「なぜあなたのような方が、そんな男と一緒に……」
スネイルが尋ねてくる。その表情を見る限り、だいぶ混乱している様子だ。
悪い夢でも見ているといった感じか。
まあ、俺も似たような気分ではあるが。
「わたしがライと一緒にいるのは、こい――」
メリーナが言いかけたところで、俺は両手で彼女の口を塞いだ。
すると、それを見ていたスネイルが、俺に対して激しい怒鳴り声を上げる。
「何をしている! お前のような平民が王族に触れるなど、あってはならない! 極刑に値する行為だぞ!」
そんな法律はなかったような気がするが、まあ貴族様の価値観では、それくらいの重大事なんだろう。
俺はメリーナから手を離す。
と、なぜか彼女は顔を真っ赤にしていた。
「その……わたし、いまライの手に口づけを――」
「やめろ」
俺はメリーナの言葉を遮った。
おかげで、またスネイルの怒鳴り声を聞くはめになった。
「誰に向かって口を聞いている! お前は本来、王族の視界に入ることさえ許されないのだぞ! 早く離れろ!」
こいつ……いつの時代を生きてるんだ?
そう言ってやりたいところだが、俺も事を荒立てるつもりはなかった。
奴の言う通り、俺はメリーナから少し距離を取る。
だが――。
「そういうのは、やめてほしい……」
メリーナがぴったりくっついてくる。
そのせいで、スネイルの怒りがどんどん激しくなっていく。
「お前ええぇぇッッ! 腐れ探偵ッッ! 殺されたいのかッ! お前のような腐ったゴミのような人間は、メリーナ・サンダーブロンド様のような高貴な方に近づくなと言ってるだろがッ!!」
裏返ったキンキン声で、スネイルが叫ぶ。その声を聞いてたら、俺はだんだん頭が痛くなってきた。
もう面倒くさいから、このバカをぶっ飛ばして、知らん顔して逃げようかな……。
ただ、そうなるとマトリは地の底まで追ってくるだろう……。
というか、メリーナの正体がバレた以上、こっちとしても、このまま奴を帰すわけにはいかないんだよな……。
俺はそんなことを、頭の中でグルグルと考えていた。
そんな時、ふいに耳の奥から声が聞こえてくる。
『マナに名案があります』
その言葉に、俺は反射的に応えてしまう。
「黙ってろ」
この時、不運なことに俺の視線はスネイルの顔に向けられていた。
おかげで盛大に勘違いされてしまった。
「誰に言ってるッ! お前は、王族を軽んじただけでなく、この私にまで……第一類貴族の私まで侮辱する気かッ!!」
その言い方だと、王族より自分のほうが偉くなってないか?
という疑問はともかくとして、かなりまずい状況になってきた。
「この身の程知らずが……」
スネイルは、今にも魔法で攻撃してきそうな雰囲気でつぶやいていた。
正直、この男の錯乱ぶりを見ているのは面白かったが、実際に被害を被るのは勘弁だ。
ひとまず奴を落ち着かせようか。
「…………」
どうやって?
この興奮しきった高慢な男を落ち着かせる方法が、俺には全くわからない。
「この腐った生ゴミ野郎が。死ぬよりも辛い拷問を与え続けてやる。お前は、生まれてきたことを永遠に後悔するのだ!」
スネイルは怨念のこもった声で、一方的に語りかけてくる。
「殺してやる……殺してやる……必ず殺してやるからな……」
やがてスネイルは、ブツブツと呪いの言葉を繰り返すようになっていた。
そして、殺意のこもった目で俺を見すえながら、少しずつ近づいてくる。
どんな魔獣と対峙するよりも恐ろしい状況だ。
俺は身構え、スネイルの接近に備えた。
その時、突然メリーナが俺の前に進み出てくる。
「それ以上、ライを侮辱しないで」
メリーナがそう声をかけると、スネイルの目に正気の色が戻ってくる。
それでも奴は、俺を貶めることに余念がない。
「サンダーブロンド様? 何故に? そこにいる男は平民なのです。あなたと言葉を交わすことさえ許されない卑しい人間なのですよ?」
「ライはわたしの大切な人よ!」
メリーナが高らかに宣言する。
今度は口を塞ぐ暇もなかった。
「そんな……」
スネイルが、力なくその場に崩れ落ちる。
よほどショックだったのか、その目は虚空を見つめていた。
とりあえず俺は、奴の顔の前で手を振ってみる。だが、なんの反応もない。もはや俺のことを認識すらできていない様子だ。
次にメリーナは、ロックのほうに顔を向ける。
すると、小太りの議員は、目にも止まらぬ速さで地面に這いつくばった。そして額を地面にこすりつけ、弁解を始める。
「こ、これは失礼をいたしました! まさかまさか第三
ロックは王権党の議員だけあって、王族に対する従属っぷりが凄まじい。一応はこの国の運営を担っている一人だというのに、ここまでするのか。
俺でもちょっと引いてしまった。
もちろん、メリーナはドン引きだったようだ。
「えっと……なんでそんなことするの? 顔を上げて。別にわたしは、そんな態度をとってほしいわけじゃないんだけど」
「いいえ! 私ごとき一議員が、継王家の方と目を見て話すなど、言語道断であります!」
ロックがさらにへりくだる。思想的にはスネイルと仲良くなれそうだ。
と思ったが、恐らくこの男には、もっと打算的な考えがあるようだ。
「この私、カリーニ・ロックは、常に王権を支持し、十三継王家による世界の統一を目指しております。そのためになら、この命など惜しいとは思いません。メリーナ・サンダーブロンド様におかれましても、何かご用命がございましたら、ぜひ私をお使いください!」
ロックの続け様の言葉は、演説じみていた。それも、かなり言い慣れている。
ただし内容は、民衆ではなく王族に対してのものだ。この男が、どうやって今の地位を手に入れたのか、実にわかりやすい。
恐らくロックは、メリーナとのコネを作って、さらに自分の地位を上げようとでも考えているのだろう。なかなか逞しい奴だ。
「残念ながら、あんたは牢屋行きだけどな」
俺は、地面にへばりついているロックに言ってやった。
すると、メリーナの時とは違い、ロックはすぐに顔をあげ、俺にくってかかってくる。
「小僧! 誰に物を言ってる! お前ごときが私に意見するなど、あってはならないことだぞ! このクズが! お前のような無能のせいで私が苦労するんだ!」
ロックは面白いほどに俺を罵倒してくる。
まあ俺は何を言われようと、気にしないからいいけどさ。
ただ、メリーナは我慢ならなかったらしい。
「ライを侮辱するのは、やめてって言ってるでしょ!」
メリーナの言葉にハッとなり、再び地面に頭をこすりつけるロック。
「申し訳ございません! この若者の将来を心配するあまり、老婆心ながら言葉の扱い方を指導しておかねばという使命感に駆られ、わずかに厳しい言葉が出てしまった次第であります。しかし第三継王家の王女様がそのように仰るのであれば、私は以降、この若者に対して何も指導いたしませんので、何卒お許しください」
ロックが早口で捲し立てる。何を言いたいのか非常にわかりづらいが、要するに自分は悪くないって主張したいのだろう。
とはいえ、それは初めから無理な話だ。
俺はメリーナに目で合図する。
彼女は一度うなずいてから、ロックに言い渡した。
「カリーニ・ロック議員、あなたが
その最後通告により、ロックは沈黙してしまった。
権威主義な人物がゆえに、相手が王族では反論する気も起きなかったのだろう。
これで一件落着だ。
となれば、どんなに楽だっただろうか……。