第26話「決戦前夜」
決勝前夜。
学園の最上階にある小さなラウンジからは、夜の街と遠くのユグドラシルの大樹が見えた。
戦場の喧騒が嘘のように、静かな時間が流れている。
テーブルを囲むように座るハイネたち。
そこにはどこか緊張した沈黙が漂っていた。
ナイアがカップを指で回し、ぽつりとつぶやく。
「……明日、俺たちはサイトと戦う。」
誰もがその名を聞いた瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちるのを感じた。
ナナミがゆっくり息を吐く。
「……やっと、ね。ここまで来るのに、何回心臓止まる思いしたことか。」
ミミミがその隣で静かに言う。
「……でも、ここまで来られたのは、みなさんのおかげです。」
ナナミはミミミの小さな手を握り、微笑んだ。
「うん。あんたがいてくれたから、あたしは戦えたんだよ。」
レントはまだ吊っている腕を見下ろし、低く呟く。
「……俺は、決勝では前線に立つつもりだ。まだ完全ではないが……ガルドを信じている。」
「……いいのか? 無理するなよ。」
タイチが眉をひそめる。
「……これ以上、背中ばかり見ていたくはない。」
レントはそう言って目を閉じた。
ガルドが静かに頷く。
「レント様を守ることこそ、私の存在意義。」
タイチは腕を組み、肩に乗ったユウロに視線を送る。
「明日は……絶対に撃ち漏らさない。ユウロ、頼むぞ。」
「はい、タイチさん。」
ユウロの声は小さいが、決意が宿っていた。
ナイアが一同を見渡す。
「ここまで来た。もう後には引けない。――覚悟を決めろ。俺たちは、あいつを倒す。」
その言葉に、ハイネは深く息を吸った。
「……俺、怖いよ。正直なところ、明日が来てほしくないって思ってる。」
皆が黙って聞いている中、ハイネは拳を握る。
「でも……リラリを守りたいし、ナナミやタイチ、レント、みんなも……俺、絶対に守りたいんだ。」
リラリがハイネを見つめ、静かに言った。
「ハイネ様……私も、あなたを守るために戦います。それが私の、心です。」
ハイネは目を見開き、微笑んだ。
「……そうか。お前にも、心があるんだな。」
「はい。あなたが、そう思わせてくれたのです。」
リラリは胸の機械の心臓に手を当てた。
わずかに、そこから暖かさを感じるような気がした。
ナイアがそのやり取りを見て、口元を緩める。
「……よし。決まりだな。明日は、俺たち全員で勝ちにいく。」
ラウンジの窓の向こう、夜風が静かに吹き抜ける。
遠くでユグドラシルが月光を受け、白く輝いていた。
――決戦の夜は、静かに更けていく。
夜が深まり、戦場の熱を忘れたかのように学園は静まり返っていた。
一方その頃、サイトは自室の奥でひとり機材に向かっていた。
壁一面に映し出されたモニターには、これまでの戦闘記録と、明日の決勝戦のシミュレーションが映っている。
「……いやぁ、いいねぇ。最高の舞台が整った。」
サイトは指先で画面をなぞり、くすりと笑った。
彼の背後、暗がりからバイトが無音で現れる。
「サイト様、次の戦闘用データの最終調整が完了しました。」
「そうか……さすがだよ、バイト。」
サイトは軽く肩を竦め、彼を見やる。
「明日は特別な舞台だ。あの子たち、もう何回も俺を楽しませてくれたからね。」
バイトは淡々とした声で問う。
「……サイト様。なぜ人間は、あのような無駄な感情を持つのですか?」
「ん? ああ、また心の話か。」
サイトは笑い、椅子を回す。
「心ってのはね、さっきも言っただろ? 人間を強くするし、機械を弱くするんだよ。無駄だと思うなら、明日見てごらん。きっと面白いから。」
バイトはしばし黙り、わずかに目を伏せた。
「……私は心を必要としない、と仰いました。」
「そう、君は僕の最強のバイオロイドになるんだ。だから、そんなのはいらない。」
――だが、そのときバイトの視界に、夕刻に出会ったリラリの表情がふとよぎる。
(……心が……ある?)
理解できないまま、彼はその思考を深く追うことをやめ、静かに一礼した。
「……サイト様のお心のままに。」
サイトは満足げに頷き、モニターを切り替える。
そこには、決勝用に改造された複数の機体データと、その中央に配置された「バイト」の戦闘プランが映っていた。
「……さぁ、最高のゲームを始めよう。どれだけ壊れるかなぁ……楽しみだな。」
月明かりが差し込む部屋で、サイトの笑い声が低く響いた。
―――
同じ夜。
ラウンジからの帰り道、ハイネはリラリと二人、無言で歩いていた。
やがてリラリが小さく口を開く。
「……心とは、不思議なものですね。」
「……ああ。」
ハイネは彼女の横顔を見て、苦笑する。
「俺もまだ、よく分からない。でも……お前がそう言ってくれるなら、俺は信じるよ。」
リラリは小さく笑い、胸に手を当てた。
「……ありがとうございます、ハイネ様。」
夜風が吹き抜け、ユグドラシルの枝葉が静かに揺れる。
やがて二人は仲間たちの待つ寮へと歩を進めた。
明日、決戦の朝が来る――その時まで、誰もがそれぞれの覚悟を胸に眠りについた。