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第9話 カレー2

「これで完璧ね」


 つい十数時間前まで死にかけていたとは思えないほど、肌艶の良い自分が鏡に映っていた。


 美容院で髪を切ってカラーリングをして、高いシャンプーと別料金のトリートメントまで施した結果、とんでもなくサラサラの髪が出来あがった。


 服だってハイブランドとは行かないまでも、そこそこの値段はするブティックで、堅苦しすぎず気張り過ぎていないが、しっかりと流行りを抑えた服を手に入れた。


 月呼の庭はカジュアルなレストランであり、ドレスコードは存在しないが私唯一のプライドが顔を出す。


「女の子から綺麗って言ってもらいたい」


 特にかわいい子なら最高だ。異性に言ってもらうのとはまた別の快感がある。


 そんな欲望を持ちながら、私は上機嫌で月呼の庭に足を運んだ。


 家から電車で3駅離れているだけなので、大した手間もなくたどり着く。


 腕時計を確認すると18時30分。店の開店は18時からなので問題ないはずだ。


 扉を開けると同時に少女の声が聞こえる。


「いらっしゃいませぇ」


 声の主はフリルが付いたウエイトレスの恰好をして、客としてやって来た私を笑顔で迎えてくれた。


「碧依ちゃん。今日も可愛いね」


 私は当然のように彼女を褒める。すると彼女も私の事を褒めてくれた。


「藤井さんの服も可愛いですよ。それ今流行ってるんですよね。私も欲しいけど、大人っぽ過ぎて似合わない気がするんですよねぇ」


「そんな事ないよ。碧依ちゃんだって似合うよ」


「そうですかねぇ。っていうか、髪もすごいツヤツヤですね」


 気付いて欲しいところを気付いてくれる嬉しさ。それだけで日々のストレスが一気に薄れて行く感じがする。


 そんな話をしていると、キッチンから1人の少女が顔を出した。


「碧依! 油売ってないで料理運んでくれ」


「ごめーん」


 文句を言って引っ込もうとした少女だったが、私と目が合うと営業スマイルをしてくれた。


「いらっしゃいませ。今日はカレーですよ」


 それだけ言うと、今度こそキッチンへと下がっていった。


「相変わらず耀華ちゃんも可愛いよね」


 碧依に比べれば多少は不愛想に見えるが、そこがまた可愛かった。


「もっとオシャレすればってこの前話してたんですけどね」


「そう? 今でも十分だと思うよ?」


 素材という持ち味を活かした、最低限のメイクは大人では絶対に出来ない技だと思う。


 それでも碧依ちゃんは、うーん。と唸りながらテーブル席に案内してくれた。


 椅子に座り、手書きで書かれているメニューを確認する。


「特製カレー。ご飯かナンかを選べるのね」


 呟きながらチラリと周りを見ると、割合的にはご飯が多いようだった。やはりカレーにはライスというのが定番なのだろう。


「私もご飯にしようかな」


 メニューにはチャイも書かれていた。たしかインドとかで飲まれているスパイスが利いたミルクティーだったはずだ。アイスかホットかを選べるらしい。

「アイスで飲んでみようかな」


 結論を出そうとした時、別のテーブルの客が注文をした。


「特製カレー、ルゥ多め。ライスとナン両方」


「はい、少々お待ちください」


 注文を受けた碧依がキッチンへと消えていく。


「そうか、両方か」


 思いつきもしない選択肢だった。確かにルゥを多めに頼めば、ライスとナン両方を楽しむことが出来るはず。


 そうと決まれば注文だ。


「碧依ちゃーん。注文お願ーい」


「はいはーい」


 やって来た彼女に注文をして一息を付く。


 落ち着いた店の雰囲気は心地よく、時間を忘れさせる。何もせず料理が来るまでボーっと過ごしていても苦ではなかった。


 だけど、本でも持ってくればよかったかもしれない。暇つぶしではなく、この雰囲気に合った本を読むという楽しさ。


 色々なことを考えていると、碧依ちゃんがカレーを持って現われた。


「お待たせしました。特製カレーのルゥ多め、ライスとナンとアイスチャイです」


 目の前に置かれた料理を見て、私は口をほころばせた。


「おいしそう」


 カレーライスと別皿にナン。そして透明なグラスに入ったチャイ。

「いただきます」


 私はスプーンですくって、カレーを口に運ぶ。最初に感じるのはスパイスだ。恐らく市販のルゥではない気がする。爽やかな甘味の中にも苦味や辛さがあり、市販のカレールゥよりも風味が強い気がした。


