第8話「初戦の火蓋」
合図の鐘が鳴った瞬間、訓練場の空気が一気に張りつめた。
人工の風が吹き抜け、砂塵が舞う。
模擬戦闘とはいえ、その熱気は本物の戦場と変わらない。
「リラリ、俺の後ろを頼む!」
「了解です、ハイネ様」
ハイネは呼吸を整え、前線を見据えた。
既にレントとガルドが地を蹴り、前方へと突進していく。
ガルドが大剣を抜き放つと、その巨体が放つ風圧だけで敵チームの前衛がたじろいだ。
「おお……すげぇ……!」
ナナミは横でハンマーを構えながら目を見張る。
その隣ではミミミが一歩前に出て、ナナミをかばうように立った。
彼女の表情には恐怖はなく、決意が宿っている。
「ナナミさん、私……戦います!」
「……あんた……ほんとに、やる気だね!」
ナナミは笑い、ハンマーを振りかぶった。
一方、後衛のナイアはセンドと共にゲームコアの前で防御壁を展開していた。
その様子を見て、敵チームの一人が舌打ちする。
「くそっ……あの防御を突破できるか……?」
「構うな、まずは前線を崩せ!」
敵チームのバイオロイドたちが一斉に突撃する。
その中には、鋭いブレードを持つ高速型もいれば、遠距離攻撃用のアームを備えたものもいる。
訓練場の地面が揺れ、砂塵が視界を覆った。
「リラリ、右から来る!」
「はい!」
ハイネの声に応え、リラリは滑るように横へ跳ぶ。
敵のブレードがすり抜ける寸前、リラリは義手でその刃を受け止め、肘を返して敵機の関節を叩き折った。
「こいつ……やるな!」
別の敵が銃撃を浴びせるが、リラリは前の戦闘で得た経験を活かし、最小限の動きでそれを避ける。
その間にハイネは援護射撃を行い、敵の視界を奪うように弾をばら撒いた。
前線ではレントが巨躯を翻し、ガルドと連携して敵を弾き飛ばしていく。
大剣の一撃が床を砕き、衝撃波が走るたび、敵陣が揺らいだ。
「タイチ、どうだ!」
「待て、ユウロが位置を割り出す!」
後方の高台ではタイチが指示を飛ばし、肩のユウロが羽を震わせて光を散らす。
その光はレーダーのように敵の位置を解析し、仲間たちの耳に情報を送っていた。
「右奥、隠れてるのが一機! 狙え!」
ナナミがすぐさま動く。
彼女のハンマーが振り下ろされ、地響きを立てて敵機を床ごと吹き飛ばした。
「やった!」
歓声を上げるナナミに、ミミミが微笑む。
だが次の瞬間、上空から閃光が降り注いだ。
敵チームの空中型バイオロイドが高高度から攻撃を仕掛けてきたのだ。
「ナナミさん、上です!」
ミミミが叫ぶ。
ナナミは反射的にハンマーを構えたが、その前に青い閃光が走った。
リラリが跳び上がり、義手の先から放たれた高周波ブレードが空を裂き、空中型を真っ二つにする。
破片が散り、静寂が訪れた。
だがそれは嵐の前の静けさだと誰もがわかっていた。
「よし……まだいける!」
ハイネは汗を拭い、リラリと視線を交わす。
胸の機械の心臓が、また暖かく鼓動を刻んでいた。
空中型を撃墜した直後、訓練場の空気が揺らいだ。
敵チームのリーダー格が腕を掲げると、地面に潜んでいた複数のバイオロイドが一斉に跳ね上がった。
砂と煙が舞い、視界が遮られる。
「こいつら……隠れてやがった!」
レントが大剣を構え直し、ガルドがその前で防御壁を展開する。
だが敵の数は多い。
前衛のレントとガルドに殺到する敵たち。
鋭い刃が交錯し、金属音が鳴り響く。
「レントさん! 俺も援護に!」
ハイネが前に出ようとした瞬間、リラリがその腕を掴んだ。
「ハイネ様、後方からの奇襲があります!」
リラリが指差す方向から、敵チームの別動隊がゲームコアを狙って迫っていた。
ナイアとセンドがすぐに迎撃態勢を取るが、数が多すぎる。
「センド、頼む!」
「承知しました」
センドのシールドが強烈な光を放ち、飛来する弾丸を次々と弾き返す。
ナイアは笑みを浮かべながらも素早く銃を構え、敵の脚部を狙って牽制射撃を行った。
「君たち、後衛に敵が向かってる!」とタイチの声が響く。
ユウロが光を放ち、敵の位置をリアルタイムで解析する。
「リラリ、行けるか!」
「はい!」
ハイネの指示でリラリが前へと飛び出す。
義手の先端が変形し、高周波ブレードが唸りを上げた。
敵の一体を切り捨て、さらにもう一体の胴体を蹴り飛ばす。
リラリの動きは滑らかで、しかしどこか感情に突き動かされているようだった。
「……守りたい……!」
リラリの心にその言葉が浮かんだ瞬間、胸の機械の心臓が強く脈打つ。
感情の波が力となり、彼女の動きはさらに加速する。
「すげぇ……リラリ……!」
ハイネはその姿を目で追い、思わず呟いた。
敵の数は減りつつあったが、リーダー格のバイオロイドが最後の力を振り絞り、一直線にゲームコアへ突撃する。
「させるかよ!」
ナナミがハンマーを振りかざし、ミミミがその隣で小型シールドを展開する。
だがリーダー格は異常な耐久を誇り、ハンマーの一撃を受けてもなお進み続ける。
「ナナミさん、下がって!」
リラリが跳び込み、義手のブレードを敵のコア部に突き立てた。
火花が散り、轟音と共に敵が崩れ落ちる。
訓練場が静まり返った。砂塵が晴れ、ナイアがふっと息をつく。
「……勝ったな。初戦にしては上出来だろ?」
センドが胸を張り、タイチが大声で笑った。
「いやー、やるじゃん後輩!」
レントは無言で大剣を肩に担ぎ、ガルドと視線を交わすと、わずかに口元を緩めた。
ハイネはリラリの元へ駆け寄る。
「大丈夫か?」
「……はい、ハイネ様を守れて……良かったです」
リラリは胸に手を当て、またあの暖かい鼓動を感じていた。
ナナミもミミミの頭を撫で、笑顔を見せる。
こうして、彼らの初戦は勝利に終わった。
だがその戦いは、これから始まる数々の戦いのほんの序章に過ぎなかった。