第32話「街を巡るハートシールド」
「ハートシールド」発足から数日。
彼らは大きな戦いに出る前に、まずは町の小さな困りごとを解決する依頼を請け負っていた。
「――次はバイオロイドと人間の喧嘩の仲裁、っと。」
ナイアがメモを見ながら歩く。
「……なんか、平和だな。」
ハイネは苦笑し、リラリは隣で静かに頷いた。
「ですが、これも大切なお仕事ですよね。」
街角では、小さな喧嘩をしていた少年とそのバイオロイドが、リラリの優しい声かけで素直に謝り合った。
「……ありがとう、お姉さん。」
少年が頭を下げ、バイオロイドも軽く会釈する。
「気をつけてくださいね。」
リラリが微笑むと、ハイネも安堵の笑みを見せた。
次の依頼は、倉庫街での泥棒の確保。
「おとなしくしな!」
ナナミがハンマーを振り上げると、泥棒は驚いて逃げようとしたが、センドがさっと回り込んで制止する。
「お怪我のないように、お静かに。」
その後ろでバイトが素早く縄を投げ、泥棒を拘束した。
「よくやった、バイト!」
ナイアが満面の笑みで親指を立てる。
「……ありがとうございます。」
バイトは短く返事をしたが、その目がほんの少し輝いていた。
ふと、センドが振り返り、ほんのり誇らしげな顔でナイアを見ている。
ナイアは思わず吹き出した。
「おいおい、センド、お前も褒めてほしいのかよ? よーしよし、よくやったな!」
「……恐縮です。」
センドが小さく頭を下げると、ナナミが「かわいいなぁもう!」と笑った。
さらに次の依頼は、いじめられていたバイオロイドと人間の保護。
タイチが敵意を向ける少年たちを見事な狙撃で威嚇し、ユウロが素早く保護したバイオロイドを安全な場所へと誘導する。
「大丈夫だ、もう誰も君を傷つけない。」
タイチの言葉に、怯えていたバイオロイドの瞳がわずかに光を取り戻した。
夕暮れ、町を巡る一日の任務を終え、ハイネとリラリは並んで歩いていた。
人通りの少ない橋の上、ハイネはポケットから小さな包みを取り出す。
「……リラリ。」
「はい?」
ハイネは少し照れくさそうに、掌に乗せたものを差し出した。
それは小さな銀のチャーム。
中心には透き通る赤いガラスで作られたハートが光っている。
「……ハート、好きなんだろ。」
リラリは目を見開き、そっとそのチャームを手に取る。
「……えぇ。ハイネ様に、一番大切なハートをいただきましたから。」
夕陽を背に、リラリは微笑んだ。
その頬がほんのり赤く染まっているのを見て、ハイネは慌てて顔をそむけた。
「……そ、そうかよ。なら、よかった。」
橋の上を、優しい風が吹き抜ける。
日常の中で積み重なる小さな絆が、確かな力へと変わっていくのを、ハイネは静かに感じていた。
―――
夕暮れの商店街。
バイトは倒れた荷物を拾い集めていた。
近くで泣いていた小さな子どもが、助けられたバイオロイドの手を握っている。
バイトはその子に視線を合わせると、子どもは涙を拭いながら問いかけてきた。
「……お兄ちゃんは、なんで助けてくれるの?」
バイトは一瞬だけ言葉を探した。
自分の胸に問いかけるように、静かに目を伏せる。
「……私は……。」
思考の奥で、リラリやハイネの言葉がよみがえる。
「心があるんだよ」
「守りたいと思ったからだろ?」
バイトはゆっくり顔を上げ、子どもの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「――助けたいから……です。」
子どもはぱちぱちと瞬きをしたあと、ぱぁっと笑顔を咲かせた。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
バイトは小さく頷き、その笑顔を胸に刻むように見つめた。
―――
夜、ハートシールドの拠点に戻った一同の前に、無機質なノックの音が響いた。
玄関を開けた瞬間、見覚えのある黒服がそこに立っている。胸にはオルド・ガーディアンズの紋章。
「……またおまえらか。」ナイアが眉をひそめる。
先頭の男が一歩前へ出て、硬い声を発した。
「――最終警告です。」
部屋の空気が一気に張り詰める。
「貴殿らの活動は危険であると判断しました。今すぐオルド・ガーディアンズに加入し、指揮下に入れ。」
ハイネはゆっくり立ち上がり、拳を握り締めた。
リラリがそっとその袖を掴むが、彼は真っ直ぐ前を見据える。
「……俺達ハートシールドは、お前らには屈しない。」
黒服の男の眉がわずかに動く。
「バイオロイドも、人間も――護りきってやる。」
その言葉は鋭く、しかし優しさを内包していて、部屋の隅にまで響いた。
ナイアが肩を揺らし、笑みを浮かべる。
「決まりだな。」
レントも頷く。
「……ここからが本当の戦いだ。」
バイトはその後ろで、先ほどの子どもの笑顔を思い出していた。
(……そうだ。助けたいから、戦うんだ。)
黒服の男たちは互いに目配せをし、短く告げる。
「……後悔なさらぬよう。」
そして静かに踵を返し、夜の闇へと消えていった。
残されたハイネたちは、しばしの沈黙の後、互いに目を合わせる。
その瞳には迷いはなかった。
「――行こうぜ、俺たちのやり方で。」
ハイネが呟くと、
「はい、ハイネ様。」
リラリが力強く頷いた。
こうして、ハートシールドはさらなる試練へと歩み出していくのだった。