俺とメリーナは、工場をぐるりと周るように走っていく。
銃を持った男たちも追いかけてくるが、まだ距離はある。
これだけ離れていれば、銃を撃ったところで――。
パンッ! パンッ! パンッ!
銃弾の一発が俺の頬をかすめた。
「くっ……今のはちょっとヤバかったな」
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってやつか。
俺はちらりとメリーナの様子を窺う。
「大丈夫だったか?」
「いまのは平気! でも、このまま逃げ続けるのは無理よ。反撃しましょう。わたしが突撃するから、ライはサポートして!」
「ダメだ! いったん作戦を練り直す」
元々は、敵に気づかれる前に奇襲するつもりだったのだ。
しかし状況が変わったからには、当初の作戦は使えない。
この場合、何より優先するべきはメリーナの身の安全だ。
俺がそう考えていると、耳の奥から声が聞こえてくる。
『マナはメリーナさんに賛成です』
「アイマナ、冗談はやめろ。敵の配置もわかってないんだぞ」
『敵の現在地は把握しています。魔導武器を装備した人間が、建物の外に10人、中に10人です』
「思ってた以上に多いな……。それなら、なおさら慎重にいくべきだ」
『でも、カリーニ・ロックが逃亡しようとしてます』
「それを先に言え! 奴の現在地は?」
『センパイたちのいる場所からちょうど倉庫を挟んだ反対側ですね。車に乗り込もうとしてます』
倉庫を周っていたら間に合わないか? くそっ、今日は使わずに済むと思っていたのに――。
俺はメリーナの身体を抱き上げる。
「きゃっ! こんな状況で? わたし、まだ心の準備が――」
「黙ってろ。舌を噛むぞ!」
【
足元から竜巻のような突風が吹き上がる。
その風に乗り、俺とメリーナは、あっという間に夜空に舞い上がった。
遥か下の方に、倉庫の建物が小さく見える。
「――きゃああぁぁぁ! なになに? 魔法? ライのやつ?」
「ああ、そうだ。落ち着け。……と、あそこだ!」
俺は眼下を見渡し、倉庫から少し離れた位置に4台の車が停まっているのを確認した。
そこへ向かって走る一団も丸見えだ。
「メリーナ! 前に使った、光を放つ魔法を使ってくれ!」
「えぇ!? ちょっと待って! わたしはライみたいに、すぐには使えないんだからね……」
そう言いつつも、メリーナは剣を構えた。そして俺に抱えられたままの体勢で、彼女は集中に入る。
しなやかにまとまっていた彼女の髪が少しずつふくらみ始め、身体を覆う光も大きくなり――。
ん? なんか、これ……まずくないか?
バチバチィッ!
気づいた時には、放電の音が聞こえていた。
と同時に、俺の全身を電流が駆け巡る。
「――ッ!!」
声すら出ない。身体が痺れる。
そうか……メリーナ、魔法を使う時は必ずこの状態になるのか。
で、触ると痺れるわけか……。
身体から力が抜けていく……。
「えっ!? きゃああああぁぁぁぁぁ! 落ちてる! 落ちてるわよおおおおぉぉぉぉ!」
魔法を維持しておくことができなかったんだから、しかたない。
それにしても、まずい。このままだと地面に激突だ――。
【
ぶつかる寸前、俺は気力を振り絞って魔法を発動した。
柔らかな風が俺とメリーナを包み込み、そっと地面に下ろしてくれる。
「うぅ……きゅうぅ……」
しかしメリーナは、相変わらず俺の腕の中で両目を閉じ、身を縮こまらせていた。まともに声も出せない様子だ。
まあ、見たところ怪我はしてないようだし、その点は良かった。
問題は、落下地点を選べなかったことくらいか。
「何者だ!? 無礼だぞ! 私が誰だかわかっているのか!」
すぐ目の前にいる人物が、怒鳴りつけてくる。
倉庫から漏れる明かりが、その小太りのシルエットと、狡猾そうな中年男の顔を浮かび上がらせていた。
この男が議員の<カリーニ・ロック>だ。
「どうした! まずは名乗れ! お前がどこの組織の者か知らないが、私に手を出すつもりなら、それ相応の処分が下る覚悟をしておけよ!」
ロックが矢継ぎ早に怒鳴ってくる。どうやら自分の悪事を指摘される前に、逆ギレで誤魔化すつもりらしい。
一方、彼を取り囲む武装兵たちは、人が降ってきたことに面食らったのか、動きが止まっていた。
とはいえ、ここで対応を間違えれば、俺たちは銃弾の雨を浴びることになるだろう。
さて、どうしたものか。
こうなってしまったら、もはや魔法を控える意味もないが――。
そう思った瞬間、俺は違和感を覚え、とっさに目をつぶった。
「【
いきなりメリーナの魔法が発動した。
「「「ぎゃああああぁぁぁぁ!」」」
ロックと、武装兵たちの叫び声がこだまする。
この至近距離で、太陽が爆発したみたいな光を見てしまったのだ。当分、視界は戻らないだろう。
俺は一瞬早く魔力を感知し、目をつぶったので被害は免れたが……。
「ライ! 大丈夫だった!?」
メリーナの声が聞こえてくる。声の調子から察するに、かなり慌てている様子だ。
「ああ。結構ギリギリだったけどな。もう目を開けても平気か?」
「うん、魔法は解除したから……」
目を開けると、辺りは元の薄暗さに戻っていた。
メリーナは、息が重なるくらいの距離で、俺の顔を覗き込んでいる。
彼女の表情を見る限り、かなり心配しているようだった。なので、俺はちゃんと言ってやる。
「俺は本当に大丈夫だ。なんともない」
「でも……ごめんなさい。魔法の発動を途中で止められなくて……」
「謝ることじゃないさ。俺が頼んだことだ。それに、結果的にちょうどいいタイミングになったよ」
俺はそう言い、横に視線を向けた。
すぐ側では、議員のロックと、護衛の武装兵たちが苦しそうに身悶えている。
とりあえず、こいつらを拘束しておくか。
◆◆◆
俺は、ロックと、護衛の武装兵たちを縄で縛り上げた。
ただ、これで全員ではないはずだ。
残りはどこかに隠れているのか?
俺はそのことについて、無線の向こうに確認してみることにした。
「アイマナ、残りの護衛はどこにいるんだ? それと、取引相手も見当たらない」
『センパイ……それどころじゃなさそうです』
珍しくアイマナの声が深刻だ。
ということは、本当にまずいパターンか……。
ふと俺は気配を感じ、夜空を見上げる。
そこに、一台の車が飛んでいた。<
そして車の中から、一人の男が出てくる。
男は水色のローブを身にまとい、キザったらしい嫌みな笑みを浮かべていた。