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最終話

「僕の病気は夜に少しだけ体調が良くなるって話したよね?」


「うん」


「琴里と過ごしていくうちにわかったことがあるんだ。どうやら僕は本物の恋を知ってしまったら死ぬみたいなんだ」


「へ?」


 橘くんの病気が恋をすると死ぬ? ファンタジー映画でも見てる気分だった。あまりにも突拍子もないことをいうから。


「信じられないかもしれないけど事実なんだ。現に今では夜でも体調が悪化してる」


「あっ……」


 あの日、吐血したように見えたのは気のせいじゃなかったんだ。その日は、たまたま体調が普段よりも悪いとばかり。


 私のせいで橘くんが死ぬ……? 私と恋人になったから? 後悔に押し潰されそうになるくらい胸が痛くて、今すぐ逃げ出したくなるくらい心が苦しかった。


「私と付き合うことで橘くんが死ぬなら、今すぐ別れてもいい。そしたら橘くんの体調は良くなるんだよね!?」


 橘くんをどうにか元の状態に戻すのに必死だった。


「もう、手遅れなんだ。だからせめてキミが泣かないように別れを告げて、一人で孤独に死を迎えるつもりだったんだ」


「……っ」


 橘くんはなんて綺麗で優しいウソをつくのだろう。彼は神様よりも心が広く、他人を思いやれる人だ。自分が死ぬかもしれない状況なのに、それでも私のことを心配してくれる。


 どうして、こんなに心優しい人が死ななくてはならないの? 


 神様は残酷だ。天国で橘くんを独り占めしたいからって、こんな早く天国に連れて行かなくても良いじゃないか。もう少し遅くても罰は当たらないんじゃない?


 最初は好きだというのが全てウソだと言われ、落ち込んだ。でも、今はウソをつかれて良かったと思ってる。ウソは人を傷付けるだけだと思っていたけど、それは間違いだと気付いた。時には優しいウソもあるのだと。


 より一層、橘くんのことを好きになってしまった。これから先も橘くん以外は好きになれないんじゃないかって、そう思う。


「橘くんを一人にはしない。橘くんが死ぬまでずっと側にいるから……。私は橘くんの恋人なんだよ」


「琴里は頼もしいな。なら、もう我慢しなくていいよね?」


「橘く……んっっ!?」


「想像してた通り、琴里とのキスは甘いや」


 橘くんの口はひどく冷たかった。まるで死人のように。キスをした直後、橘くんは力がフッと抜けその場に倒れた。私はすかさず橘くんを支えた。


 私の膝に橘くんの頭が乗ってて、普段なら膝枕だから橘くんも「嬉しいな」って喜んでくれるはずなのに。今はそんな状況じゃないことも私は察していた。


 もう橘くんの身体は限界なんだ。ううん。もしかしたら、ずっと前から壊れていたのかもしれない。それを私には隠していた。痛みを堪えながら、私に普段通りに振る舞う姿を想像しただけでも泣きそうになる。


「橘くん。ううん、夏弥くん。夏弥くんが望むなら、これから先もいっぱいキスしていいんだよ?」


「それも悪くないかも、ね。最後に琴里とキスが出来て良かった。もうこれで思い残すことはない、かな」


「橘くん、嘘だよね?」


「ウソだったらどんなに良かったか。本当は病気なんかじゃなくて健康なんだよって胸を張ってウソを言えたらな……そしたら琴里ともっと一緒にいられたのに」


「……っ」


 夏弥くんはもうウソさえも言える気力はない。今にも消えそうになる夏弥くんを見て、私はどうすればいいかわからなかった。 


「今から病院に行こう。そしたら先生が治してくれるかもしれない。もしかしたら、そんなファンタジーみたいな病気なんてないよって言ってくれるかも」


「琴里は優しいね。こんな状況でも僕を助けようとしてくれるんだから」


「優しくなんてないよ」


「僕以外に本物の恋を知って死ぬなんて人はいないのかもしれないね。琴里のいうようにファンタジーだったら良いのにね? 明日、目が覚めたらこんな変な病気治ってないかな」


