第34話「心を育てるということ」
学園の前でデモをしてから数日後。
ハートシールドのメンバーたちは、町を巡っては助けた人々から次々と声をかけられていた。
「この前は、弟を守ってくれてありがとう!」
「お前たちがいなかったら、私はもう……。」
「これ、ほんの気持ちだけど、活動に役立ててくれ。」
商店主は大きな箱に詰めた食料を差し出し、近所の職人は修理用の道具を提供してくれる。
温かい言葉と支援の品々が、仲間たちの胸を満たしていった。
ハイネは照れたように後頭部をかきながらも、心の奥からこみ上げる感謝にただ「……ありがとう」と繰り返した。
リラリは目を細め、静かに深呼吸をしてその光景を胸に刻む。
―――
一方で、オルド・ガーディアンズは焦っていた。
学園前でのデモは世論を動かし、彼らへの不信感が広がり始めている。
後手に回ったオルド側は、ついに政見放送という形で対抗策を打った。
テレビ画面に厳めしい男が映り、鋭い声で告げる。
「――真実をお伝えしましょう。学園は、子供たちを囲って代理戦争の練習場にしていたのです。」
その衝撃的な言葉に街中がざわめき、リビングで画面を見ていたハイネは眉をひそめた。
「……そう来たか。」
ナイアが肩をすくめて笑う。
「わざわざ自分で火種をばらまいてくれて助かるな。」
レントは静かに呟く。
「だが、これで俺たちが目をつけられるのも確実だ。」
―――
夜、学園の裏庭。
バイトは夜風に吹かれながら、リラリとセンドに声をかけた。
「……あの、少し……お聞きしてもいいでしょうか。」
「はい、どうぞ。」
リラリがやわらかな笑顔で振り向く。
「心……というものと、どう向き合えばいいのか……まだ、分かりません。」
リラリは少し考えてから、胸に手を当てて言った。
「……心は、受け入れて、大切に育てていくものだと思います。最初は戸惑っても……きっと、いつか自分を支えてくれる。」
バイトは静かに頷く。
「……受け入れて、育てていくもの……。」
隣でセンドが穏やかに笑った。
「あると、楽しいものですよ。ナイア様の行動が、ときどき……いえ、しょっちゅう愉快に見えます。」
バイトはその言葉を聞いて、胸の奥にじわりと温かいものが広がるのを感じた。
「……楽しい、ですか。」
「ええ。心を持つことで、守りたいと思う相手も、喜びも増えていくのだと……私はそう思います。」
夜風が三人を包み、校舎の灯りが遠くにまたたいている。
バイトは空を見上げ、そっと自分の胸を撫でた。
「……受け入れて、育てる……私にも、できるでしょうか。」
「もちろんです。」
リラリが即座に答える。
「はい。」
センドもまた、優しく言った。
その瞬間、バイトはほんのわずかに笑ったように見えた。
彼の中で、確かに「心」が、少しずつ芽吹いていた。
―――
オルド・ガーディアンズの政見放送が町を揺らしてから数日。
広場に集まった人々の意見は、はっきりと二つに分かれていた。
「やっぱり危ないんじゃないのか? 子どもを戦わせて……」
「でも、あの子たちがいなかったら、この町は今頃どうなってたと思う?」
そんな喧騒の中、ハートシールドのメンバーが姿を現すと、ユグドラシルの守護者の印を持つ人々が前に出た。
老人が、ゆっくりとした口調で語りかける。
「……あの時、狙われていた私達を、守ってくれてありがとう。」
隣にいた青年が拳を握りしめ、声を震わせる。
「……あの日、俺達に託してくれてありがとう。」
その言葉は、広場に集まった人々の胸に確かに響いた。
数人の反対派が黙り込み、誰かがそっと涙を拭った。
―――
その裏で、ナイアとタイチは怪しい笑みを浮かべていた。
「……ナイア、準備できた。」
「おっけー。じゃあリークしちゃおうぜ。」
パソコンの画面には、オルド・ガーディアンズの裏の顔を示す映像と資料。
政府高官に付き従う黒服たちが一般人へ発砲した映像、バイオロイドを実験台にした証拠……。
「これでいいのか?」
タイチが問うと、ナイアは肩をすくめてにやりと笑った。
「いいんだよ。正義の味方ごっこってのはな、こういうところが気持ちいいんだ。」
二人はデータを公開サーバーにアップロードする。
瞬く間に拡散され、町の人々は新たな真実を目の当たりにした。
―――
夕方。ナイアの研究室。
工具の音が響く中、バイトは黙ってナイアをじっと見つめていた。
ナイアが気づいて振り返る。
「え~なになに? 俺の顔に何かついてる?」
「……いえ。」
バイトはほんのわずかに笑みを浮かべたように見えた。
「……愉快だな、と。」
ナイアは目を瞬かせたあと、吹き出して大笑いする。
「はははっ! なんだよそれ、いいじゃねぇか!」
センドがそっとバイトを見て、優しい目で頷いた。
「……それはきっと、心が育っている証ですよ。」
夜風が窓を揺らし、遠くでまた人々の声が上がる。
それでもハートシールドの面々は、笑い合い、心を確かめ合う。
――その小さな灯火が、やがて町全体を照らす力になることを、誰もが感じていた。