第18話「影で蠢くもの」
軍隊チームとの激戦を終え、控室に戻ったハイネたちは全員ぐったりと椅子に腰を下ろしていた。
「……はぁ……死ぬかと思った……」
ハイネが頭を抱えると、リラリがそっとタオルを差し出す。
「お疲れ様です、ハイネ様。」
「……ありがとな。」
ナナミはミミミの肩を撫でながら深く息を吐いた。
「もう……心臓に悪いわよ、こんなの。」
「……でも、勝てました……」
ミミミは小さな声で言い、ナナミは笑って頷いた。
レントとガルドは黙々と鎧を整備し、タイチとユウロは爆破のタイミングを反省している。
「……あと二秒早ければ、もっと楽だったな。」
「すみません、タイチ……でも、次はもっと正確に。」
「頼むぜ、相棒。」
そんな中、ナイアだけは黙って腕を組み、遠くを見つめていた。
「……なぁナイア。どうしたんだ?」
ハイネが問う。
ナイアはゆっくりと視線を上げ、低く呟いた。
「サイト……あいつ、笑ってたな。人間が前線に出るべきだってさ。」
「……ああ、聞こえてた。」
ハイネが歯を食いしばる。
「でもよ……もし俺たちが前線に出たら、バイオロイドが守ってくれる……そんな戦い方も、確かにあるんだよな。」
ナイアの言葉に、一同が静まり返った。
しばらくの沈黙。レントが重い口を開く。
「……人間が前線に出る。それは確かにリスクだ。しかし……奴らの戦い方を見ていると、あながち間違いでもないのかもしれない。」
「なに言ってんの!? 人間がそんなことしたら……!」
ナナミが思わず声を荒げる。
「わかっている。だが、現実として……今の戦力では、あのサイトを超えられない。」
レントは拳を握りしめた。
ハイネは黙ってリラリを見つめる。
「……俺が前線に出たら、お前は……」
「……守ります。どんなことがあっても。」
リラリは迷わず答えた。
その瞳は、ただまっすぐで、迷いのない光を宿している。
控室の外では、次の試合の歓声が遠くに響いている。しかしその裏側――。
薄暗い廊下の先、誰もいない観客席の最上段で、サイトが一人足を組んで座っていた。
「……やっぱり、君たちは面白いなぁ。」
隣には無表情なバイトが立っている。
「……次の試合は、あの子たちかな?」
「予定ではそうだな。だが彼らの戦術はまだ荒削りです。」
バイトが淡々と告げる。
「だから楽しいんだよ。ほら、準備しておいて。今度こそ、本気を見せてあげる。」
サイトの口元が、夜の闇に溶けるような笑みに歪んだ。
控室の仲間たちはまだその気配に気づかないまま、次の戦いに向けて作戦を練り続けていた――。
控室の空気が重く沈んだまま、誰もが次の言葉を探していた。
ナイアが椅子を反転させ、背もたれに腕を乗せて口を開く。
「……俺が言い出したけどさ。人間が前線に出る、っていう選択は、簡単じゃない。サイトがそれを挑発したのは、きっと……俺たちを揺さぶるためだ。」
ナナミが息を吐く。
「そうよ……あんなのに乗っちゃダメよ。危ないって分かってるでしょう?」
その隣でミミミが小さく頷く。
「ナナミさんを守るのが私の役目ですから……ナナミさんが傷つくのは、嫌です。」
ナナミは思わずミミミを抱きしめた。
レントが低い声で続ける。
「だが、サイトの言葉には一理ある。今の戦術はどうしてもバイオロイド頼みだ。俺たち自身がもう一歩踏み出さない限り、勝ち続けるのは難しいかもしれない。」
「……おまえ……」
ナナミが顔をしかめる。
タイチが肩をすくめ、苦笑を浮かべる。
「俺もさ、ユウロに守られてばっかじゃ情けないって思ってたところだし……少しくらいは前に出てもいいかなって。」
ユウロが羽をふるわせて首を横に振る。
「タイチは……大事な人です。傷つけたくない。」
「……ユウロ……ありがとう。でも俺がやるって決めたら、きっとお前は守ってくれるんだろ?」
ユウロはしばし沈黙し、やがて小さく頷いた。
そして、ハイネが立ち上がった。
「……俺は、まだ決められない。」
皆がハイネを見た。
「前線に出れば、リラリが俺を守るために傷つくかもしれない。だからって、このままじゃサイトには勝てないかもしれない……」
リラリがそっとハイネの手を取った。
「……私は、ハイネ様がどこにいても、必ずお守りします。」
「……でも、それでも……俺が傷ついたら、お前は……」
「その時は、その時です。」
リラリの瞳は真っ直ぐだった。
ハイネは拳を握りしめ、胸の奥でなにかが決意に変わる音を感じた。
「……わかった。俺も、考えておく。だけど……今はまだ、リラリを前に出したい。」
リラリは小さく笑い、「はい」と頷いた。
ナイアが立ち上がり、空気を変えるように大げさに伸びをした。
「よし! なら今日はここまでにしようぜ! 次の試合は明日だ。体を休めろ。」
「おまえ……もうちょっと締めろよな。」
ハイネが苦笑する。
「締めるのは勝ってからだって~!」
そんな会話の中でも、全員の心にはサイトの言葉が刺さったままだった。
――その頃、別の場所では。
サイトが薄暗い部屋で、足を投げ出して座っていた。
バイトが機械音を響かせながら何かの調整をしている。
「ねぇバイト、次はどんなのがいいかな? 派手に壊す? それとも……ゆっくり潰す?」
「……どちらでも。私はあなたの命令に従うだけです。」
「つまんないなぁ~、もうちょっとノリよくしようよ。」
サイトはケラケラと笑い、遠くを見た。
その瞳には純粋な好奇心と、底知れない狂気が交錯していた。
「……楽しみだなぁ。早く……早く遊びたい。」
その声は、誰もいない部屋に溶けていった。