第30話「静かな日々と、再びの誘い」
あの激戦から、季節がひとつめぐった。
サーヴァント学園の生徒たちは、再びいつもの日常へと戻っていた。
ナイアは研究室で奇妙な発明品を並べ、リラリはハイネと並んで学園の購買でジュースを選ぶ。
ナナミとミミミは笑いながら談笑し、タイチとユウロは相変わらず高所の見張り台で昼寝している。
――戦いの傷は深いが、それぞれが自分の場所を見つけようとしていた。
そんなある日。
「よく来てくれた。」
そう言って迎えてくれたのは、すっかり復権したレントだった。
彼の家は、見事なまでに和風の大邸宅に建て替えられていた。
庭には白砂が敷かれ、紅葉が風に揺れる。
「……すげぇ……。」
ハイネが思わず感嘆する。
「本当に立派になったんですね。」
リラリも目を丸くした。
そんな中、門をくぐる前に立ち止まり、両手に風呂敷包みを持った人物がいた。
「……これを。」
バイトだ。
ナイアが目を丸くし、吹き出した。
「おいおい……お前、手土産持ってきたのかよ! えらい!」
「……? 礼儀として当然かと。」
ナイアは笑いながらその頭を軽く小突く。
「ほんっと、バイトだけに働き者だなぁ。」
ハイネは呆れたように笑い、リラリは微笑ましそうに見守った。
レントはその風呂敷を受け取り、静かに頷いた。
「……ありがとう。お前たちが来てくれるとは思わなかった。」
「なに言ってんだ、仲間だろ。」
タイチが肩をすくめ、ユウロが頷く。
和やかな空気が広間に満ちる。
そのとき――。
玄関から控えめなノックが響いた。
現れたのは、黒いスーツに身を包んだ見知らぬ男女。
胸元には新しい紋章が光っている。
「……失礼します。ハイネ・シュナイダー殿で間違いありませんか?」
「……ああ、俺だけど?」
男は名刺を差し出す。
「私たちは“オルド・ガーディアンズ”と申します。」
その名を聞いた瞬間、ナイアの眉がぴくりと動いた。
「……あぁ?」
リラリがハイネの袖をそっと握る。
「……何の用だ?」
ハイネはぶっきらぼうに尋ねた。
「サイトを討ち果たした貴殿の力に、ぜひ我々の平和維持部門で働いてほしいのです。」
丁寧な口調だが、その目には力を持つ者を逃さぬ強い意志が宿っていた。
しかし――ハイネは即答せず、ほんの一瞬、仲間たちを見回した。
そして、深く息を吐いて言う。
「……そういうのはな。」
場の空気が張り詰める。
「――話し合って決めるから。」
嫌そうに視線をそらしながらも、きっぱりと言い切った。
ナイアがにやりと笑い、リラリは胸に手を当てて微笑んだ。
バイトは首をかしげる。
「……話し合い、ですか。」
「そうだよ。」
ハイネが肩をすくめる。
「俺ひとりで決めるような話じゃねぇからな。」
オルド・ガーディアンズの使者は一瞬黙り、そして丁寧に頭を下げた。
「……では、返答をお待ちしております。」
去っていく黒服の背を見送り、静寂が訪れる。
「……なぁ、また面倒なことになりそうだな。」
ナイアが頭をかく。
「けれど、ハイネ様が決めるのなら、私も……。」
リラリが微笑む。
「いや、俺ひとりで決めるんじゃない。――みんなでだ。」
そう言って、ハイネは穏やかに、しかしどこか決意を宿した目で仲間たちを見渡した。
レントの邸宅に差し込む夕陽が、彼らの未来を照らしていた。
―――
レントの和風邸宅の広間に、ゆったりとした空気が流れていた。
先ほどのオルド・ガーディアンズからの誘いを受け、皆が集まって頭を悩ませている。
窓の外では風鈴が涼しげな音を鳴らし、畳の上に座るハイネは腕を組んだまま黙っていた。
「……どうするんだ、ハイネ。」
ナイアがごろりと横になりながら、へらりと笑う。
「いっそのことさ――俺たちで新しい組織でも作っちゃう?」
「……おまえな、そんな簡単に言うなよ。」
ハイネは呆れながらも、その案をすぐ否定できなかった。
レントが静かにお茶をすすり、真剣な眼差しで言う。
「出資者なら、俺とナイアがいる。」
ナイアが目を丸くする。
「え、マジで? お前ほんと真面目だな……。」
「冗談ではない。……自分たちの理想を実現するためなら、それくらいの覚悟はある。」
レントの言葉に、場が少しだけ静まり返る。
そのとき、障子の向こうからすっと一人影が現れた。
バイトが、木盆に湯飲みを載せて歩いてくる。
「……粗茶ですが。」
丁寧に頭を下げて湯飲みを配る姿に、ハイネは思わず笑いをこぼした。
「お前……ホントにこういうのうまいよな。」
ナイアは湯飲みを受け取って、しばらく黙ったあと――爆笑した。
「いやいやいや! 『粗茶ですが』って、そりゃ自分ちで言う奴だよ!! ここ、レントんちだぞ!? しかも和風邸宅でおまえが言うな!!」
ドンと畳にひっくり返って笑い転げるナイアを見て、リラリも思わず口元を押さえた。
「……ふふ、確かに。」
「……? 私の使い方が間違っていたのでしょうか?」
「間違ってねぇよ!」
ナイアが涙を拭いながら言う。
「むしろ完璧すぎてツボったんだよ!」
その笑いが広間に広がり、硬かった空気が少しずつほどけていく。
ハイネはお茶をひと口飲み、ふっと息を吐いた。
「……なぁ、やっぱり俺たちで決めたいな。どうするか、ちゃんとみんなで。」
「当たり前だろ。」
ナイアが肩をすくめる。
「……俺は出資者だ。どんな決断でも、力を貸す。」レントが静かに言った。
「わたしは……ハイネ様と一緒に。」
リラリが優しく微笑む。
タイチが伸びをしながら言う。
「まぁ、俺はどこでも狙撃するけどな。」
ナナミがミミミの頭を撫でて、「あんたたちについていくわ。」と笑う。
バイトは湯飲みを丁寧に揃え直しながら、ぽつりと呟いた。
「……なら、私も――バイトとして、お手伝いいたします。」
ハイネはその言葉を聞いて、ゆっくりと頷く。
「……ああ。ありがとう、バイト。」
夕陽が障子越しに差し込み、畳の上に長い影を落とす。
彼らはまだ何も決めていない。
けれど、確かに――皆で新しい未来を作ろうと、心に誓っていた。