第35話「愉快のかたちと、割れる大人たち」
オルド・ガーディアンズの本部、重厚な会議室。
報道されたリーク情報が世間を揺らし、内部は荒れに荒れていた。
「――誰だ! あんなことをしでかしたのは!」
「そもそも、もっと慎重に動くべきだったんじゃないのか!?」
「な……! 貴様らこそ、情報を漏洩させて――!」
怒号が飛び交い、黒服たちが互いを罵り合う。机が叩かれ、書類が宙を舞った。
彼らの耳に、以前校長が口にした言葉がよぎる。
――学びの場は開かれるべきです。
子供達の可能性を潰すなど、大人げない。
その言葉が鋭い棘となって、誰も口には出さずとも胸に刺さっていた。
―――
一方そのころ、学園の裏庭。
ハートシールドの面々は小さなテーブルを囲んでいた。
夕方の柔らかな光に包まれながら、湯気の立つお茶が回される。
バイトは湯飲みを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……愉快、ですね。」
ナイアが笑う。
「何がだ?」
「みんなで集まるのも、愉快。お茶を飲むのも、愉快。」
リラリが優しく目を細める。
「……そう思えるのなら、とても素敵なことですよ。」
センドも頷く。
「愉快を知ることは、心を育てる一歩かと。」
バイトは少し考えてから、ふと顔を上げた。
「……サイト様の死に顔も、愉快でした。」
湯飲みを持つハイネの手がピタリと止まる。
「……それは、言わないようにしよう、な?」
渋い顔で釘を刺すと、バイトは小さく首を傾げて「……はい」と答えた。
ナイアは肩を揺らして吹き出す。
「お前、どんどん面白くなってくなぁ!」
―――
その後もハートシールドは、町で小さなお手伝いを重ねていく。
迷子を探し出す。壊れた農具を直す。落し物を届ける。
感謝の言葉が、少しずつ、確実に彼らの胸を温めていった。
「ありがとう、助かったよ。」
「本当に……あなたたちがいてくれてよかった。」
その度に、メンバーたちは目を合わせ、確かな絆を感じる。
それはただの実績ではない。
誰かの心に届いた証であり、皆を強く結びつけていく糸だった。
新たな戦いが待っていようと、この瞬間だけは、皆が同じ気持ちを抱いていた。
「……今日も、愉快でした。」
バイトのその言葉に、リラリが優しく笑い、ハイネは小さく頷いた。
―――
オルド・ガーディアンズの地下施設。
暗い倉庫の奥、埃をかぶった無数のカプセルが並んでいた。
「……これが、かつてサイトが改造していた“コレクション”か。」
黒服の一人がモニターを見ながら呟く。
「人間にも攻撃可能……忌々しい機械だが、今は利用価値がある。」
別の男が笑みを浮かべる。
「よし、起動しろ。」
カプセルの中の人型たちが目を開けた。
かすれた声で、命じる者を探すように首を動かす――その顔立ちは、どこかバイトに似ていた。
まるで、彼にとっての兄弟たち。だが、その瞳には感情が宿っていない。
―――
一方、ハートシールドの拠点。
「なぁ、レント! もっと予算くれよぉ!」
ナイアが机を叩きながら詰め寄る。
「……お前は昔から散財しすぎだ。」
レントがため息をつく。
「研究費だって! 心臓無効化兵器とか、色々いるんだって!」
「俺は一度没落している。無駄遣いがどれだけ身を滅ぼすか、痛いほど知っている。」
レントの言葉にナイアが黙り込み、しかしすぐに頬をかく。
「……うーん、説得力あるなぁ。」
そんなやり取りを見て、センドは静かにお茶を差し出す。
「ナイア様、落ち着かれては?」
「……はぁい。」
―――
隣の部屋では、タイチとユウロがこそこそと端末をいじっていた。
「見ろよ、これ。」タイチが画面を指差す。
監視カメラの映像が映し出すのは、オルドの施設。
ユウロが小さく声を漏らす。
「……あれは、コレクション……。」
「まさかあいつら、あれに手ぇ出すとはな。」
タイチの目が鋭くなる。
「やばいな……バイトに似てる奴らが、いっぱいだ。」
ユウロは黙って頷き、データを保存する。
―――
そのころ、街ではハイネとナナミがパートナーと共に巡回――いや、半分はウィンドショッピングだった。
「これ、似合うと思わない? ミミミ!」
「……かわいい、と思う……。」
ナナミは目を輝かせながらワンピースを手に取り、ミミミの肩に当てる。
「やっぱりこれ買おうかなぁ!」
横でハイネは、少し離れた靴屋のディスプレイを眺めていた。
(……リラリのハイヒール、そろそろ新しいの買ってやるか……。でも、この予算じゃちょっと足りないかな……。)
リラリは隣で静かに微笑んでいる。
「……ハイネ様、どうされましたか?」
「ん、いや、なんでも。」
ハイネは小さく笑って、もう一度ショーウィンドウに目をやった。
―――
夕暮れが街を赤く染める。
オルドは新たな“コレクション”を動かし、ハートシールドは日常の中でまた一歩進む。
そして、バイトは拠点の隅で、賑やかに笑い合う仲間たちをじっと眺めていた。
「……愉快、ですね。」
その声は小さく、しかし確かな温かさを