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第2話

「俺のことを思い出したならいいですよね?」


「私、まだ藤堂さんに不信感しかな……」


「それはこれから挽回しますから。だから結婚しましょう。必ず幸せにしますから」


「だからの意味おかしくないですか!?」


 私がノーという前に話はどんどん進んでいき、私は今のアパートを引っ越すこととなった。


 『千夏さん好みの男になったから…だから千夏さんの前に現れたんです』って、藤堂さんは言ってたけど、私が専業主婦になっても養っていける仕事ってなんなの? 


 六年前はバイトどころか生きていくのもやっとなホームレスだったのに……。


 偶然、再会を果たしたものの、このまま流れに身を任せていいのだろうか。もしかして私、危険な人と結婚するんじゃ……。


◇  ◇  ◇


「今日からここが俺と千夏さんの家ですよ」


「タマワンの最上階って……」


 私が連れてこられたのは四十五階建てのタワーマンション。しかも最上階。保育士の私じゃ、一生かかっても住めない。


 最上階って家賃いくらするんだろう? 月百万とか? なんてことを考えていたら、


「ここが俺と千夏の愛の巣って思ったら俺、興奮してきちゃった」


「なっ……」


 後ろから抱きしめられた。嫌じゃない。けして嫌じゃないけど、今の発言はギリギリアウト。


「それよりも説明して。藤堂さん、貴方は一体何者なの?」


「そういえば説明してなかったね……」


 首を傾げ、何かを考えている藤堂さん。私を養えるくらいの仕事ってことはもしかして…と、裏の仕事だったり怪しいのを想像してしまった。藤堂さんに限って、それはないと信じたい。


「千夏さんはその……化粧品とか買ったりする?」


「え? う~ん。ここ二~三年は面倒になって夜のケアくらいしかしてない」


「そっか」


「?」


 そういうなり私の顔をジロジロ見ている藤堂さん。

 なに? もしかして肌荒れしてるとか? 


 異性に会わなすぎて油断してたけど、今は最低限のメイクもしてないし。せめて色付きリップくらいつけておくべきだったかな?


「千夏さんは六年前に出会った頃と変わらず、今も綺麗なままだよ」


「あ、ありがとうございます」


 褒められて思わず照れてしまった。私が考えてるのは杞憂だったと安堵の声を漏らす。


「ちなみに藤堂ブランドって聞いたことないかな?」


「有名ですよね。私の友人も使ってます。でもブランドだから私には買えなくて……」


「千夏さんになら無料でプレゼントするよ」


「へ!? 悪いですよ。って、なんで藤堂さんが持ってるんですか?」


 私は確証が持てなかったのか、我ながら馬鹿な質問をしてしまった。


「俺が藤堂ブランドの社長だから。これで質問の答えになるかな?」


「え? え?」


「名字で気付かれるかと思ってたんだけど、千夏さんは化粧品買わないって言ってたから。なら、俺のことも知らなくて当たり前だし」


「す、すみません!」


「なんで謝るの?」


「だって社長に触るなとか失礼な態度取ったから」


 同じ会社だったら即クビレベルでヤバいことしてるじゃん。っていうかなんで気付かなかったのよ、私の馬鹿!


 六年前がホームレスで今が藤堂化粧品の社長になるなんて予想つかないし。私なんかよりも出世してる……。それなら四十五階建ての最上階に住んでるのも納得。


「それは俺が悪いので気にしてません。俺こそ急にいなくなって、すみません」


「っ……」


「千夏さんがカッコいいと思えるような男性になるために俺も必死だったんです。社長になった今なら千夏さんと釣り合えると思って、結婚の話をしました」


「釣り合えるどころか、むしろ私のほうが下だし……」


 いつまでもスーパーのバイトじゃ生活できないと思って必死に勉強して、国家資格である保育士資格をとって、保育士になったけど…。


 私が本気で努力しても藤堂さんみたいにはなれない。そりゃあ保育士の勉強も難しかったけど。


「保育士だって立派なお仕事ですよ。千夏さん頑張りましたね。遅くなりましたが、おめでとうございます」


 そういって頭を撫でられた。


「ありがとうございます」


「千夏さん」


「なんですか?」


「このまま千夏さんを抱いてもいいですか?」


「えっ?」


 聞き間違いだろうか。いや、幻聴にしておくには勿体ない。


「俺のことは許さなくてもいいです。けれど、千夏さんに再会して、今日から一緒に暮らせると思ったら今すぐ抱きたくなって」


「い、いいですよ」


「ほんと?」


「……うん」


「ありがとう千夏」


「ちょ……!」


 そのままベッドのほうまでお姫様抱っこされた。


「自分で歩けるからっ」


「ダメ。俺がベッドまで連れていきたいんだ」


「っ……」


 全てを許したわけじゃない。私は藤堂さんが突然消えて本当に悲しかった。いつも寂しくて、しばらく夜は毎日のように泣いた。


 いつか必ず帰ってくると信じて、自分のアパートで待ち続けた。それでも藤堂さんは帰ってくることはなくて。


 六年ぶりに再会したと思ったらスパダリ社長になって帰ってくるんだもん。誰だって普通は驚くでしょう?


 本音でいえば再会できて嬉しい。なんなら、また一緒に住めるって聞いて、正直なところ飛び上がるほどテンションは上がっている。だけど、どうしても過去の寂しさが邪魔をする。


 再会して同棲するだけじゃ私の寂しさは埋まらない。だから、もっと私を求めてほしい。

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