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第27話 犯罪者の親は犯罪者に


 九月の半ば。残暑も失せて来た頃に涼やかな風が肌に触れる。


 夏木は学校の不良グループに呼び出されていた。嫌々としながらもその校舎裏に行くと、談笑しながら煙草を吸っている不良たち。夏木の存在に気付くと、にやにやと不快な笑みを湛えて近寄って来る。


 要件はわかっているつもりだ。どうせ祖父のやっている仕事――ヤクザに興味があって、夏木と親しくなっておけば、ヤクザにでもなれるとでも思っているのだろう。


 汚い手を回してくる。はっきり言って気持ち悪い。


「なあ、俺たちと友達になってよ。……金、欲しいでしょ?」


「どういうこと?」


 強い口調で訊ねる。すると男は大笑いして、


「自分の家がヤクザだからって、寄って来る奴がそれに興味があるなんて思わないでね。俺たち今俗に言う半グレなんだ。犯罪ならなんでもやって金を稼ぎたい。ヤクザなんて今時、堅苦しくて嫌だよ」


「でも、さ。一応俺らも自由になんでも出来るってわけじゃない。縄張りの抗争だってある。そこで夏木ちゃんに“大門”の役目をやってほしんだ」


「半グレに縄張りなんてないでしょ」


 夏木が厳しく問うと、


「そう、明確に決まってるわけじゃない。でも、やっぱり他のチームとの線引きがあるんだ。ここでバイをやったら駄目とかね」


「それで、その大門って何?」


「夏木ちゃんのバックには関東最大の暴力団があるよね。それが他のチームに伝われば、うちにうかつに手出し出来なくなる。まあ、抑止力になるんだ」


 ヤクザそのものに興味があるのではなくて、その存在が持つ異質な力に興味があって、それを利用したいというわけか。


「それって、私があんたらのチームに入るってこと?」


「チームには入ってほしいけど、別に犯罪はしなくていい。いわば存在しているだけでいいんだ」


「もし、嫌だって言ったら?」


 すると目踏みするようにじろじろと見てきたあと、「あ、そういえば」とわざとらしく話題を変えてきた。


「今、一年三組の橘有希と仲がいいんだって? あいつってさ、すごい陰気だよね」


「さらに酷いいじめしちゃおうかな」


「何それ、私を脅してんの?」


「さあ、どうかな」


 夏木の肩を叩いたあと、「返事待ってるよ」と言い残し、去っていった。


 面倒なことになってしまった。半グレのチームになんて入りたくなんてない。そう夏木の潔癖さが訴えている。だが、あの半グレたちは返答次第によっては本気で有希をいじめにかかる。そう考えると有希を守るために入った方がいいのだろう。ああいう連中は他人を傷付けることに容赦がない連中だからだ。


 思わず頭を抱えそうになる。すると携帯の着信が鳴った。メールだ。


『今、どこですか』


 これを見て、あることをすっかり忘れていたことに気付いた。有希と放課後、喫茶店に行く約束をしていたのだ。


 すぐに待ち合わせ場所の裏校門に行く。夏木を見付けた有希が控えめに手を振ってくる。彼女はいつだって控えめだ。


 学校から少し歩いた繁華街にひっそりと佇む喫茶店。昭和の面影を残した外観。中に入るとわかる色褪せた内装。夏木と有希は店員に案内されて左右にそれぞれある二人掛けのソファに座る。夏木たちはカプチーノとフレンチトーストを注文する。ここのフレンチトーストが美味しいとテレビで紹介されていたのだ。


 夏木はぼんやりとしていると、有希は「あれ、綺麗ね」と言った。指差している方向を見ると、カウンターの奥の棚の上に熊の木彫りの時計があった。その熊はファンシーな見た目をしていて、愛くるしい。


「綺麗というか、かわいいね」


 数十分後、カプチーノとフレンチトーストがテーブルに届いた。


 早速カプチーノを口に含む。程よい苦味と酸味が口内に広がる。そして、フレンチトーストをナイフとフォークで綺麗に切って食べる。今度は強い甘味を感じる。この二つが絶妙なバランスでマッチしている。


「夏木ちゃんって、性格がラピスラズリみたいだよね」


「何それ」


 有希は咀嚼しながら、上手く言える言葉を探して思案しているようだった。


「ラピスラズリっていうのは宝石のことなんだけど。すごく高価で綺麗な石なんだ。夏木ちゃんの性格って一見すると硬質な感じがするけど、でもとても綺麗なんだと思う」


「そう言われるとすごく照れるんだけど」


 なぜ急にそんな話をし始めたのだろう。それを訊ねてみると、


「私ね、夏木ちゃんの存在に救われているんだ。あの時話しかけてきてくれて、友達になって今もこうして一緒に美味しいものを食べれてる。それって全部夏木ちゃんの計らいのおかげだからさ。そんな夏木ちゃんの印象を私になりに言ってみました」


