第9話「祝勝とそれぞれの理由」
初勝利を収めたその夜、訓練場の片隅にある共有スペースで、ささやかな祝勝会が開かれていた。
テーブルにはジュースとお菓子が並び、疲れた身体を癒やす甘さが広がる。
戦いの緊張感がまだ抜けきらないまま、しかしそこには笑顔があった。
「とりあえず、初勝利おめでとう!」
ナイアがジュースを掲げると、皆が紙コップを軽くぶつけあう。
「……ふぅ、まさか勝てるとは思わなかった」
ハイネが苦笑する。
「思ったよりやれたな!」
ナナミが肩をすくめ、ミミミが微笑む。
タイチがポテトチップを頬張りながら、ぽつりと言った。
「俺、実はこの訓練場に迷い込んだんだよなぁ……。で、たまたまナイアに拾われたんだ」
「迷い込んだって……そんなことある?」とハイネ。
「あるんだよなぁ、不思議と。目的? 特には決めてないけどさ……正義感ってやつかな。お前らを守ってやるよ!」
その無邪気な言葉に、リラリが静かに微笑む。
ナナミは少し呆れたように「単純すぎる」と笑った。
一方、レントは黙って飲み物を口に運んでいたが、やがてゆっくりと話し始めた。
「……俺とナイアは幼馴染だ。だが家が没落してから疎遠になった。学園に入ってから、また会って……代理戦争への参加権を貰った」
「復権のため……か?」とハイネ。
「ああ。俺は……家をもう一度立て直したい」
ナイアは肩をすくめ、苦笑した。
「俺は単純だよ。家が偉いから、参加せざるを得なかった。ただ……目的ははっきりしてる。バイオロイドを守ること。それだけだ」
ハイネとナナミも、それぞれ自分たちの事情を話した。
リラリとミミミを守りたい、そのために戦うと。
お菓子をつまむ音が小さく響き、やがて皆の間に不思議な連帯感が芽生えた。
そんな折、話題は自然と次の戦い――予選へと移っていった。
「本線はトーナメント形式だが、予選は混合戦だ」
タイチが語る。
「混合戦?」
ナナミが首をかしげる。
「生き残りをかけた戦い……らしいな」
レントが低い声で補足する。
沈黙が落ちた。
ジュースの甘い香りも、急に遠くなる。
「……本当の命を懸けるのはバイオロイドだけですから……」とミミミが小さく言った。
その瞳には不安が映っていた。
「それでも……残酷だよな」
ハイネが拳を握りしめる。
「なんでこんなことを……代理戦争なんて……俺は……嫌いだ」
その言葉に、リラリがそっと隣に座り、ハイネの手に自分の手を重ねた。
機械の温もりが、静かに彼の怒りを和らげていく。
それぞれの事情を抱えたまま、彼らはチームとして親睦を深め、そして次の戦いへと心を整えていった。
祝勝会の熱気がひと段落すると、テーブルの上には作戦用のメモや簡易マップが広がっていた。
ナイアが端末を操作しながら言う。
「さて、予選のことをもう少し具体的に話そうか。混合戦は基本的に何でもありだ。チーム同士の即席の同盟もあるし、裏切りもある」
「……なんでもあり、か」
ハイネが苦々しく呟く。
「だからこそ、自分たちの役割をしっかり決めておかないとすぐにやられる」
ナイアは真剣な目で皆を見渡した。
タイチが肩に乗るユウロを軽く撫で、得意げに笑う。
「俺とユウロは偵察と情報収集担当だな。敵の位置をいち早く掴んで教えてやる」
「助かるわね、それ」
ナナミはハンマーを手に取り、軽く振って感触を確かめる。
「あたしとミミミは前衛。あんたたちの進路を確保するわ」
「……私も、ナナミさんを守ります」
ミミミが小さくも強い声で応じた。
レントは腕を組んだまま、低く言った。
「俺とガルドは、真正面から敵を叩く。ナイア、後衛は任せたぞ」
「了解~、センドと一緒にゲームコアは絶対に守るよ」
ナイアはヘラリと笑って見せるが、その目は鋭い。
そしてハイネとリラリ。
二人はしばらく黙っていたが、やがてハイネが口を開く。
「俺とリラリは……?」
「お前たちは臨機応変に動いてくれ。防御も攻撃もできる、柔軟な戦力は貴重だからな」
レントが言うと、リラリがすぐに頷いた。
「……はい。ハイネ様をお守りしつつ、敵を討ちます」
「いや、俺が守るって言ったろ」
ハイネは照れたように笑う。
その表情に、リラリは胸の奥でまた心臓が脈を打つのを感じた。
「……予選ではバイオロイドが命を懸ける。俺たちは守るしかできない。それが、どうしても……許せないんだ」
ハイネの声が、静かな部屋に落ちた。
ナナミは黙ってミミミを抱き寄せ、ナイアは口をつぐむ。
タイチがそっと肩を叩いた。
「でもさ……守りたいって思える相手がいるなら、戦えるだろ?」
ハイネはその言葉を胸の奥で反芻し、ゆっくりと頷いた。
「……ああ。絶対に守る。リラリも、ナナミたちも。俺が、守る」
リラリはその言葉を聞き、また胸に手を当てる。
暖かさが広がり、彼女は小さく微笑んだ。
こうして夜は更けていく。
明日から始まる予選に向けて、彼らはそれぞれの想いを胸に刻み、眠りについた。