 そして肉も柔らかい。どのくらい煮込まれていたのか、肉も形を保ってはいるが、スプーンでほぐれるほどに柔らかい。普通のカレーならば作るの難しくないだろうが、このクオリティーと完成度は簡単に出せるものではないだろう。


 1口食べるごとにじんわりと汗がにじむ。身体を動かした時とは違う、体内の芯から燃えるような暑さが押し寄せてくる。


 その暑さを冷ますためにチャイが必要だった。


 カレーと同じようにスパイスがガツンと押し寄せてくる。クセが強く、ミルクティーなのにショウガのような辛さが舌に広がった。


 チャイを飲んで思ったのは、アイスでよかったという事。ホットだったら余計に汗をかいていたはずだ。


 口の暑さが引いたところで、もう一度カレーを食べる。 


「この肉って牛なのかな?」


 とても柔らかいが繊維が強く、噛み応えがある。味もしっかりとしていながらも脂もくどくないサッパリとした肉。


 カレーと見事にマッチしていて、食べていて飽きない味だ。


 次はナンをカレーに付けて食べてみると、これもまた美味しい。ご飯とは違う小麦の風味とカレーの相性が抜群に合っている。


 ナンの少し焦げたところは食感がパリパリになっていて、そこも美味しい。米かナンかの甲乙など付けられるはずもなく、無心でカレーを食べた。


 そして最後の1口を食べてから、アイスチャイで身体の火照りを沈める。


「あー美味しかった。ごちそうさまでした」


 自分を落ち着かせるように大きく深呼吸をする。


 本当に美味しいカレーだった。複雑なスパイスの香りと、よく煮込まれた野菜と肉が最高だった。特に柔らかく旨味のある牛肉。……牛肉? そこで私の中で疑問が沸いてきた。


 アレは牛肉だったのだろうか?


 確かに牛肉だと言われば牛肉に思えるが、違うと言われれば納得できる感じだった。


 そこでふと思い出した。


「そう言えば、常連の人がドラゴンの肉とかって言ってたわね」


 以前、唐揚げを食べていたときにも何の肉か分からない時があった。鶏のような気もするが牛のような気がしていて首をかしげていたら、隣に座っていた昔からの常連だという男性が、それはドラゴンの肉だよと言っていた。


「だいぶお酒も入ってたみたいだし、適当な冗談よね」


 地球にドラゴンなど存在しない。存在しない肉を提供することなどできるはずない。ましてやドラゴンが居たとしてどうやって倒すのか。ゲームに出てくるドラゴンのように魔法で倒すのか? 誰が? 碧依ちゃんと耀華ちゃんが魔法少女だったら可愛くて良いな。


 2人がキラキラの衣装をまとって戦う姿が思い浮かんで思わず笑みがこぼれる。


「――――ッ。これだッ」


 魔法が使える女子高生2人が戦うバトル漫画。今まで悩んでいたのが嘘のように設定が思い浮かぶので、忘れないようにスマートフォンにその言葉を打ち込んでいった。


 どのくらいの時間が経ったのか、全てをメモし終えた時には疲労感がある。


「これで次の漫画をかける」


 椅子の背もたれに寄り掛かって天を仰いだ。


「終わりました?」


 突然声をかけられ、私は驚いて声の方を向くと、碧依ちゃんが目の前に立っていた。


「なんかすごい集中してましたね」


 彼女は微笑みながら、私の食べ終わった食器を下げ始めた。


「あ、ごめんね」


 私の作業を邪魔しないように、食器を下げるのを待っていてくれたのだと理解し謝罪した。


「大丈夫ですよ。それよりもソレ、新しい漫画のアイディアですか?」


 興味ありげな眼差しをしている彼女だったが、ネタを見せるわけにもいかないし、何よりもモデルである本人に見られたくない。


「そうなんだけどね。まだ完全に出来あがったわけじゃないから内緒」


「えー、ちょっとだけでも教えてくださいよぉ」


 ダメだよと繰り返しながら、手早く会計を済ませる。


「また来るから。じゃあね」


 それだけを言い残して、名残惜しいが私は足早に月呼の庭を出た。

 後ろから、遊んでんなッ。っと耀華ちゃんの声が聞こえる。


 再び電車に乗り、作業場を兼任している自宅に戻ってきた。着ていた服を脱ぎ散らかしてジャージに着替え、綺麗に手入れをしてくれた髪をヘアゴムで1つにまとめる。


 またあの店で彼女たちに会い、あの料理を食べるためには稼がなければならない。せっかくいいアイデアも浮かんだのだから、熱が冷めてしまう前に形にしてしまおう。


「よし、やるかッ!」


 こうして私の戦いは始まった。

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