第33話「守られる学び舎、揺れる心」
朝の学園。
いつものようにハートシールドの面々が集まっていると、校長室の方からざわめきが聞こえた。
ナイアが耳を澄ませて眉をひそめる。
「……来たか。」
校長室の前に立っていたのは、昨日と同じ黒服たちだった。
「――ハートシールドのメンバーを、直ちに学園から退学させていただきたい。」
穏やかながらも威圧感のある声が室内に響く。
「彼らの活動は危険を孕んでいます。我々の管理下に置くべきです。」
しかし、校長はゆっくりと立ち上がり、眼鏡を押し上げた。
「……学びの場は、すべての子供達に開かれるべきです。」
その声は静かだが、決意が宿っていた。
「彼らは危険を乗り越えて、今ここに立っています。可能性を潰すなど……大人げないにも程がある。」
黒服たちは顔をしかめたが、校長の視線に一歩も引かず、やがて無言で踵を返した。
ナイアたちは廊下の影からそのやりとりを見ていて、校長がこちらを向くと深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。」
「君たちが未来を選ぶ目を持っているなら、それでいい。」
校長は柔らかく笑った。
―――
夕方、ナイアの研究室。
バイトがそっと扉を叩いた。
「……ナイア様、少し……お話を。」
「ん? どうした?」
ナイアが工具を置いて振り返る。
しばし黙った後、バイトは言葉を探すように続けた。
「……この前、子供に聞かれました。『なぜ助けるのか』と……」
「おう、そりゃ聞かれたら困るよな。」
「……私は……『助けたいから』……確かにそう思った……のだと思います。」
ナイアは一瞬目を見開き、それからへらりと笑った。
「じゃあ、一歩レベルアップだな。」
バイトは小さく瞬きをして、言葉を失ったまま立ち尽くす。
後ろでセンドが静かに頷き、優しい目でバイトを見つめていた。
―――
翌日、ナイアは学園の裏庭でみんなを呼び集めた。
「さて……新しい発明をお披露目します!」
いつもの調子で堂々と両手を広げる。
その後ろに並べられていたのは、見たことのない小型兵器の数々。
「これさえあれば……バイオロイドを壊さなくても、戦闘を無力化できる!」
「……え?」ハイネが目を瞬かせる。
「一時的に、機械の心臓を停止させる。起動系統は生きてるから、修復後にまた動かせるんだ。」
「そんなことが……」リラリが思わず息を呑む。
「これなら、相手を守りながら戦える。」
ナイアは真剣な眼差しで仲間を見渡す。
「……バイオロイドも、人間も、護る。それが俺たちだろ?」
夕陽が差し込む中、ハイネは静かに拳を握りしめた。
「……ああ、やろうぜ。そのためのハートシールドだ。」
仲間たちが頷き、バイトもまた、胸の奥に芽生えた新しい感覚を大事そうに抱えていた。
―――
数日後。
学園の正門前には、教師や生徒、保護者たちが集まり、プラカードを掲げて声をあげていた。
「オルド・ガーディアンズは真実を隠している!」
「バイオロイドの戦闘を操り、人間を危険に晒した!」
校長が先頭に立ち、マイクを握る。
「我が学園の子どもたちは、命をかけて街を守っています! その可能性を脅かす組織に、未来は託せません!」
その言葉に大きな拍手と歓声が沸き起こり、ニュースカメラが一斉にシャッターを切った。
―――
一方、学園裏の訓練場では、ナイアが新たな兵器の試運転を準備していた。
訓練用に設置された模擬戦闘用バイオロイド。
その胸部には「模擬心臓」とラベルが貼られた装置が組み込まれている。
「よし……これで試すぞ。」
ナイアがスイッチを入れると、装置は淡い光を放ち、兵器から放たれた特殊電波が模擬心臓を停止させた。
機体がその場で動きを止める。
「成功だな。」
レントが満足げに頷く。
「壊さずに無力化……これなら、守れる戦いができる。」
ハイネが小さく笑った。
試験が終わると、ナイアは模擬心臓を手に取り、じっと見つめていた。
「なぁ、バイト。」
「はい。」
バイトはまっすぐナイアを見上げる。
「……お前、心臓がほしいか?」
その問いに、バイトは一瞬だけ視線を落とし、自分の胸に手を当てた。
そして、静かに首を横に振る。
「……心臓がなくても、心がある。それが自分なんだと……思います。」
ナイアはしばし目を見開き、それから、少年のような笑顔で吹き出した。
「……だよな。いい答えだ。」
彼はその模擬心臓をひょいと持ち上げ、くるりと回して――ぽいっとゴミ箱へ投げ入れた。
「……はい、ゴミ決定っと。」
「え!? そんな扱いでいいんですか!?」
タイチが吹き出し、ナナミも笑いをこらえきれずに肩を揺らす。
「心臓がなくても心はある……なら、いらねぇだろ?」
ナイアはにやりと笑い、センドがその横で穏やかに微笑んだ。
遠くでは、学園前でのデモの声がまだ風に乗って聞こえてくる。
ハートシールドの仲間たちは顔を見合わせ、また一歩、自分たちの「心」を確かめ合ったのだった。