彼にとって私は思い出になれただろうか。
「君を好きっていうのはウソだったんだ」
それを口に出された瞬間、私は言葉を失った。けれど、私は彼の次に言い放ったセリフで途端に心が躍るように嬉しくなった。それと同時に思ったんだ。
あぁ。彼はなんて素敵な嘘をつくんだろう、って。そして、私たちは本当の恋を知った。
◇ ◇ ◇
「夜の学校ってやっぱり怖い……」
私、葉花琴里(はばな ことり)は真夜中の教室にいた。と、いうのも明日提出しなければいけない宿題のプリントを忘れたから。
普通なら夜中の学校には入れないのだが、今回は警備員さんに無理を言って特別に許可をもらった。
「友達と一緒に来れば良かった。ゆ、幽霊とか出ないよね?」
まだ高校生になったばかりとはいえ、高校生だって学生の中では十分大人だし……。怖がってたら恥ずかしいよね。でも、怖いものは怖い!
正直、幽霊なんて都市伝説並に架空の存在だし、いるわけないよね。でも、いたときはどうしよう? なんて考えながら、ガサゴソと机の中からプリントを探していた。
「電気はこっちだっけ?」
まわりが暗いから教室も当然真っ暗。そんな中、探すなんて不可能。スマホのライトでなんとか自分の机まではたどり着けたけど、やっぱり暗い。
私は電気をつけようと足元をライトで照らしながら歩いていた。
「……」
「!?」
一番前の席まで進むと、そこには足があった。私は思わずスマホのライトでその方向を照らした。
「キミは誰?」
「ぎゃあああああああああ! ゆ、幽霊ー!!」
私はスマホを落とし、そのままズザザサと後ろに下がった。やっぱり幽霊は存在したんだ! でもあれ? 幽霊って足あったっけ。
「ちがうよ! 僕は人間だ!」
「に、人間……?」
「そうだよ。キミと同じ人間。というかキミと同じクラスだし」
「クラスメート?」
「そうだよ。っていっても初めましてだよね」
暗闇の中聞こえるのは、やたら耳に残る声。優しい声色。暗闇に徐々に目が慣れてきて制服のズボンが見えた。
……男の子だ。クラスメートなのに初めまして? と疑問に思ったけど、彼の声は今まで聞いたことがない。
「暗いよね? 電気つけようか」
パチッ。と彼は私のために電気をつけてくれた。
「ありがとうございます」
「なんで敬語? キミと僕は同級生なのに」
彼はそういうと口元に手を当てて笑った。
なんて綺麗に笑う男の子なんだろう。サラサラの黒髪に青い瞳。海よりも深い瞳から私は視線をそらせずにいた。同じ人間とは思えないほど美しい男の子。
「僕は橘夏弥。キミの名前は?」
「葉花琴里、です」
「可愛い名前だね」
「っ……」
微笑みながら私の名前を褒めてくれた橘くん。私はその姿を見て胸の奥がきゅんとなった。
今まで可愛いなんて言われたことがないから嬉しかった。けど、それ以上に恥ずかしさのほうが勝ってて。
橘くんに褒められて、口がにやけてないかな? とか気持ち悪い顔になってないかな? とか、そればかり気になった。
「橘くんはこんな時間に教室で何してたの?」
妙な空気に耐えきれず、話題を変えてしまった。不自然じゃなかったよね? だって、こんな時間に教室にいるほうが変だし。
「僕は……」
「言いたくなかったら無理しないで」
ふと疑問に思ったことを気軽に聞いてはいけなかった。橘くんの顔は見る見る暗くなった。さっきとは打って変わって空気が重くなった。
「葉花さんは僕とクラスメイトだから聞いてほしい」
「うん、きくよ」
クラスメートっていっても、橘くんと私は今日出会ったばかり。それなのに私なんかでいいの?
「実は僕、病気で昼だと体調が最悪なんだ。夜になると多少良くなるから、こうして教室で自習してるんだ。せめて皆と同じ教室で学校生活をしてみたくて」
「そう、だったんだ」
「最初は夜間の高校とかも考えたんだけど、僕が選んで受かった学校だから思い入れも強くてね。クラスメートは僕のことは知らない。でもいいんだ。僕が君たち、葉花さんたちを覚えているから」
「そんな悲しいことをいわないで」
「葉、花さん?」
そんなの、あんまりじゃないか。橘くんはせっかくクラスメートと思い出を作ろうとこの学校を選んだのに……。
病気のせいでクラスメートと会うことも出来ない。クラスメートはその事を知らず、橘くんだけがクラスの人を覚えているなんて。そんなの悲しすぎる。
誰一人として橘くんを知らないまま、橘くんは高校を卒業することになる。
クラスメートとして一番最初に橘くんのことを聞いた私。このまま何事も無かったまま、明日から学校生活を送るなんて私には無理だ。
「それにいつ死ぬかわからない僕を覚えていても、クラスメートが悲しくなるだけ。そんなの僕は耐えられない。だから僕は誰にも知られずに死んだほうがいいんだ」
「そんなことない!」
「!?」
「橘くんはこの世に生まれたとき家族に祝福を受けたはず。誰にも必要とされない人間なんていないよ!」
私が考えてるよりも橘くんの病気はひどいかもしれない。でもだからといって生きることを諦めるのは違う。思い出は今から作っても遅くないはずだ。
「葉花さん……」
「だから橘くんも、もっとワガママになっていいんだよ。橘くんはクラスメートとどんなことがしたい?」
「う〜ん。体調が万全じゃない以上、昼の学校にはいけないから。けど、しいていうなら……」
「なに?」
「死ぬ前に恋をしてみたいな」
「こ、恋?」
「うん。葉花さんと仮でもいいから恋人になってみたい。それでクラスメートの彼女と学校で思い出を作りたい」
「なっ……」
「だめ、かな?」
「ダメじゃない」
「ありがとう葉花さん」
「うっ」
これ、断れない流れだよね。橘くんの願いは出来るだけ叶えるつもりだったけど、まさか最初のお願いが私と恋人になることだなんて。もちろん仮だけど、ね?