第5話「ナイア邸の秘密兵器」
ナイア邸は街外れの小高い丘に建つ、未来的なガラスと鋼の邸宅だった。
夕暮れの光を受け、どこか荘厳な雰囲気を漂わせている。
玄関のドアが開き、執事服姿のセンドが現れた。
穏やかな笑みを浮かべ、ハイネたちを迎える。
「お疲れ様でございます。ナイア様は只今……少々お休み中でして」
だがその言葉が終わる前に、奥の廊下から大きな欠伸が聞こえた。
「ふあぁ……あ、来てたのか。ハイネ、ナナミ……その様子だと、また黒服か?」
寝癖のついた髪をかきながら現れたナイアは、明らかに徹夜明けだった。
目の下にはクマ、手にはまだ工具を握っている。
「ミミミを直して! 早く!」
ナナミが泣きそうな顔で叫ぶと、ナイアはその声に真顔になり、鋭い目を向ける。
「……また黒服か?」
「ああ……」
ハイネが短く答えると、ナイアは「こっちだ」と言って奥の研究室へと案内した。
そこは異様な空間だった。
壁一面に並ぶ最新型の兵器、光学シールド発生装置、次世代型の銃火器。
整然と並ぶそれらの光景に、ハイネもナナミも息を呑んだ。
「これ……全部、昨夜一晩で作ったのか?」
「徹夜だったからな。ほら、ミミミを台に乗せて」
ナイアは器用な手つきでミミミを修理していく。
その間に、リラリに手を伸ばす。
「ついでだ、こいつも直してやる。……お、戦闘特化メイド服か。似合うんじゃないか?」
リラリは静かに頷き、ナイアの指示に従って新しいメイド服を装着する。
肩の強化繊維が光り、スカートの裾が優雅に揺れた。
「……どういうこと?」
ナナミが呆然と呟くと、ナイアは工具を置き、真剣な声で答えた。
「これは政府が秘密裏に作った戦争用の兵器だよ」
「戦争用……?」
「なんでセンドは防御型にカスタマイズしてると思う? 代理戦争。裏ではバイオロイド同士を戦わせるのが当たり前になってる。俺はセンドを失いたくないから防御に特化させた」
場に沈黙が落ちる。
ハイネもナナミも言葉を失った。
「お偉いさんなら誰でもやってる。けど、この兵器は特殊だ。殺傷力はないが、人間にも攻撃できるようカスタマイズされてる」
「……だからって……」
「だから……皆に組み込むことにした!」
「はぁああああ!?」
ナナミとハイネの声が重なる。
ナイアは平然と笑いながら、ミミミとリラリに次々と小型モジュールを組み込んでいく。
「なにやってんのおまえ!?」
「馬鹿なの!? いや馬鹿だったわ……!」
「落ち着けって! これで黒服とも戦えるってことだよ!」
ヘラヘラ笑うナイアの横で、センドが静かに口を開く。
「ちなみに、わたくしも最新のシールドと銃を搭載いただきました」
なぜか誇らしげに胸を張るセンド。
ハイネは頭を抱え、ナナミはツッコミを入れる暇もなく呆然とする。
場は混沌を極め、研究室には奇妙な熱気が漂っていた。
ナイアの研究室に混乱が渦巻く中、彼は工具を置き、急に真顔になった。
ハイネとナナミが口論するのを制するように、手をひらりと上げる。
「落ち着けって! ここからが本題だ!」
その声の響きに、全員が息をのむ。
ナイアは一歩前に出て、真剣な眼差しを向けた。
「……おまえたちに推薦状を書く。代理戦争への参加資格だ」
「はぁ!?」
ナナミの声が裏返る。
ハイネも目を見開いた。
「ここに参加していれば、よっぽどのことがない限り狙われなくなる。要は……お偉いさんになるってことだ」
「……なに言ってんだよ、ナイア……」
「そして代理戦争。これが今回の肝だ」
ナイアは深呼吸し、言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。
「優勝チームはユグドラシルの守護者。世界に口出しできる存在になる。そこでバイオロイドを保護する。つまり戦闘にバイオロイドを使えなくするんだ。そうすれば、戦闘型とか関係なくなる。この設計図も……無意味になるって寸法だ」
重苦しい沈黙が研究室を包む。
ミミミはナナミに抱かれたまま、静かに光る瞳を瞬かせている。
リラリは新しいメイド服の袖を握りしめ、青い瞳でナイアを見ていた。
「……でも、危ないんじゃ……」
ハイネの声は震えていた。
ナイアは微笑み、しかしその目は真剣だ。
「危ないさ! バイオロイドも人間もね? けどなにもせずにパートナーを壊されるのは嫌だろ?」
そう言って、ナイアはセンドの頭をそっと撫でた。
センドは静かに目を閉じ、誇らしげにその手を受け止める。
そのとき、ナイアの瞳には確かな覚悟が宿っていた。
軽薄な笑顔の奥にある、揺るがぬ意志が全員に伝わる。
ハイネは拳を握りしめ、リラリを見た。
彼女はまだ不安げな顔をしていたが、その胸の奥で、再び機械の心臓が熱を帯びていくのを感じていた。