 ありがとね、と微笑む有希。


 その気持ちは夏木も同じだった。夏木はアゲハのことで立ち直れずにいた。そこに有希という存在のおかげで、アゲハから吹っ切れた。有希は人を幸せに出来る力がある。そう思った。それは今こうして夏木のことを綺麗な石のようだと比喩してくれている優しさや、人を想える心があるからだ。それは普通、難しい。どうしても人間は生きていく中で捻じ曲がってひねくれていくものだ。夏木の性格が潔癖なら、有希は純粋なのだろう。


 半グレたちの言葉がよぎる。また有希をいじめに晒すことは駄目だ。だからこそ、絶対に守らないといけない。そう密かに決意した。




 中学から少し離れたコインパーキングに、黒のワンボックスカーがあった。これで半グレたちはいつも移動しているらしい。


 夏木たちはそれに乗り込むと五反田方面へと向かった。


無免許が運転することに、夏木は恐怖心を抱いていた。それを見透かした男が、「安心してよ。こいつは運転上手いからさ」と言ってきた。いや、全然安心できないのだが……。


それから大体三十分ほどで、もう営業していないパチンコ店に着いた。


扉が破壊されていて、容易に入ることが出来る。店の中ではほこり臭い室内に、陳列されたもう使われていないスロット台。男たちと共に裏の事務所へ入るととても暗かった。電気が通っていないのだろう。男が机に置かれた懐中電灯を点けてわずかに部屋を照らす。


少しの光を頼りにパイプ椅子に座る。他の男たちもそうして、鞄から数台の携帯電話を取り出す。犯罪に使うものは飛ばしの電話だろう。名義が不確かなものをそう言う。


「なあ、あのダシ子とは連絡がついてんのか」


「ああ、ついてるから安心しろ。まだ信用できない奴だから周囲にマークさせてる。ビビッてサツに駆け込まれたら面倒だからな」


 ダシ子とは、詐欺などで通帳に振り込まれた金をATMから出す者のことだ。


 この一連の会話から察するに半グレたちが主にやっている犯罪は振り込め詐欺だろう。


 男たちが慣れたように電話をかけ、饒舌に相手を騙している。その様子を見て、夏木は粟立った。不快で気持ちの悪い奴らだ。人を騙すことに何の躊躇もしないのか。良心が痛まないのか。夏木の潔癖さがこいつらを憎悪に感じさせる。


 電話が落ち着いたのか男がこちらを見やって、


「お前、入会式やるか」


「何それ」


 男がポケットから煙草の箱を取り出して、


「ほら、ヤクザって組に入る時、親兄弟の盃を交わすんだろ。だから俺らもお前の入会を祝ってさ、酒じゃないけど煙草でしようと思ってさ」


 そして箱から一本の煙草を取り出し、夏木に差し出した。


「嫌よ。煙草なんて吸いたくない」


「は? 俺の好意をむげにしようと言うのか。ふざけるなよ」


 男の眼力が鋭くなる。夏木は怖くなってそれを受け取った。断ったら何をされるかわかったもんじゃない。


 男がジッポの火を点けて向けてくる。息を吸いながらその火にくわえた煙草を近付けた。じりじりと先端がこげて煙が出る。メンソールの味が舌に触れる。この時、夏木の潔癖さが少し汚れた気がした。


 息をはき出すと、男は笑った。「さまになってるじゃないか」


「それ、全然嬉しくないんだけど」


「まあ、そう言うなって。……話変わるけどさ、小野健二って知ってる?」


 男から意外な人物の名が出たことに驚いた。だが、健二について話したくない。なぜか、そう思った。


「知らない。どんな人なの?」


「六月に『赤城』っていう日本一の暴走族に入ったらしい。そこからも、その以前も喧嘩が無敗で不良界隈なら誰もが知ってる有名人だよ。そいつがうちの学校にいてな」


 健二が暴走族? 確かにあの喧嘩強さなら所属していてもおかしくないだろう。


「夏木ちゃんと同じ学年だから、てっきり知っているもんだと思ったよ」


「私……ずっと不登校だったから。そういう学校の事情に疎いの」


 そうか、と男は納得した。すると別の男が意気揚々と、


「五件引っかかった。今日はいい日だな。早速ダシ子に連絡するよ」


 そう言ってまた電話をかけだした。それから一時間後、部屋に青年がバッグを持って現れた。


 青年がそのバッグから大量の札束を取り出し、机に広げた。


「ざっと五十万はあります」


「ありがと。じゃあこれお前の取り分な」


 男が青年に十万円を渡す。すると青年はにやついた。ありがとうございます、と言って去っていった。


 男たちは四人。取り分はそれぞれ十万円だろう。そう思っていたら、夏木に五万円を渡そうとしてきた。


「なんで私がお金を受け取るの?」


「大門やってもらってるし。ほら、早く受け取れよ」


 夏木は首を振った。「いらないわ。そんな汚れた金、使いたくないもの」


「全く、夏木ちゃんは頑固だな」


 さて帰るかとパチンコ店から出るとすっかり夜になっていた。


 ワンボックスカーに揺られながら自宅に向かう。話によると送ってくれるそうだ。


 夏木の自宅を見た男が驚く。「豪邸じゃないか……」


 言われてみれば立派な和装住宅だった。門構えからして豪華だ。


 車から降りて門を開いた――。


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