第6話「選択の夜と誓い」
夕食の食卓に、いつものように皿が並んでいた。
ハイネは箸を持ちながら、目の前の味噌汁をただ見つめている。
母が心配そうに問いかけても、彼は曖昧な笑顔を返すだけだった。
隣では父が新聞を読みながら、時折こちらを見て眉をひそめている。
ナナミもまた、家族の囲む食卓で同じように無言だった。
彼女の視線は遠く、どこか決意を固める前の重さを抱えていた。
代理戦争への参加。
それは、普通の学生生活を捨てることを意味していた。
守りたいもののために戦うのか、それとも平穏を選ぶのか。
二人の心は揺れ続けていた。
夜。
ハイネはリラリを部屋に呼び、静かに向き合った。
カーテンの隙間から差し込む街灯の光が、リラリの新しいメイド服を照らす。
「……おまえは、どうしたい?」
ハイネの声はかすかに震えていた。
リラリは少しの間目を伏せ、やがて青い瞳をまっすぐに向ける。
「私は、ハイネ様を守りたいです。そのためなら、戦場にも立てます」
短く、しかし揺るがぬ決意を秘めた言葉だった。
「そうか……じゃあおまえのことは、俺が守るよ」
ハイネは優しく微笑み、リラリの肩に手を置く。
リラリはその手に自分の手を重ね、かすかに頷いた。
二人の間に、静かな誓いが生まれた瞬間だった。
一方その頃、ナナミはミミミと向き合っていた。
ミミミは不安げに目を伏せ、か細い声で呟く。
「私……怖いです。戦えないし……絶対に参加なんて……」
その時、窓の外にかすかな気配が走った。
黒服の影が揺れ、瞬く間にガラスが砕けた。
「来た……! ミミミ、下がって!」
ナナミは即座にハンマーを展開し、黒服の男たちと激しくぶつかり合う。
銃撃が飛び交い、家具が次々と破壊される。
「ミミミはね! あたしの大事な大事なパートナーなの! 絶対に壊させたりなんかしない!」
怒号とともにハンマーが唸り、敵を吹き飛ばす。
しかしナナミの腕や肩に傷が増えていく。
それでも彼女は止まらなかった。
恐怖に震えるミミミは、その姿を見て何かが変わった。
小さな手を握りしめ、胸にある機械の心臓を感じる。
「……ナナミを、守りたい……!」
震える声が決意に変わり、ミミミの体から光がほとばしる。
次の瞬間、黒服の一人を弾き飛ばした。
ナナミは驚き、そして笑った。
涙が滲んでいた。
「ミミミ……!」
戦闘は激しく、だが二人の絆は確かに強くなっていた。
やがて敵が退き、家の中に静寂が戻る。
「……参加しよう、ミミミ」
「はい……ナナミを守るために……」
こうして、二人……いや、四人は代理戦争への参加を決めた。
夜風が窓から入り、傷ついた彼女たちの頬を優しく撫でた。
ナイアの研究室で、ハイネたち四人は揃って立っていた。
リラリとミミミもその傍らに立ち、緊張の面持ちを浮かべている。
ナイアは腕を組み、少しだけ真剣な色を宿した瞳で皆を見た。
「……本当に、いいんだな?」
その問いかけに、四人は静かに、しかし確かな意志で頷いた。
ミミミも震えずにナナミの隣に立ち、決意を宿した瞳を向けている。
「じゃあ先に言っておく。黒服たちの狙いは兵器のデータだ。あいつらはリラリを破壊してデータを取り出そうとしている。つまり、この設計図の内容を知らないってことだ」
ナイアはモニターに映し出された複雑な回路図を指差し、軽く息を吐いた。
「今後戦うなかで、この兵器のデータを狙ってセンドもミミミもリラリも狙われることになる。まぁ……一蓮托生だ」
そう言ってナイアはにやりと笑った。
「だから勝とう! このデータが俺たちの武器であり、最大の弱点だ!」
その瞬間、場が固まった。
ハイネとナナミ、リラリとミミミ、そしてセンドまでもが同時にずっこけるようにため息をついた。
「弱点なのかよ!」
「だって! 盗られたら俺たち人間側も狙われるもん!」
「ナイア様はわたくしが守りますが、他の方は防御兵装は貧相ですからね」
「失礼な奴だな!? 俺だって一応、訓練すれば!」
思わず笑いがこぼれる。
緊張の中にも、不思議な一体感が生まれていた。
そして一行は学園の校長室へと向かう。
ナイアが扉をノックすると、校長は穏やかな笑みで彼らを迎え入れた。
「来たか……。君たちの決意、しかと受け取った」
校長は引き出しから三枚のカードを取り出し、彼らに手渡す。
「これは代理戦争参加者のみが使える、訓練場と寮のパスキーだ。ここなら誰にも狙われることはない。……ナイアくん、ハイネくん、ナナミさん、そしてそのパートナー達よ。健闘を祈る」
カードを握りしめた瞬間、胸の奥で何かが燃え上がるような感覚を覚えた。
リラリとミミミもその光を感じたように、胸の心臓を押さえて微かに微笑む。
こうして六人は、学園の裏側――代理戦争参加者が集う特別な訓練場へと足を踏み入れた。
未来を変える戦いの始まりを前に、彼らの足取りは迷いなく進んでいった。