッフルームの奥にある扉の前に立つ。そこは店に向かうための扉とは反対方向に備え付けられており、扉自体も木製で重厚な作りだった。
本来であれば鍵穴が存在している箇所にはダイヤルがついていて、耀華はそのダイヤルを04番にあわせる。
ガチャリとドアレバーを押し下げ手前に引く。重そうな音と共に軋みを上げる扉を力いっぱい引くと、一瞬だけ光が満ちる。
その光に向かって歩く2人。その後に残されたスタッフルームは静寂だけがあった。