第31話「新しい旗の下で」
その夜。
オルド・ガーディアンズの本部は、静まり返っていた。
分厚い防音の扉の向こう、会議室に集まった幹部たちの顔は険しい。
「……まだ、あの子供たちは首を縦に振らんのか。」
年配の男が机を叩きつける。
「ええ。こちらからのスカウトには、まだ返答はありません。」
「くだらん……!」
別の幹部が低く唸った。
「あの子達は脅威だ。サイトを討った力を持つ……早急に手を打たねば、我々の計画が崩れる。」
緊張した沈黙が、会議室を支配する。
――一方、レント邸。
畳の上で、ハイネたちはちゃぶ台を囲んで座っていた。
オルド・ガーディアンズからの誘いについて、そしてこれからの未来について、話し合いが続いている。
「……俺たちで決めるって言ったけどよ。」
ナイアが箸を回しながら言う。
「もしもの話……新しい組織、作っちまう?」
その言葉に、場が一瞬静かになった。
「名前……どうする?」
タイチが頭をかく。
「活動資金は……うちとレントのとこでいいだろ?」ナイアが軽い調子で言うと、レントが真面目な顔で頷いた。
「問題ない。資金なら出そう。」
「活動内容は……やっぱり、バイオロイドの保護だな。」
ハイネがゆっくりと言うと、リラリが小さく笑って頷いた。
「……はい。私も、その活動に参加したいです。」
話がどんどん前向きに進んでいく中で――。
バイトが、なぜかそわそわと落ち着かない様子で湯飲みを持ち替えたり、視線を泳がせたりしていた。
ナイアがすぐに気づいて、にやりと笑う。
「お? お前、ワクワクしてんね~バイト!」
「……えっ? い、いえ……そのようなつもりは……。」
バイトはぎこちなく視線を逸らし、しかし胸の奥が熱くなるのを隠しきれない。
「そういうのは、いいことだよ。」
ナナミが笑い、ミミミも小さく頷いた。
「……私にも、何かできることがあるのでしょうか。」
バイトがぼそりと呟くと、ハイネがまっすぐ彼を見て言った。
「あるさ。俺たちはチームだ。心があるかどうかなんて、関係ねぇよ。」
その言葉に、バイトの胸の奥でまたあの得体の知れない感覚が脈打つ。
「……チーム……。」
ちゃぶ台の上に湯気が立ち上り、和やかな空気が部屋を満たす。
だが、誰もがわかっていた。
――新しい組織を作ることは、新しい戦いの始まりでもある、と。
ちゃぶ台の上で、皆の視線が交差する。
ハイネはお茶を一口飲み、深く息をついた。
「……じゃあ、本当に作るってことでいいのか?」
「俺はいいと思うね。」
ナイアがにやりと笑う。
「資金は出すと約束した。やるなら徹底的にやろう。」
レントが静かに言う。
「私も……ハイネ様となら。」
リラリの言葉に、ハイネは小さく頷いた。
「じゃあ……決まりだな。」
だが――。
「……で、名前どうする?」
タイチが頭を掻く。
「そこかよ!」
ナナミが吹き出し、場の空気が柔らかくなる。
「バイオロイドの保護を目的にするんだろ? だったら、あったかい感じがいいな。」
「守るって意味を込めたいよな。」
ハイネが顎に手をやる。
リラリがふと提案する。
「……“ハートシールド”は、いかがでしょうか。」
「おぉ、ハートとシールドか。いいじゃねぇか!」
ナイアが笑う。
「ふむ……心を守る盾、か。悪くない。」
レントが頷いた。
「決まりだね!」
ナナミも笑顔を見せ、タイチが手を打つ。
「じゃあ俺たちは今日から“ハートシールド”だな。」
ミミミが小さく拍手をする。
その横で、バイトがまたそわそわと視線を揺らしていた。
ナイアがすかさず茶化す。
「お? やっぱワクワクしてんじゃねぇか、バイト!」
「……わ、私は……ただ……。」
「いいんだよ。」
ハイネが真剣な顔で言う。
「お前も一緒にやってくれるんだろ? 俺たちと。」
バイトは少しだけ考え、そして初めて、自分の意志で言葉を選んだ。
「……はい。私も……ハートシールドの一員として、皆様をお手伝いします。」
その言葉に、皆が笑顔を交わす。
ナイアは爆笑しながら肩を揺らした。
「ははっ、ほんっとお前、いいキャラだな! よし、これからはバイトだけじゃなく、正式メンバーとしてしっかり働けよ!」
「……はい。粗茶ですが……これからもよろしくお願いします。」
「いやだから自分ちじゃねぇって!」
ナイアがまた吹き出し、笑い声が座敷に広がった。
夕暮れの光が障子越しに差し込み、ちゃぶ台の上の湯気を照らす。
彼らは新たな名前を胸に刻み、新しい未来への一歩を踏み出した。
――その頃、遠く離れたオルド・ガーディアンズの会議室。
「……奴らが独自に動き出す可能性がある。」
「放っておけば、次の脅威になる。」
「……早急に手を打つべきだ。」
低く響く声が、硬質な空気を震わせる。
新たな嵐が、またゆっくりと近づいていた。