第20話「休息と決意」
勝利のアナウンスからしばらく経った控室。
全員がそれぞれの席に腰を下ろし、整備や治療を受けていた。
だがその空気は重く、歓喜よりも疲労と葛藤が支配している。
「……強かったな、さっきの連中。」
タイチが水を一口飲んで呟く。
ユウロが肩に止まり、小さく羽を震わせた。
「人間が前線に立つ……想像以上でした。」
「おまえ、前に出てたじゃないか。俺たちだってやればできるだろ。」
レントが重い鎧を脱ぎながら低く言う。
「……でも、危険すぎる。」とナナミが即座に返す。
「もしあたしが前に出てミミミが傷ついたら……考えたくない。」
ミミミがナナミの手を握りしめ、震える声で言った。
「私は……ナナミさんを守るって決めました。でも、ナナミさんが無茶をしたら……私、怖いです。」
「……ごめんね、ミミミ。そんなこと言わせたくないのに……」
ナイアはそんなやり取りを黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「……今日の戦いを見て、俺は思った。バイオロイド主体で戦う限り、どこかで限界がくる。」
「……でも。」
ハイネが顔を上げる。
「俺たちは……パートナーを守るためにここにいる。俺はまだ、リラリを盾にして前に出る気にはなれない。」
リラリがその横顔を見つめて、小さく首を横に振った。
「ハイネ様……私を盾にしたことなど、一度もありません。」
「え……?」
「私は……あなたのそばにいるために戦っています。あなたを守ると誓ったから、武器を取るのです。」
ハイネは言葉を失い、そして深く息を吐いた。
「……そっか……ありがとう、リラリ。」
胸の奥に温かいものが広がるのを感じながら、拳を握る。
ナイアがそんな二人を見て、軽く笑った。
「ま、俺たちの戦い方は俺たちが決めりゃいいさ。サイトのやつが何言おうと関係ない。」
だがその目は一瞬だけ鋭く光った。
「……でも、あいつが次に何を仕掛けてくるか、油断しないほうがいい。」
控室の照明が静かに明滅し、遠くで次の試合の開始を告げるアナウンスが響いた。
ハイネはリラリの手を取る。
「俺、まだ答えは出せない。でも……どんな戦い方でも、俺はお前を守る。」
「……はい、ハイネ様。」
リラリの瞳が優しく揺れる。
その頃、暗い観客席の奥。
サイトがひとり、指先で柵をなぞりながら笑っていた。
「いいねぇ……いい顔するようになってきたじゃないか。」
「……いつでも行けます。」
隣のバイトが小さく告げる。
「はやるなよ、バイト。……まだまだ遊びはこれからだ。」
舞台は整いつつある。
次の戦いが、また彼らを試すことになる。
―――
開始の合図と同時に、前方のチームが異様な動きを見せた。
敵陣にいたバイオロイドたちが突如、味方であるはずの人間に牙を剥く。
銃声と悲鳴が入り混じり、瞬く間に戦場は血と火花に染まった。
「そんな……! 制御がはずされてる!?」
ナナミが声を上げる。
後方に下がっていたナイアチームの面々は、遠くからその惨状を目の当たりにした。
バイオロイドは容赦なく人間を弾き飛ばし、踏みつけ、味方のはずの陣形を蹂躙していく。
「……まさか、パートナーを……!」
ハイネは息を呑み、リラリの肩がかすかに震えた。
「こんなの……許せない……」
リラリの義手が静かにブレードへと変形する。
その最中、観客席の高みでサイトが頬杖をつきながら首をかしげる。
「へぇ……あれ? もしかして人間って脆い?」
本当に不思議そうな顔で呟くその様子に、ナイアの瞳が冷たく光った。
「……聞いたな、全員。」
ナイアは一瞬だけ仲間たちを見渡し、鋭い声で命じる。
「作戦変更だ……全機体破壊する! 人間の救出はできない、やるぞ!」
「了解!」
その声に全員が即座に動き出す。
レントがガルドを前線に走らせる。
「すべて叩き潰せ! 迷うな!」
「承知!」
軽装のガルドが高速で駆け、暴走する異形型を大剣で切り裂く。
タイチとユウロが後方から援護射撃を開始。
「ユウロ、敵コアの位置を送れ!」
「座標送信……完了です!」
タイチは狙撃銃を構え、次々と敵のセンサーを潰していく。
ナナミはハンマーを握り直し、ミミミが前に出る。
「行くわよミミミ! 守って!」
「はい……!」
シールドを展開したミミミの後ろからナナミが一気に飛び込み、敵の脚部を粉砕する。
後衛ではハイネとリラリが連携し、後方から迫る敵を迎撃していた。
「……リラリ、怖いか?」
「いいえ……今はただ、あなたを守りたいです。」
リラリのブレードが閃き、迫る異形型を一刀のもとに両断する。
「俺も……俺も、絶対に守るから!」
ハイネは震える手で引き金を引き続けた。
暴走する異形型たちは次々と撃破され、ついに最後の一機がレントの大剣で叩き割られた。
戦場に一瞬、静寂が訪れる。
「……制御を外されたバイオロイドは、ただの怪物だな。」
ナイアが深く息を吐き、センドが肩を貸す。
「ナイア様、怪我は……」
「大丈夫だ。……けど、サイト……お前、どこまで腐ってるんだ。」
遠くの観客席。
サイトは笑顔で手を振った。
「いいね~! やっぱり君たちは強い! 次も期待してるからね!」
その笑顔を見上げ、ハイネは唇を噛む。
胸の奥に、確かな決意が生まれていた。
――次こそ、あの笑顔を打ち砕く。
彼らは再び立ち上がり、次の戦場へと備えるのであった。