第25話「改良型の脅威」
試合開始のブザーが鳴った瞬間、戦場に立つハイネたちの身体に緊張が走る。
薄暗い市街地型フィールド。
瓦礫と崩れたビルの間を、砂煙が舞っていた。
ナイアが短く号令を飛ばす。
「想定どおり動け。まずは布陣を維持しろ。」
「了解。」
タイチがスコープを覗き、ユウロが肩の上で光学データを送信する。
「敵の反応……早い!」
瓦礫の向こうから姿を現したのは、黒光りする装甲をまとったバイオロイドたちだった。
今までの敵とは違う。
流れるような動き、腕部や脚部に取り付けられた複雑な機構が光を反射する。
「……あれが、サイトの改良型……!」
ナナミが思わず息を呑んだ。
リラリの義手が自動的にブレードへと変形する。
「ハイネ様、あの装備……危険です。」
「分かってる。」
ガルドが前に出て、レントの代わりに壁となる。
「接敵します。」
「頼むぞ!」
ナイアの声が飛ぶ。
最初の一撃は凄まじかった。
ガルドが盾を振るった瞬間、敵のバイオロイドがその盾をすり抜けるように横滑りし、横合いから鋭い刃を突き出した。
「っ……ガルド!」
ガルドは間一髪で反撃し、刃を弾き返す。
「問題……ありません。」
だが、その表面装甲に走った深い傷跡を見て、ナイアが眉をひそめた。
「……やばいな、あれ。攻撃力が段違いだ。」
タイチが小さく呟く。
「しかも、動きもおかしい……生き物みたいに軌道を変えてくる。」
ナナミとミミミが左右から援護する。
「こっち来んなぁぁ!」
「ナナミさん、右側に!」
ミミミのシールドが敵の斬撃を受け止め、火花を散らす。
そして――敵の一体が突然、味方の一体を斬りつけた。
「……なに……!?」
味方を攻撃した個体が、狂ったようにビルの壁に体当たりし、自らの腕をもぎ取って突進してくる。
「……制御……外れてるのか!?」
ハイネが叫ぶ。
ナイアが低く唸った。
「……いや、違う。最初からそういう設計なんだ……!」
「なんだと……?」
「サイトが――“自律して破壊する”ように組んだ。狂気の兵器だ。」
その言葉に全員が息を呑む。
ハイネは銃を握りしめ、リラリを見た。
「……リラリ、ついてきてくれ!」
「はい、ハイネ様!」
二人は息を合わせて前線へ飛び出す。
敵の異様な動きに翻弄されながらも、ハイネはわざと目立つように射撃を繰り返した。
「こっちだ! こっちを見ろ!」
銃弾が装甲を弾き、火花が散る。
だが敵はその火花の中で狂気のように軌道を変え、獣のように飛びかかってきた。
「ハイネ様、危ない!」
リラリが一歩前に出て、刃を振るい敵を叩き伏せる。
「っ、ありがとう!」
「お気をつけください!」
タイチの狙撃が飛び、ナナミのハンマーが閃く。
しかし、倒しても倒しても敵が湧くように出てくる。
「……こいつら……どれだけいるんだ!」
ナイアが通信で叫ぶ。
「後衛は下がれ! ガルド、リラリを援護しろ! ハイネ、まだ囮が必要だ!」
「……分かった!」
ハイネは息を荒げながら、さらに敵の前へと躍り出る。
その瞬間、敵の装甲がぱかりと開き、中から奇妙な光を放つ球体が現れた。
「……あれは……!」
リラリの目が見開かれる。
「ハイネ様、爆発します!」
咄嗟にリラリがハイネを抱き寄せ、後方へ飛んだ。
爆発音と共に衝撃がフィールドを揺らす。
「ぐっ……!」
「……リラリ、大丈夫か!?」
「……問題ありません……ですが……あの機体、通常ではありません……!」
瓦礫と煙の向こうで、再び立ち上がる敵影が見えた。
――これがサイトの改良型。
この戦いを越えた先に、あの男が待つ。
ナイアの声が響く。
「……ここを勝ち抜け! 決勝でサイトを叩き潰すぞ!」
「おう!」
「はい!」
再び、戦いの火蓋が切られた。
爆発の余波で耳が鳴る。
瓦礫の陰に転がり込んだハイネは咳き込みながら立ち上がった。
「……リラリ、無事か!」
「はい……っ、まだ戦えます!」
リラリは片膝をつきながらもブレードを構え、瞳に揺るぎない光を宿していた。
瓦礫の向こうで、改良型の影が再びうごめく。
装甲は砕け、内部の機構がむき出しになっている。
それでも、その異様な体躯は呻き声のような駆動音を上げ、こちらへとじりじり迫ってきた。
「……こいつ、爆発したのに……!」
「ハイネ様、退避を!」
「駄目だ……ここで止めないと、ナナミたちがやられる!」
ハイネは銃を構え直し、ナイアの声が通信で飛ぶ。
『ハイネ、時間を稼げ! ガルドとミミミを回す!』
「了解!」
前線に戻ると、ナナミがミミミのシールドを盾に歯を食いしばっていた。
「遅いじゃない! こっち、押されてんのよ!」
「悪ぃ! 今度は俺が前に出る!」
ハイネは再び敵の視線を引きつけるように銃撃を散らす。
ガルドが駆けつけ、レントの声が後方から響く。
「ガルド、左翼を叩け!」
「承知!」
重装の巨躯が瓦礫を踏みしめ、異形型の側面を打ち抜いた。
タイチとユウロは高所から援護射撃を続ける。
「ナイア、コアが見えない! このままじゃ……!」
『なら、装甲を剥げ! ミミミ、シールドでこじ開けろ!』
「はいっ!」
ミミミが震えながらも盾を前に突進し、敵機の胸部に叩きつけた。装甲が裂け、内部の光球が露わになる。
「ハイネ様!」
「リラリ、行け!」
ハイネが叫ぶと同時、リラリは瓦礫を蹴り、鋭い跳躍で光球めがけて斬りつける。
刃が深く食い込み、光が弾けた。
「……っ、もう一撃だ!」
ナナミがハンマーを構え、叫びながら駆け込む。
「これで終わりよぉぉっ!」
強烈な一撃が装甲を粉砕し、内部のコアを直撃した。
激しい閃光。
地響きとともに、敵の体が崩れ落ちる。
フィールドに、ついに静寂が訪れた。
「……やった……のか?」
ハイネが息を荒げて呟く。
リラリが駆け寄り、彼を支えた。
「……はい、ハイネ様。勝ちました。」
ナナミが大きく息を吐いて膝をつく。
「はぁ……もう、無茶ばっかり……!」
ミミミがシールドを下ろし、震える手を握りしめる。
「……でも……勝てました。」
後方からナイアが歩み出てきた。
「よくやったな。……これで決勝だ。」
タイチが肩で息をしながら笑った。
「はは……まったく、無茶なチームだぜ。」
ガルドが静かに剣を収め、レントは腕を押さえながら頷く。
「……次は、あの男か。」
誰もが黙り込む。その先に待つのは、あの狂気の男――サイト。
ハイネはリラリの手を強く握り、顔を上げた。
「……ここまで来たんだ。絶対に、倒す。」
「……はい、ハイネ様。共に。」
その決意が、チーム全体に波紋のように広がる。
ナイアは静かに笑い、短く言った。
「じゃあ、最後の準備をしようか。次は……俺たちのすべてを懸ける戦いだ。」
照明が落ちる訓練棟の窓から、夜の月が覗いていた。
――決勝。サイトとの決戦が、静かに近づいていた。