第4話「メイド服とブティックの戦場」
その日、ナイアは珍しく学校を休んでいた。
端末には「風邪をひいた」とメッセージが届いていたが、ハイネはジト目で画面を見つめる。
(あいつが風邪ねぇ……どうせ、あのデータを調べてるんだろ)
溜息をついたハイネに、後ろから元気な声が飛んできた。
「ちょっとハイネ! メイド服! ちゃんとしたのを着せてあげなさいよ!」
振り返ると、ナナミが腕を組んで仁王立ちしていた。
隣にはミミミが控えめに立っている。
「え、メイド服? 別にいいだろ……」
「よくないわよ! 昨日の戦闘で汚れだらけじゃない! ほら、行くわよ!」
有無を言わせぬ勢いでハイネの手を引き、ミミミが後ろをちょこちょことついてくる。
リラリも後を追い、彼らは学園近くのバイオロイド専門ブティックへと入った。
扉をくぐると、そこは光と布地の世界だった。
整然と並ぶマネキンには、様々なメイド服や執事服が飾られている。
フリルやリボン、ハイテク繊維が織り交ぜられ、未来感あふれる衣装の数々が目を奪った。
「わあ……こんなにあるんだな……」
「でしょ! ほら、これなんてどう?」
ナナミが手に取ったのは、ミニスカートタイプの可愛らしいメイド服だった。
布地は光沢を帯び、装飾も凝っている。
値札を見てハイネは目をむく。
「……たっけぇ! 俺の小遣いじゃ全然足りないぞ!」
「えー、いいじゃないのー」
ナナミがむくれた顔をする横で、リラリはそっと別の棚を見ていた。
そこにはセール品のタグが付けられたメイド服。
黒を基調としたシックなデザインだが、肩や袖には強化繊維が織り込まれ、戦闘時にも耐えられる仕様になっている。
「……これ、なら」
リラリが服に手を伸ばしたそのとき、店内の扉が突如として開いた。
冷たい風とともに、黒服の男たちが現れる。
空気が凍りついた。
「なっ……またかよ!」
ハイネが叫ぶ間もなく、乾いた発砲音が響いた。
ミミミが短い悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。
「ミミミ!!」
ナナミの目が怒りで燃え上がった。
彼女はポシェットの留め具を外し、そこから重厚なハンマーを展開する。
折り畳まれていたハイテクハンマーが唸りを上げて伸び、金属音を響かせた。
「よくも……!」
ナナミが踏み込み、ハンマーを振り抜く。
黒服の男が一人、カウンターごと吹き飛ばされた。
残る男たちが銃を構え、ハイネはリラリを庇いながら身を低くする。
戦場のようなブティックで、再び命を懸けた戦いが始まろうとしていた。
ブティックの店内は、すでに戦場と化していた。
ナナミは怒りに目を燃やし、ハンマーをぶん回すたびに黒服の男たちが壁に叩きつけられ、棚をなぎ倒されていく。
「このおおおおっ……!!」
その勢いと膂力、まさに戦闘マシーン。
ハイネはその光景を見て思わず叫ぶ。
「いや戦闘マシーンかよ!? ナナミお前何者だよ!!」
しかしそんなツッコミがかき消えるほど、ナナミの猛攻は凄まじかった。
黒服の男たちは次々と意識を失い、撃っても撃っても前に出てくる彼女に恐怖を覚え始めていた。
だが、負けてはいないのがリラリだった。
彼女は黒服の銃撃をしなやかにいなし、近くの陳列台を足場に跳躍し、残る腕と義手を使って敵の武器を破壊していく。
手刀一閃、銃が真っ二つに折れ、蹴り一発で通信機が粉砕される。
「リラリ……お前も戦闘マシーンじゃねーか!」
ハイネは目を見開き、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
ミミミはカウンターの陰で体を震わせている。
戦闘は短時間で決着した。
店内に転がる黒服の男たち。呼吸音だけが響く。
ナナミは、はっと我に返ると、急いでミミミの元へ駆け寄った。
「ミミミ! しっかりして!」
「だ、大丈夫。ちょっと、かすっただけだから……」
ミミミがか細い声で言うが、ナナミは涙目で大騒ぎだ。
「かすっただけって何よ! もう! 血……いやオイル? なんか出てるじゃない!」
その騒ぎをよそに、ハイネとリラリは息を整え、倒れた棚の方へ向かった。
棚は無残にひしゃげ、セール品の服の梱包がぐちゃぐちゃになっている。
「……これ、平気そうだな」
リラリが静かにその服を手に取る。
黒を基調とした戦闘特化型メイド服。
汚れも破れもない。
「……これ、下さい」
ハイネがレジに向かって言うと、店員は驚いた顔で頷いた。
「! ハイネ様?」
リラリが小さく目を見開く。
ハイネは照れくさそうに後頭部をかいた。
「おまえ、これ見てただろ? 気に入ったんだろ?」
梱包がぐちゃぐちゃになったことで、店員は少し安くしてくれた。
ハイネは財布の中の小遣いを数え、どうにか支払いを済ませる。
「ハイネ! リラリ! ミミミを連れてナイアのとこ行くわよ! どうせ仮病で休んでるんでしょ!」
ナナミの勢いは衰えない。
泣き顔のままミミミを抱きしめ、怒鳴りながらも先頭に立って店を飛び出す。
「ま、待てって! リラリ、行くぞ!」
「はい、ハイネ様」
夕暮れの街を、二人と二体のバイオロイドが駆けていく。
ハイネの後ろを歩きながら、リラリは胸に手を当てた。
機械の心臓が、また暖かくなるのを確かに感じていた。