第27話「砕かれた忠誠」
決勝戦の会場は、これまでのフィールドよりも広大で、中心にユグドラシルを模した巨大な塔がそびえていた。
観客席からの歓声が渦巻く中、ナイアが短く指示を飛ばす。
「……来るぞ。初手から全力でいけ!」
瓦礫の向こうから、黒い影が歩いてくる。
その中央、細身の人型――バイトだ。
背後に従う数機の改良型がゆっくりと展開し、戦場は一瞬で殺気に包まれた。
「バイト……!」
ハイネが銃を構える。
「リラリ、油断するな!」
「はい、ハイネ様!」
号砲が鳴り響き、戦いが始まる。
タイチとユウロが先制の弾丸を放ち、ナナミとミミミが左右から挟み込む。
だがバイトは寸分の狂いもなくそれらを避け、鋭い刃でミミミのシールドを叩き割った。
「くっ……!」
ナナミがとっさにハンマーを振りかぶり、バイトの刃を受け止める。
「重っ……! あんた、なんなのよ!」
ハイネとリラリが援護に回り、ガルドが前へ出る。
「このまま押し切るぞ!」
ナイアが叫ぶ。
「了解!」
だがバイトは機械的な動きでそれらを全ていなす。
まるで先を読まれているようだった。
それでもハイネは諦めずに突進する。
「リラリ、合わせろ!」
「はい!」
二人の連携が決まり、バイトの肩に深い傷を与えた、そのとき――。
バイトの動きが一瞬、止まった。
その瞳がわずかに揺れ、何かを思い出すように宙を見つめる。
(……あのときの……リラリの言葉……“心がある”……?)
胸の奥に、得体の知れない違和感が広がった。
――なぜ、自分は戦っている?
――サイト様の命令だ。それ以上の意味はない。
だが、なぜ胸が痛むのか? この感覚は何だ?
次の瞬間、バイトは刃を振るうはずの腕を、わずかに震わせて止めた。
「……っ、何を……している……私は……?」
その隙を、ハイネとリラリは見逃さなかった。
「今だ!」
「はい!」
二人の連携が炸裂し、バイトを地面に叩き伏せる。
バイトはよろめきながらも立ち上がろうとしたが、その手は止まったまま。
頭を押さえ、うつむく。
「……これが……心……? いや……分からない……サイト様……」
その様子を、遠くの観覧席から見ていたサイトは、肩を震わせて笑った。
「だから言ったのに……心は機械を弱くするんだってさ。」
愉快そうに椅子に背を預け、囁くように続ける。
「やっぱり君には、心なんていらなかったんだよ、バイト。」
バイトはその言葉を、戦場の真ん中でただ静かに聞いていた。
胸に手を当てる。
しかし、そこには何もない。
(……私は……機械の心臓を……持っていない……?)
何かが欠けている感覚と、説明のできない痛み。
やがて、バイトはその場に膝をつき、動きを止めた。
ナイアが即座に叫ぶ。
「……バイト、ダウン確認! 全員、次の準備を急げ!」
観客席がざわめき、戦場の空気が一瞬で変わる。
リラリは胸を押さえ、呟いた。
「……彼には……心がなかったのですね……。」
ハイネは唇を噛み、遠くのサイトを見据えた。
「あいつが……待ってる。」
瓦礫の向こう、次なる敵の影が現れ始める。
それは――サイトその人影だった。
戦場に現れたサイトは、ゆっくりと手を広げ、まるで舞台に上がった俳優のように観客に笑いかけた。
「いやぁ、見事だね。バイトまで止めるとは……素晴らしいよ。」
その声には感情の色がなく、しかしぞっとするほどの愉悦が混じっていた。
ハイネは銃を構える。
「おまえ……バイトに何をした!」
「何って? 何もしてないさ。あれはただ、僕の命令通りに動いただけだ。……そう、最初はね。」
サイトは胸元を指で軽く叩く。
コツ、コツ、と金属音が響いた。
「でもね、彼には“心”がなかった。機械の心臓を埋め込んでいないからさ。」
「……っ!?」
ハイネとリラリが目を見開く。
サイトは笑いを深め、ゆっくりと胸元のシャツをはだけた。
そこには人間の胸とは違う、幾重もの義肢接合と、中央に埋め込まれた脈動する光――機械の心臓があった。
「驚いた? 僕はね、サイボーグなんだよ。」
観客席がざわめき、戦場の空気が張りつめる。
「昔、最初のパートナーが目の前で壊れたときさ……僕は、その子の機械の心臓を自分に移植したんだ。」
サイトは自嘲気味に笑い、しかし瞳は狂気で光る。
「人とバイオロイドのいいとこ取りだと思った。強くて、壊れない存在になれるってね。けど――結果はこれさ。二つの歪んだ心が、最悪の形で噛み合った。」
両手を広げ、彼は戦場の中心に立つ。
「これが僕だ。人でも機械でもない、ただ壊すためだけの怪物だ!」
「……そんなの、認めねぇ!」
ハイネは怒りに身を任せ、リラリと共に一気に飛び出した。
「ハイネ様!」
「リラリ! 一緒に行くぞ!」
「はいっ!」
サイトの目が愉快そうに細まる。
「来るか……いいよ、かかってこい!」
ハイネの拳とリラリのブレードが同時にサイトへ迫る。サイトはしなやかな動きで回避しようとしたが、ハイネが叫びながら軌道を変え――。
「ぉおおおらぁああ!」
拳がサイトの頬を捉え、その身体を後方へと吹き飛ばす!
リラリが追撃の回し蹴りを叩き込み、サイトは瓦礫に激突して煙をあげた。
「……っ、ふふ……いいねぇ、その顔だ。」
サイトは瓦礫の中から立ち上がり、頬を拭った血を舐めるように笑う。
「もっと見せてよ、その感情をさぁ!」
その瞬間、背後から影が躍りかかる。
「――来てやったぜ? お望み通りな!」
ナイアだ。
サイトが振り向く間もなく、ナイアは彼の両腕を後ろから羽交い締めにした。
「な……!」
「センド、やれ!」
「かしこまりました。」
センドが静かに歩み寄り、その瞳に初めて怒りを宿す。
「――あの時、わたくしは初めて怒りという感情を知りました。」
サイトが目を見開く。
「……怒り?」
「これは、そのお返しです!」
センドの拳がしなるように振り抜かれ、サイトの腹に突き刺さる!
「ぐっはっ……!」
鈍い音とともに、サイトの身体が後方へ折れ曲がる。
「ぐ……ふふ……いいねぇ……もっとだ、もっと壊してよぉ!」
サイトはそれでも笑い、機械の心臓の光が脈打つ。
「……こいつ……まだ……!」
ハイネが歯を食いしばり、リラリがブレードを構える。
「……ハイネ様、ここからが本当の戦いです。」
「ああ、分かってる……! 決着をつけるぞ!」
瓦礫の煙が立ち込める戦場で、彼らは再び構えを取った。
――狂気と怒り、二つの心が激突する最後の戦いが、今まさに幕を開けようとしていた。