「きっと治ってるよ! きっとじゃない。絶対に!!」


「でも、こんな病気になったらこそ琴里と出会えたんだから悪くなかったかも。琴里、僕と付き合ってくれてありがとう」


「私こそ楽しかった。過去のトラウマを忘れるくらい、今は夏弥くんのことが大好きだよ」


「ありがとう。僕も琴里のことが好き」


「最後の別れみたいに言わないで。明日からもずっと一緒にいるんだから……」


「あはは。そう、だね。ごめん」


 お互いにわかっていた。夏弥くんがもうすぐこの世から消えてしまうことが。どんなに願っても叶わない。


「最初はさ、仮の恋人って言ってたけど、いつからか琴里は僕の本当の恋人なんだって思うようになってたんだ」


「私も同じ。夏弥くんのこと、本物の恋人だって思ってた……!」


「その様子ならトラウマも忘れるくらい、僕に夢中になってくれた?」


「とっくに夢中だよ。ずっと前から夏弥くんだけを見ているから」


「ありがとう。琴里と出会って沢山の思い出が出来た。楽しいことがいっぱいありすぎて、天国に行ったら神様に惚気話をしてしまいそうだ」


「神様は夏弥くんと同じくらい優しい人だから聞いてくれるよ。夏弥くんが神様に惚気話をしてるとこ、私も聞きたいな」


 零れそうになる涙を抑えながら、私は夏弥くんと話を続けた。夏弥くんの最後に映る私の顔は泣き顔じゃなくて、笑顔でありたいから。私は下手くそな笑顔を作り続けた。


 夏弥くん、死なないで。私を置いていかないで……。その本音を隠しながら。


「琴里、愛して……る」


「夏、弥くっ……」


 するりと私の手から夏弥くんの手が落ちた。握りしめていた手が離れた瞬間、私は全てを察した。


「あぁ……あ……う……ううっ」


 声にもならない声で私はその場で泣き崩れた。


 夏弥くんが死んだ。目の前にある現実を受け入れたくなくて、私は夏弥くんの声を頭の中で何度もリピートし続けた。


「うぁあぁああああ!!!!」


 我慢していた涙と声があふれ出た。


 夏弥くん、夏弥くん。必死に彼の名前を呼び続ける。何度も何度も。けれど、彼の声を聞くことはもうない。


 私も夏弥くんの後を追いたい。今すぐ夏弥くんと同じ天国へ行きたい。


『琴里は僕の分まで生きるんだ』


「夏弥くん……」


 そう夏弥くんが言っている気がした。そうだ。私は夏弥くんの分まで生きなきゃ。


「ありがとう夏弥くん。私にも本物の恋を教えてくれて。私はこれ以上、夏弥くんみたいな心優しい人を死なせたくない。だから私は医者になる。だから空から見守ってて……」


 世界で一番好きな人の死。それを見て、私はある決意をした。まだ世の中には夏弥くんみたいな名前もわからない病気を抱えている人がいるかもしれない。


 夏弥くんは『こんな病気を持つのは僕くらいしかいない』と話していた。でも実際は調べてみないことにはわからない。夏弥くん、私頑張るから。どんなに時間がかかってもいい。次こそは貴方のような人を必ず救ってみせるから。


◇ ◇ ◇


 数十年後。


 彼女は立派な医者となり、橘夏弥のような名前もわからない病気の人を次々と助けた。それはまるで神が宿ったかのような力を使って。だが、それは神が与えた力などではない。彼女は自身の努力で成し遂げてみせたのだ。


 彼女はまわりから賞賛されるようになったとき、こう言い放ったという。


『本当の恋を知ったからこそ、私は成長し、名医と呼ばれるようになった。今の私があるのは彼がいたからです。彼と出会わなければ、今の私はいないでしょう。私は彼をこの先もずっと愛しています』 


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